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【70カ月目の浪江町はいま】避難指示解除めぐる住民懇談会始まる。「年20mSvで安全」繰り返す国。住民は「帰還ありきだ」「単なる報告会じゃないか」

原発事故で全町避難が続く福島県浪江町。国が今年3月31日での避難指示解除(帰還困難区域を除く)を提案した事を受け、住民懇談会が26日午後、浪江町権現堂の地域スポーツセンターで始まった。2月10日までの日程で、福島県内だけでなく東京や大阪、仙台など全10カ所で町民が直接、意見を言う場が設けられる。しかし、被曝リスクへの不安を訴えても国は「年20mSvは安全」と繰り返すばかりで、町民から「帰還ありきだ」と不満の声も出た。町議も「報告会ですよ」と認める始末。馬場有(たもつ)町長は「町を残したい」と涙をこらえて語り、3月末の避難指示解除で着々と進んでいるのが実情だ。


【「年1mSv以下で解除を」】
 50代男性(赤宇木行政区=帰還困難区域)の問いはシンプルだった。
 「年20mSvは本当に安全なのでしょうか」
 この国では、元より一般公衆の追加被曝線量は年1mSvだったはずだ。なぜ福島県民だけが20倍に引き上げられるのか。しかし国は、昨年6月に全国で開かれた住民懇談会での説明を繰り返すばかりだった。
 「政府としては年20mSvで安全だと考えている。年20mSvを基準に避難指示を出した以上、年20mSvで解除をする。これまで既に避難指示を解除した自治体でも、20mSvギリギリで解除した所は無い。しかし町民の不安は理解できるので、一人でも多くの方が安心していただけるように長期的に年1mSvを目指す」(内閣府「原子力被災者生活支援チーム」 松井拓郎支援調整官)
 権現堂行政区(避難指示解除準備区域)から福島県桑折町に避難中の60代男性も「国は(避難指示解除へ)前のめりになっている。意見聴取の場では無くて、避難指示解除の報告会のようになっている。国は予算を配分する権限を持っているので馬場町長の立場も苦しいのだろうが、せめて、廃炉作業中の福島第一原発から燃料デブリ(溶け落ちた核燃料)が取り出せた後で復興を考えたらどうか」と意見を述べたが、これに対しても松井氏の回答は従来と同じだった。
 「避難指示の解除は規制緩和。規制をかける必要が無くなったら、速やかに解除するべきと考えている。解除が遅れれば、ますます住民の帰還意向が低下してしまう。それに、予算を絞り上げて町に強制するというものでは無い」
 田尻行政区(居住制限区域)の女性も「時期尚早。年1mSvを下回るまで避難指示は解除するべきでは無い」と求めたが、これに対しても松井氏は「原発事故前の状態に戻すのはなかなか難しい。私どもは年1mSv以下でないと避難指示を解除出来ないというほど危険な状況だとは考えていない。ご不安はあると思うが、今の水準であれば安全だと考えている」と〝拒否〟した。「ご意見はしっかり受け止める」が、解除方針は変わらない。言葉遣いは丁寧だったが、国側の強い意志は明白だった。






(上)この日、意見を述べた町民は14人。しかし、避難指示解除に否定的な意見は軒並み跳ね返された
(中)放射線だけでなく、防犯上の不安を口にする町民も。「ぜひ夜の浪江町に泊まってみていただきたい」
(下)大地震と原発事故で使われないままだった新体育館で開かれた住民懇談会=浪江町地域スポーツセンターサブアリーナ

