「判決への不満を私たちにぶつけないで」。群馬訴訟原告の訴え。「とりあえず風穴は開けた。一歩ずつていねいに闘いたい」~「生業訴訟」はきょう結審
- 2017/03/21
- 07:55
前橋地裁で〝一部勝訴〟の判決を受けた「群馬訴訟」の原告が悲鳴をあげている。20日夕に福島県福島市内で開かれた「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟(生業訴訟)の結審前夜集会では、原告の女性が苦しい胸の内を明かした。判決内容の冷静な分析は必要だが、不満や怒りを被害者である原告にぶつけるのはやめたい。避難の合理性が認められなかった悔しさは、原告自身が一番かみしめている。そもそも、なぜ被害者がここまで闘わなければならないのか。「生業訴訟」はきょう結審。長く続く闘いは今年、重大な局面を迎えている。冷静かつ温かく見守りたい。
【〝慰謝料〟わずか18万円】
「群馬訴訟」の原告、丹治杉江さん(福島県いわき市から群馬県前橋市に避難)の悲痛な叫びが集会会場に響いた。判決への不満や怒りが原告らにぶつけられてしまっているという。
「判決からまだ4日しか経っていないのに、様々な意見を言われたり叱られたり…。いま、原告はつらいです」
もちろん丹治さん自身、17日に前橋地裁で言い渡された判決に満足しているわけでは無い。「国や東電の過失責任を認めた時点でバンザーイと思ったが…こんなに自主避難者に冷たい判決が出るとは思わなかった。原告137人に対する賠償額は本当に低いです」と語る。裁判所が認定した丹治さんへの精神的慰謝料はわずか18万円にとどまった。裁判費用を差し引けば16万円。既払い金と合わせると、丹治さんが被った精神的被害は20万円しか認められなかった事になる。「私が逃げた事への合理性は全く認められていない。『損害論』に関しては、全く評価出来ません。当然、2回戦に向けて立ち上がります」と早くも東京高裁での闘いを視野に入れている。
一方で「未来の子どもたちのために、一歩ずつていねいに闘って行きたい」とも。判決は受け入れがたいが「自主避難者に対する精神的慰謝料はゼロという雰囲気もあった中で、とりあえず風穴を開ける事は出来ました。ゼロでは無い。16万円は認めさせた」と丹治さん。原告の中からも「もう裁判は良いよ。くたびれちゃった」、「もう(原告を)降りるよ」という声が出ているという。そこに追い打ちをかけるように、厳しい言葉が矢玉のように飛んで来る。メディアの取材に応じた原告の中には、前向きなコメントをした事で「甘い」、「決して勝訴では無いのに」などと非難された人もいるという。
「今日も厳しい言葉を受けました。あんまり怒られると、こうして出てきたくなくなってしまいます。まずは勝ち取った部分を認めて一歩ずつ進めさせて欲しい」
責められるべきは裁判所であって原告では無い。

「群馬訴訟」の原告・丹治杉江さん。「一歩ずつていねいに闘って行く。判決内容への不満を私たちにぶつけないで」と訴えた=福島市・ラコパふくしま
【「欠陥の多い地裁判決」】
確かに不満の残る判決ではあった。
原発事故で福島県から群馬県内に避難した人々が国と東電を相手取って起こした損害賠償請求訴訟。2016年10月に結審、今月17日に前橋地裁で判決が言い渡された。原道子裁判長は国や東電の過失責任を認め、大津波が予見できた事や原発事故を防ぐことが出来た事に言及。特に東電に対しては「経済的合理性を安全性に優先させたと評されてもやむを得ないような対応をとってきた」、「本件事故の発生に関し、特に非難するに値する事実が存する」などと厳しく断罪した。国に対しても「規制権限を行使すれば、本件事故を防ぐことは可能であった」、「行使しなかったことは著しく合理性を欠く」と違法性を指摘。その意味では、全国で展開されている原発訴訟の原告たちには追い風となる。
だが、「生業訴訟」弁護団幹事長の南雲芳夫弁護士が「非常に欠陥の多い判決」と指摘するように、15億7000万円の賠償請求のうち3800万円余しか認められなかった。「国の原子力損害賠償紛争審査会が取りまとめた『中間指針』に大幅に依拠している。国や東電の責任をそこまで認めたのなら、被害・損害をまっとうに認めるべきだ」。
