【復興五輪】「怒」と「喜」。雨の福島市に響いた対照的なコール。内堀知事の破顔一笑に覆われる被曝リスク。「野球・ソフトボール開催」の陰で進む切り捨て
- 2017/03/22
- 06:40
冷たい雨が降り続く福島県福島市に21日、対照的な2つのコールが響き、拳が突き上げられた。この日、福島地裁での審理が結審した「生業訴訟」の原告たちが「福島を切り捨てるな」と拳を突き上げれば、福島県庁では夕方、2020年の東京五輪で野球・ソフトボールの一部試合が県営あづま球場(福島市)で開催される事を祝うセレモニーで内堀雅雄知事が子どもたちとガッツポーズした。加速する〝復興〟の陰で被曝リスクは覆い隠され、住民は切り捨てられる。〝自主避難者〟向け住宅の無償提供打ち切りまで10日を切った。
【「五輪で復興アピール」】
よほどうれしいのだろう。雨で急きょ、福島県庁内に移して行われた夕方のセレモニーで、内堀雅雄知事は終始、上機嫌だった。昨年11月に続いて〝動員〟された福島第一小学校・放課後児童クラブ「みみずくクラブ」の児童たちの発言に大きな声をあげて笑い、写真撮影では、記者クラブメディアのカメラマンに自ら〝指示〟を出してポーズを決めてみせた。「復興」にまい進する内堀知事らしい振る舞いだった。
「この喜びを皆さんと分かち合える事をうれしく思う。東京五輪まであと3年です。この3年間で『福島の復興、ここまで進んだぞ』と国内外にアピールしたい」
身振り手振りも交えながら話す内堀知事に、福島県議会の杉山純一議長も「世界に復興をアピールする良い機会になる」と続いた。
今月17日、報道陣が見守る中で電話連絡を受けた内堀知事の様子を、地元紙・福島民報は一面コラムで「カメラフラッシュの中で電話連絡を受けた内堀雅雄知事の顔が上気していた。紆余曲折があっただけに関係者の喜びもひとしおだ。開幕試合の日本戦という情報もあり、いやが上にも盛り上がりそうだ」と表した。この日のセレモニーでも、子どもたちより誰よりも一番はしゃいでいるように見えたのが内堀知事だった。
「ホームランを見てみたい」、「近くでやるのは信じられない」。司会の女性アナウンサーが、子どもたちから〝大人の喜ぶ〟コメントを必死に引き出そうとしている姿が印象的だった。笑顔あふれる大人たちとは対照的な子どもたちの様子。結局、福島開催は誰のためなのか。
セレモニーを終えた内堀知事に「復興も良いですが、避難者を切り捨てないでくださいね」と声をかけた。言葉での返事は無かったが、珍しく足を止め、フフっと笑顔で軽くうなずいた。「住宅を打ち切らないでくださいよ」という言葉には振り返らなかった。もちろん「復興」は必要だろう。五輪のような世界規模の大会は起爆剤となるはずだ。しかし、その陰で被曝リスクが否定され、切り捨てられる人々がいるのは見すごせない。


(上)五輪競技の福島開催がよほどうれしいのだろう。内堀雅雄知事(後列左端)は終始、上機嫌。福島第一小学校の児童たちの発言に何度も破顔した
(下)セレモニー後、内堀知事(後列真ん中)に「避難者を切り捨てないでください」と声をかけると、立ち止まり、振り返って軽くうなずいた。普段の仏頂面とは真逆の笑顔だった。〝復興〟は内堀知事の表情も態度も変える=21日16時すぎ、福島県庁
【「切り捨てを許さない」】
この日の午前には、福島地裁での結審を控えた「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟(生業訴訟)の原告たちが福島市内をデモ行進。冷たい雨の降る中、びしょ濡れになりながら「福島切り捨てを許さない」と拳を突き上げた。手にしたのぼりには、赤い字で大きく「怒」と書かれていた。
