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【72カ月目の浪江町はいま】これのどこが「生活環境は概ね整った」のか~月末の避難指示解除控え6年ぶり常磐線試運転も、町内に汚染や被曝リスクが点在

やはり生活環境など整っていなかった。避難指示解除(帰還困難区域を除く)を今月末に控えた福島県浪江町で7日午前、JR常磐線の試運転が始まり、原発事故後初めて、列車が浪江駅に入線した。しかし、改めて町内を巡ると住民懇談会で噴出した町民の懸念が単なる〝心配性〟〝考えすぎ〟ではないと思い知らされる。隣接する帰還困難区域、除染されても残る被曝リスク、手つかずの里山。華々しい鉄道再開の陰に、浪江町民が直面する現実と哀しみがある。町民は改めて問いかける。「これのどこが『生活環境は概ね整った』のか」。


【避難指示解除の〝目玉〟】
 「復興へ向けた第一歩」と言えば良いのだろうか。午前10時40分。鉄道関係者や地元メディアの記者、カメラマンが見守る中、浪江駅のホームに列車入線を告げるアナウンスが響いた。ライトを灯した車両が遠くに見える。上空には地元テレビ局のヘリ。駅手前の「川添街道踏切」で一旦止まり、警笛を鳴らして再び動き出す。小高駅(南相馬市)から徐行と一時停止を繰り返し、1時間ほどかけて原発事故後初めて、浪江駅に常磐線の列車が乗り入れた。
 15分ほど停まっていた列車は再び小高駅に戻って行った。JR東日本水戸支社によると、この日の試運転は3往復。昨年12月には相馬(相馬市)~浜吉田(宮城県亘理町)間が再開された。今月末の避難指示解除に合わせて小高~浪江間の運行が再開されれば、浪江から仙台までが再びつながることになる。残る不通区間は浪江~竜田(楢葉町)間。政府は段階的に再開させ、東京五輪の開催される2020年春にはJR常磐線の運行を全面再開させたい意向だ。
 JR常磐線の運行再開は、避難指示解除の是非に関して町民から「忌憚の無い御意見」を聴く場だった住民懇談会でも、「生活環境は概ね整った」の〝目玉〟の一つに掲げられていた。先月1日からは、運航再開に先駆けて代行バスの運行が始まっている。これもまた、町民が「どれだけ避難指示解除が時期尚早だと反対しても、どうせ結論は出ているのだろう」とあきらめた一因となった。
 あと3週間余もすれば、浪江町でも帰還困難区域を除く避難指示が解除される。鉄道の運行再開は華々しく式典が開かれ、今回も安倍晋三首相や今村雅弘復興大臣、内堀雅雄知事らが出席して、全国に〝復興〟が発信される事だろう。全国10カ所で開かれた住民懇談会では今月末での避難指示解除に反対意見が続出したが、国は「除染などで町内の生活環境は概ね整った」と押し切った。馬場有(たもつ)町長も「町を残したい。これ以上、解除を先延ばししたら町が消滅してしまう」と容認した。
 浪江駅周辺では道路工事も進み、一見すると、確かに〝復興〟は進んでいるかのように見える。しかし、実際に避難指示解除の対象となる区域を巡ってみると、とても「生活環境は概ね整った」とは思えない現実に次々と直面した。






(上)原発事故後初めて、浪江駅に入線したJR常磐線の試運転列車。避難指示解除に合わせて小高~浪江間の運転が再開される見通しだ=7日午前10時40分
(中)まだ避難指示解除時期の結論が出ていなかった2月1日からは、代行バスの運行が始まった。役場前の停留所には「おかえりなさい」の看板も
(下)避難指示が解除される区域では宅地除染が進められ「除染作業完了しました」と表示されているが、依然として空間線量の高い個所が点在している