群馬訴訟の原告137人のうち政府の避難指示が出ていない区域から避難した〝自主避難者〟は58人だが、15人が棄却。認められた慰謝料も最高額で73万円。最も低い人はわずか7万円にとどまった(避難指示区域内からの原告は75万円から350万円)。そのため、生業訴訟の結審前夜集会でも、全国各地で起こされている原発訴訟の原告から「避難の合理性を認めていない。私たちには耐え難い判決」(京都訴訟、9月29日結審予定)などの声があがった。「多額の損害賠償を認めてしまうと、それが全国に波及し、結果的に国と東電による賠償額の総額がさらに大きくなる。結果的に国民負担に返ってくるので損害賠償額を抑えたのではないか、と勘ぐりたくもなる」と話す関係者もいる。
2020年の東京五輪を巧みに利用しながら国も福島県も「原発事故被害の表面的な収束」を図り、避難指示解除や〝自主避難者〟への住宅無償提供打ち切りを急ぐ。原発訴訟で全国最初の判決となった群馬訴訟では司法による被曝リスクや避難の合理性の認定が期待されたが、そこまで踏み込んだ判決にはならなかった。

21日の結審を控え、拳を振り上げる「生業訴訟」の原告たち。原発事故による被害・損害を正しく認めて欲しいという願いは、すべての原発訴訟の原告に共通する
【6年では終わらぬ被害】
放射能汚染からの原状回復と慰謝料の支払いを求めた「生業訴訟」は21日午後、福島地裁で開かれる口頭弁論で結審する。4000人を超える原告は原発事故当時、福島県で暮らしていた人にとどまらない。隣接する茨城、宮城、群馬、山形、栃木で生活し被曝リスクにさらされた人々も名を連ねている。千葉県内に避難した人々の集団訴訟は9月22日に判決が言い渡されるが、「生業訴訟」の判決日もその時期になるとみられている。
集会で原告を代表して想いを語った女性は、福島市内の元保育園長。「放射線量を下げるためなら、考え付く事は何でもやった」と様々な取り組みをしたという。「子どもたちは自然の中で遊ぶ事を奪われました。しばらくは園庭に出られない日々が続きました。園外に散歩に出られたのは0歳で入園した子どもが2歳になってから。子どもたちが奪われたものは本当に大きい」と涙ながらに話した。
「昨年、園庭に埋められていた除染廃棄物が5年4カ月ぶりに掘り出され、運び出されました。しかし、まだ山には放射性物質があります。子育ての不安が無くなったわけではありません。安心して子育ての出来る福島、日本をつくって行かれたらいいと思う」
全国で20を超える原発訴訟は長い闘いとなる。「生業訴訟」の南雲弁護士も「結審は中締め」と語る。原告団の服部浩幸事務局長は「6年経った今でも原発事故の被害は収束していないどころか、ますます複雑化している」と指摘する。
本来なら、ここまで闘いに注力しなくても避難の合理性や損害賠償は認められるべきなのだ。これもまた、原発事故の理不尽な一面と言える。
(了)
【〝慰謝料〟わずか18万円】
「群馬訴訟」の原告、丹治杉江さん(福島県いわき市から群馬県前橋市に避難)の悲痛な叫びが集会会場に響いた。判決への不満や怒りが原告らにぶつけられてしまっているという。
「判決からまだ4日しか経っていないのに、様々な意見を言われたり叱られたり…。いま、原告はつらいです」
もちろん丹治さん自身、17日に前橋地裁で言い渡された判決に満足しているわけでは無い。「国や東電の過失責任を認めた時点でバンザーイと思ったが…こんなに自主避難者に冷たい判決が出るとは思わなかった。原告137人に対する賠償額は本当に低いです」と語る。裁判所が認定した丹治さんへの精神的慰謝料はわずか18万円にとどまった。裁判費用を差し引けば16万円。既払い金と合わせると、丹治さんが被った精神的被害は20万円しか認められなかった事になる。「私が逃げた事への合理性は全く認められていない。『損害論』に関しては、全く評価出来ません。当然、2回戦に向けて立ち上がります」と早くも東京高裁での闘いを視野に入れている。
一方で「未来の子どもたちのために、一歩ずつていねいに闘って行きたい」とも。判決は受け入れがたいが「自主避難者に対する精神的慰謝料はゼロという雰囲気もあった中で、とりあえず風穴を開ける事は出来ました。ゼロでは無い。16万円は認めさせた」と丹治さん。原告の中からも「もう裁判は良いよ。くたびれちゃった」、「もう(原告を)降りるよ」という声が出ているという。そこに追い打ちをかけるように、厳しい言葉が矢玉のように飛んで来る。メディアの取材に応じた原告の中には、前向きなコメントをした事で「甘い」、「決して勝訴では無いのに」などと非難された人もいるという。
「今日も厳しい言葉を受けました。あんまり怒られると、こうして出てきたくなくなってしまいます。まずは勝ち取った部分を認めて一歩ずつ進めさせて欲しい」
