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【71カ月目の浪江町はいま】仮設住宅で最後の「安波祭」。町での再開阻む原発事故。「来年はどこで?」「伝統文化残したいが子どもは町に行かせたくない」

福島県浪江町請戸地区に伝わる「安波祭」が19日午前、福島市の仮設住宅で行われた。来月にも避難指示が解除される事を見越して仮設住宅では最後の祭礼となったが、いまだ原発事故の爪痕残る町での再開には慎重な声も少なくない。「あんばさま」はどこへ行くのか。神楽や田植え踊りをどのように存続させ継承して行くのか。誰しもが帰りたい。再び町でお祭りをしたい。でも…。雪が舞い、寒風吹きすさぶ仮設住宅で浪江町民の苦悩が複雑に絡み合った。


【「伝統絶やすと復活難しい」】
 さあ、来年からは浪江町でお祭りだ─。そんな感慨は残念ながら無かった。
雪が舞い、強い寒風が吹きすさぶ。最大瞬間風速は20メートルを超えた。関係者が「安波祭はこれまで、どんなに寒い時でも続いてきた」と語ったが、笹谷東部応急仮設住宅を包んだのは極寒だけでは無かった。誰だって一日も早く浪江町でお祭りをしたい。苕野(くさの)神社を再建したい。しかし、ここにも「原発事故」という巨大な壁が立ちはだかっていた。
 仮設住宅の駐車場に設けられた祭壇に神酒や果物が備えられ、禰宜(ねぎ)の男性が祝詞を読み上げた。本来は苕野(くさの)神社の宮司が神事を行うが、津波の犠牲になり、後を継いだ家族も福島県外に暮らしているため初発(しょはつ)神社の男性が代わりを務めた。雅楽の演奏が響く。神事が終わると、獅子舞の「神楽」と子どもたちによる「請戸の田植え踊り」が披露された。仮設住宅でのお祭りは6回目。海も樽神輿の海上渡御も無く2時間ほどで終了したが、「伝統文化を絶やしたくない」という一心で原発事故以降も規模を縮小して継続されてきた。
 神事がひと段落し、禰宜(ねぎ)の男性が挨拶した。「本来であれば苕野(くさの)神社で行われる例祭だが、向こうで行う事が出来ないのでこちらに神様をお呼びしました。間もなく避難指示が解除されます。いろいろな障害があり、すぐに町で祭礼を行うのは難しいと思いますが、いずれは請戸の地でお祭りが出来る事を願っています。伝統文化は一度絶やしてしまうと復活させるのは難しいものです。一歩ずつ、少しずつ再建させていきたいです」。
 男性が言う「いろいろな障害」。これこそ、原発事故による放射性物質の拡散だ。取材に応じた男性は残念そうな表情で語った。「神社が再建できれば、例祭そのものを町で復活させる事は出来るでしょう。でも、田植え踊りを担うのは子どもたちです。町にわが子を連れて行く事に抵抗感がある親がいるのはやむを得ない事です。理解できます。だから難しいんです」。




「神楽」や「田植踊り」が奉納された「安波祭」。本来は苕野(くさの)神社の例祭だが、津波で社殿が流出。原発事故による避難指示のため仮設住宅で継続されてきた=福島市の笹谷東部応急仮設住宅