【涙こらえ「町を残したい」】
 これまでの住民意向調査で町に戻る意志を明確に示した町民は17%にとどまる。昨年末現在の人口は1万8493人だから、単純計算で3100人ほど。しかも、その多くが高齢者だ。馬場有町長は懇談会後の囲み取材で「希望的観測だが、何とか5000人くらいの規模にはしたい」と語ったが、いわき市から会場に駆け付けた女性も「新しく住まいを確保してしまったから戻るつもりは無い。自宅の様子を確認するついでに参加した」と語るなど、避難指示解除が強行されたとしても町に活気が戻るまでには相当の年月がかかる事が予想される。
 もちろん、一日も早い避難指示解除を求める声もある。権現堂行政区で既に製造業を再開している男性は「原材料の荷物が届かない。配送業者からは『避難指示が出されている区域だから行けない』と言われてしまう」と訴えた。復興庁・福島復興局の紺野貴史次長は「国として配送エリアを規制をしているわけでは無いが、会社ごとに独自にルールを決めているようだ。避難指示が解除されれば配達可能という会社があるのも事実で、避難指示解除とともに、浪江町に実際に来て現状を見ていただく努力も続けていきたい」と答えたが、現状では解除を強く望む声は少ない。
 都内に避難中の女性(田尻行政区)も夫と町に戻る事を決めているが「いざ帰って来るとなると、本音としてはとても不安」とマイクを握った。「年寄だけ帰れば良しとするのか、どういう町づくりをしたいのかが良く分からない。今の状態で町に帰れと言われても、イノシシの存在も心配。旦那さんは戻っても奥さんは帰らないという話も良く耳にする。夜の浪江町に泊まっていただきたいです」。馬場町長は「原発事故前は『町おこし』だったが、今は生き残り、『町残し』なんです」とj語った上で「今年は企業誘致の絵姿を見せたい。出来れば来年4月に学校を再開して活気のある町にしていきたい」と答えた。
 「いったん町が無くなった。まず町を残して一歩でも二歩でも昔の町に戻す…残したい」と取材陣に語った馬場町長。時折、言葉に詰まりながら、涙をこらえるように天井を見上げた。「いろんな意見があって、これだ、というものは無い。とにかく震災前の状態に戻していただきたい」とも。「放射能汚染」と「町残し」のはざまで決断を迫られる苦しさがあるのもまた、事実だ。






(上)除染が行われているが、まだ手つかずの場所も。帰還困難区域に隣接する地域の町民からは不安の声もあがった
(中)「政府としては年20mSvで安全だと考えている」と言い切った内閣府の松井拓郎支援調整官
(下)懇談会後、囲み取材に応じた馬場町長。涙をこらえながら「浪江町を残したい」などと語った

【懇談会は〝ガス抜き〟か】
 住民懇談会は始まったばかり。今日27日は茨城県ひたちなか市、明日28日は福島県二本松市と2月10日までの日程で予定されている。原子力災害現地対策本部の後藤収副本部長は「3月31日というのは決定事項では無い。あと9回、ご意見を伺いたい」と語り、馬場町長も「国と水面下で合意しているような事は決して無い。他の選択肢もあり得る」と明言したが、一方で3月31日に向けて着々と〝地ならし〟が進んでいるのも事実。
 昨年6月の住民懇談会では、町民から「いまだに被曝リスクは解消されていない」、「除染をしても山から放射性物質が下って来る」、「なぜ年20mSvで解除するのか」などの発言が続出したが、半年経っても国側の考えは何ら変わらない。この日も〝前向き〟な意見には国側も語気が明るくなり、町民側が「ネガティブな質問で申し訳ないですが」と言葉を添えて発言していた。ある町議は「意見を聴く場ではありませんよ。はい、報告会です」と本音を打ち明けたが、不安や不満を抱える町民の〝ガス抜き〟の場になってしまっている。
 「忌憚のない考えをお聞かせ願いたい」と語る馬場町長。どれだけ「忌憚のない考え」をぶつけても汲み取ってもらえない町民。その間にも、町中を「イノシシが大手を振って闊歩している」(男性町民)。国は除染の効果を強調するが、実際に町内に宿泊した町民の推定年間被曝線量は1mSvを上回る。矛盾と不条理を抱えたまま、来月にも正式な避難指示解除日が発表される。



(了)
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プロフィール

鈴木博喜

Author:鈴木博喜
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大手メディアが無視する「汚染」、「被曝」、「避難」を追い続けています。

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