責められるべきは裁判所であって原告では無い。

「群馬訴訟」の原告・丹治杉江さん。「一歩ずつていねいに闘って行く。判決内容への不満を私たちにぶつけないで」と訴えた=福島市・ラコパふくしま
【「欠陥の多い地裁判決」】
確かに不満の残る判決ではあった。
原発事故で福島県から群馬県内に避難した人々が国と東電を相手取って起こした損害賠償請求訴訟。2016年10月に結審、今月17日に前橋地裁で判決が言い渡された。原道子裁判長は国や東電の過失責任を認め、大津波が予見できた事や原発事故を防ぐことが出来た事に言及。特に東電に対しては「経済的合理性を安全性に優先させたと評されてもやむを得ないような対応をとってきた」、「本件事故の発生に関し、特に非難するに値する事実が存する」などと厳しく断罪した。国に対しても「規制権限を行使すれば、本件事故を防ぐことは可能であった」、「行使しなかったことは著しく合理性を欠く」と違法性を指摘。その意味では、全国で展開されている原発訴訟の原告たちには追い風となる。
だが、「生業訴訟」弁護団幹事長の南雲芳夫弁護士が「非常に欠陥の多い判決」と指摘するように、15億7000万円の賠償請求のうち3800万円余しか認められなかった。「国の原子力損害賠償紛争審査会が取りまとめた『中間指針』に大幅に依拠している。国や東電の責任をそこまで認めたのなら、被害・損害をまっとうに認めるべきだ」。
群馬訴訟の原告137人のうち政府の避難指示が出ていない区域から避難した〝自主避難者〟は58人だが、15人が棄却。認められた慰謝料も最高額で73万円。最も低い人はわずか7万円にとどまった(避難指示区域内からの原告は75万円から350万円)。そのため、生業訴訟の結審前夜集会でも、全国各地で起こされている原発訴訟の原告から「避難の合理性を認めていない。私たちには耐え難い判決」(京都訴訟、9月29日結審予定)などの声があがった。「多額の損害賠償を認めてしまうと、それが全国に波及し、結果的に国と東電による賠償額の総額がさらに大きくなる。結果的に国民負担に返ってくるので損害賠償額を抑えたのではないか、と勘ぐりたくもなる」と話す関係者もいる。
2020年の東京五輪を巧みに利用しながら国も福島県も「原発事故被害の表面的な収束」を図り、避難指示解除や〝自主避難者〟への住宅無償提供打ち切りを急ぐ。原発訴訟で全国最初の判決となった群馬訴訟では司法による被曝リスクや避難の合理性の認定が期待されたが、そこまで踏み込んだ判決にはならなかった。

21日の結審を控え、拳を振り上げる「生業訴訟」の原告たち。原発事故による被害・損害を正しく認めて欲しいという願いは、すべての原発訴訟の原告に共通する
【6年では終わらぬ被害】
放射能汚染からの原状回復と慰謝料の支払いを求めた「生業訴訟」は21日午後、福島地裁で開かれる口頭弁論で結審する。4000人を超える原告は原発事故当時、福島県で暮らしていた人にとどまらない。隣接する茨城、宮城、群馬、山形、栃木で生活し被曝リスクにさらされた人々も名を連ねている。千葉県内に避難した人々の集団訴訟は9月22日に判決が言い渡されるが、「生業訴訟」の判決日もその時期になるとみられている。
集会で原告を代表して想いを語った女性は、福島市内の元保育園長。「放射線量を下げるためなら、考え付く事は何でもやった」と様々な取り組みをしたという。「子どもたちは自然の中で遊ぶ事を奪われました。しばらくは園庭に出られない日々が続きました。園外に散歩に出られたのは0歳で入園した子どもが2歳になってから。子どもたちが奪われたものは本当に大きい」と涙ながらに話した。
「昨年、園庭に埋められていた除染廃棄物が5年4カ月ぶりに掘り出され、運び出されました。しかし、まだ山には放射性物質があります。子育ての不安が無くなったわけではありません。安心して子育ての出来る福島、日本をつくって行かれたらいいと思う」
全国で20を超える原発訴訟は長い闘いとなる。「生業訴訟」の南雲弁護士も「結審は中締め」と語る。原告団の服部浩幸事務局長は「6年経った今でも原発事故の被害は収束していないどころか、ますます複雑化している」と指摘する。
本来なら、ここまで闘いに注力しなくても避難の合理性や損害賠償は認められるべきなのだ。これもまた、原発事故の理不尽な一面と言える。
(了)
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