【「原発事故さえ無ければ…」】
 中通りに避難中の母親は、娘が田植え踊りに参加している。仮設住宅で踊る最後の姿を撮影しながら、複雑な想いを口にした。
 「来年は町で?もちろん伝統は守りたいですけど、娘を連れて行くのは気が進まないです。何のために避難しているのか分からなくなってしまう。踊りにはもっと幼い子どもたちも参加しています。でも『安波祭』も『田植え踊り』も絶やしたくない。難しいですね。一日だけだから、数時間だけだからと自分に言い聞かせて連れて行くしか無いですよね」
 踊りの唄い手を務める「請戸芸能保存会」の品川陽子さんも「原発事故さえ無ければ、今頃とっくに神社を再建して祭りも復活出来ていましたよね。こうしてバラバラに避難する事も無かったわけです。仮設住宅でこうして続けてきたけれど、来年はどこで踊る事になるのか分かりません。町でやると言ったって子どもは連れて行かれませんよね」と悔しさをにじませた。
 もう一人の唄い手、佐々木繁子さんも「今すぐ町に行きたいですよ。でもね…。来年からどこで(田植え踊りを)やれば良いのか。考えると泣けてきます」と力をこめた。「原発事故さえ無ければねえ。でも、今さら言ってももうはあ…。私らは高齢だから良いけれど、子どもたちはね。親御さんの気持ちは尊重しないといけませんよね」。浪江に帰りたい。以前のように浪江で歌いたい。でも、避難指示解除に向けてまい進する町政には疑問もあるという。
 「住民懇談会に行ってもショックを受けるだけでね。もう決まった話でしょ。住民の意見を聴くなんて言っても結論は変わらないものね。請戸は皆、津波で家が流されて帰る家も無い。浪江駅から山側には被曝の心配もある。誰だって帰りたいけどね」
 別の町民は「馬場有(たもつ)町長も苦しいとは思う。絶対的に正しい答えなんか無いもの」と話した。住み慣れた故郷を再興させたい気持ちは町民なら誰しもが抱いている。それを阻むのが原発の廃炉作業であり放射性物質。原発内部は数百シーベルトの高線量でロボットの操作もままならない。請戸地区は原発事故直後から汚染が低いと言われているが、本当に安全なのか不安が募るのも当然だ。「前向き」、「風評」だけで片づけられない複雑な感情が絡み合う。




(上)祝詞を読み上げた初発神社・禰宜(ねぎ)の男性は言う。「請戸の地でお祭りが出来る事を願っているが、田植え踊りの子どもたちを町に連れて行きたくないという親の気持ちも理解できる。難しい」
(下)来月末で避難指示が解除される見通しの浪江町。仮設住宅での「安波祭」も今年でひと区切りとなる。「原発事故が無ければとっくに神社を再建し、安波祭も町で出来ていたのに」と関係者は無念そうに語る

【〝町残し〟も大事だが…】
 馬場町長は国が提示した「3月31日での避難指示解除」について、「〝町残し〟も大切だ」、「避難指示が継続している事で復興が進まない側面もある」などとして受け入れに前向きだ。町議も「解除の延期は無いだろう。後は発表のタイミングを図っているのではないか」との見方を強めている。解除後には「成人式」や「十日市祭」など様々な行事を町で復活させたい意向を、馬場町長はたびたび口にしている。
 しかし、今のところ帰還の意向を示している町民は二割に満たない。笹谷東部応急仮設住宅は、入居する町民が180世帯から70世帯にまで減ったが、多くが新たに家を購入したり、復興公営住宅に入居したりして町外での生活を継続する。仮設住宅での暮らしを希望する人も、現時点では2018年3月末までしか入居が認められていない。いずれにしてもあと1年で退去せざるを得ない。避難指示が解除されれば、早かれ遅かれ〝自主避難者〟と同じ扱いになってしまう。帰還か避難継続かの選択を迫られるが、多くは町外での生活を選んでいる。
 ある母親は「子どもは春から福島市内の中学校に通わせます。戻りたくないって言っていますし。6年も経ってしまったらこちらで新たな人間関係が出来上がってしまいますからね。なかなか戻るのは難しいです」と話す。住民懇談会でも「避難指示解除は時期尚早」との意見が目立った。
 地域に根差した伝統文化にも襲いかかった原発事故。伝統を絶やされてなるものかと多くの町民が奔走し、「安波祭」も「田植え踊り」も絶える事無く続いてきた。「来年はどうなるのか」と表情を曇らせる町民を、「あんばさま」はどんな想いで眺めていただろうか。国の提示した避難指示解除日まで40日を切った。しかし、原発事故は終わっていない。「アンダーコントロール」などという空想とは無縁の、町民の葛藤は続く。大切な町、大切な文化だからこそ悩む。家族の健康も大切だから。



(了)
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プロフィール

Author:鈴木博喜
大手メディアが無視する「汚染」、「被曝」、「避難」を追い続けています。

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