【汚されたままの桜の名所】
 浪江駅からほど近い樋渡・牛渡行政区は居住制限区域。家屋解体がほぼ終わり、更地になっている場所で手元の線量計は0.5μSv/h超。地面の真上では2μSv/hを上回った。妻の実家があったという50代の町民は「これのどこが『生活環境は概ね整った』のか」と怒りを込めてつぶやいた。冬の終わりを告げるように強い風が吹き、砂ぼこりとともに放射性物質も舞い上がる。男性は「国は年20mSv以下は安全だと言っているが、帰還困難区域以外の避難指示を解除するのだから、結局は年50mSv以下は安全だという事だろう。そんな酷い話があるか」と吐き捨てた。町議会では、一斉解除ではなく段階的な避難指示の解除も議員から提案されたものの、国は「復興」と「風評払拭」を理由に拒否した。
 桜の名所として知られ、山頂の展望台からは町内が一望できる「丈六公園」のある高瀬行政区は避難指示解除準備区域。分類上は汚染が最も軽いとされるが、駐車場に設置されたモニタリングポストでさえ0.4μSv/h超。展望台に向かって登り始めると、手元の線量計はあっという間に1μSv/hを超えた。避難指示が解除されれば、ここで花見に興じ、酒を楽しんでも問題無いと官僚は言い切る。そんな町民はいるだろうか。
 しかも高瀬行政区と西側の谷津田行政区(居住制限区域)との間に挟まれるように、帰還困難区域の酒井行政区がある。帰還困難区域は避難指示解除はおろか、除染の見通しすら立っていない。道路を通る事は出来る。果樹園の前で手元の線量計は1.4μSv/hを上回った。宅地除染を実施したといくら言っても隣接する行政区の汚染が手つかずでは、被曝リスクに対して町民が不安を抱くのも無理は無い。国は「除染の効果は維持されている」と大幅な線量低減を強調するが、それは「超異常」が「異常」になっただけの事だ。そもそも「なぜ俺たちだけ年20mSvでも安全だとされるのか」という町民の当然の疑問は解消されていない。
 大堀小学校のある小野田行政区は東に酒井行政区、西に末ノ森行政区と帰還困難区域に挟まれる形で避難指示が解除される。大堀小学校の一角に設置されたモニタリングポストは0.7μSv/hを超えていた。幼稚園も併設されているが、ここに子どもたちのにぎわいが戻るのはいつだろうか。馬場町長は4日に開かれた「復興のつどい」で「一緒に頑張りましょう」と呼びかけた。それは「放射線が飛び交う中で頑張れ」と言っているのと同じ事だ。






(上)谷津田行政区に設けられた仮置き場には、町内の除染で生じた汚染物が次々と運び込まれている。中間貯蔵施設へ搬出できるのはいつの日か。それまで〝黒い山〟との共存が続く
(中)桜の名所として人気の丈六公園。手元の線量計は1μSv/hを軽く超えた
(下)樋渡・牛渡行政区の宅地では、地表真上で手元の線量計が2μSv/hを上回った。それでも国は「住んでも健康に問題無い」と言い切る

【汚染された自宅は解体へ】
 除染を行えば当然、汚染された土壌や廃棄物が生じる。常磐道を走ると、眼下に黒いフレコンバッグの山が広がっているのが分かる。最終的には中間貯蔵施設に搬出され、30年以内に福島県外での最終処分が〝約束〟されているが、具体的な場所などは全く決まっていない。しかも浪江駅から南東9km先には、いまだ収束には程遠い福島第一原発がある。大きな揺れがあるたびに、原発で異常事態が起こっていないか心配しなければならない。多くの母親が「帰りたいけど、子どもを連れて帰る事は出来ない」と口にするには、ちゃんと理由があるのだ。しかし、官僚には届かない。
 町内を案内してくれた男性の自宅(上ノ原行政区)には2011年3月のカレンダーがそのまま貼られている。未曽有の揺れに襲われた前日、3月10日の地元紙はやや赤茶けているが、同月9日の地震で相馬で20センチの津波が観測されたと1面で伝えていた。揺れでも津波でも自宅そのものは無事だったが、自宅周辺の汚染は除染が完了しても高いまま。福島市内で2月1日に開かれた住民懇談会では「土壌汚染が1平方メートルあたり258万ベクレルに達している」と壇上に上がって官僚に訴えたが聞き入れられなかった。
 「建ててから9年で住めなくなってしまった。こんな状態で避難指示が解除されても、小学生の息子や妻と住む事なんて出来ないよ。原発作業員として働いて来たから放射線の危険性は良く分かるんだ。この家はいずれ解体するつもり。それまで役人に貸してやるから住んでみろと言いたいよ」
 まだきれいな住まいには、思い出がぎっしりと詰まっている。原発事故さえ無ければ、今年の夏も自ら作ったウッドデッキでビールを楽しんだことだろう。華々しい鉄道再開の陰に「帰りたくても帰れない」浪江町民の哀しみが横たわる。



(了)
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プロフィール

Author:鈴木博喜
大手メディアが無視する「汚染」、「被曝」、「避難」を追い続けています。

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