原発事故が無ければ、汚染も被曝リスクも無かった。その2日前、とある福島市立中学校の校庭で、手元の線量計は0.3μSv/hを上回った。もちろん、全面的に汚染されているわけでは無く局所的だが、線源が存在するのは間違い無い。原発事故が起こる前まで、福島市の空間線量は0.04μSv/hだった。約8倍。校庭では、子どもたちがサッカーの練習をしていた。飯舘村や浪江町などの避難指示区域では今月末、年20mSvを下回っているとして避難指示が解除される(帰還困難区域を除く)。国の計算では、3.8μSv/hまで〝安全〟だと住民懇談会などで説明してきた。それに当てはめれば、0.3μSv/hなど心配するまでも無いという事か。
一方で、福島市の「福島市ふるさと除染実施計画」(2017年3月13日、第2版再改訂)では、除染について「空間線量率が 0.23μSv/時(1mSv/年)以上の地域を対象に実施します」とうたわれている。ダブルスタンダードの中で、住民の「安全」は二の次。被曝の懸念を口にする事は「誤った風評を広める」と封じられ、「まだそんな馬鹿な事を言っているのか」と有形無形に責められる。避難指示の出ていない区域からの県外避難は「危険で無いのに勝手に逃げた」と自己責任論に押し込められ、17日に判決が言い渡された「群馬訴訟」でも、わずかな慰謝料しか認められなかった。「生業訴訟」の原告たちが突き上げた拳には、様々な「怒」が込められている。
「生業訴訟」の判決は10月10日に言い渡される。


(上)21日に行われた「生業訴訟」原告によるデモ行進では、赤色で「怒」と書かれたのぼりが掲げられた。
(下)福島市内のある中学校校庭で19日、手元の線量計は0.3μSv/hを超えた。局所的とはいえ決して汚染が解消されたわけでは無い。「復興」は放射線防護との両輪で進められるべきだ
【「国民を助けるのが政治」】
避難指示の出ていない区域から福島県外に避難した〝自主避難者〟への住宅無償提供打ち切りまで、あと10日を切った。3年後の東京五輪では、浜通りの国道6号線を聖火リレーが走り、世界に向けて「福島は原発事故を乗り越えた」と高らかに宣言される。野球・ソフトボールの一部開催が決まった事を受けて、福島県はホームページに「競技開催を本県の復興をはじめとする取組みの加速化に繋げるとともに、ふくしまの子どもたちの夢や希望に繋げていきます」と掲載した。
「避難者一人一人にていねいに寄り添う」と言いながら、笑顔で切り捨てて行く内堀知事。その流れに呼応するように、飯舘村の菅野典雄村長も「避難指示解除後、村に戻った村民の支援に村政をシフトする」と避難を継続する村民の〝切り捨て〟ともとれる発言を繰り返している。そうやって加速する「復興」とはいったい何なのか。
デモ行進の後、「生業訴訟」原告団の招きで福島市内で講演した俳優の宝田明氏(82)は、こうした流れについて「原発事故は人災。微々たるお金で国民に哀しい想いをさせて良いのでしょうか」、「国は企業を守るために一生懸命になっている」、「国防費を1兆円削ってでも、足下で困っている国民を助けるのが政治というものではないでしょうか」などと批判した。
そして〝復興〟は加速する。
(了)
【「五輪で復興アピール」】
よほどうれしいのだろう。雨で急きょ、福島県庁内に移して行われた夕方のセレモニーで、内堀雅雄知事は終始、上機嫌だった。昨年11月に続いて〝動員〟された福島第一小学校・放課後児童クラブ「みみずくクラブ」の児童たちの発言に大きな声をあげて笑い、写真撮影では、記者クラブメディアのカメラマンに自ら〝指示〟を出してポーズを決めてみせた。「復興」にまい進する内堀知事らしい振る舞いだった。
「この喜びを皆さんと分かち合える事をうれしく思う。東京五輪まであと3年です。この3年間で『福島の復興、ここまで進んだぞ』と国内外にアピールしたい」
身振り手振りも交えながら話す内堀知事に、福島県議会の杉山純一議長も「世界に復興をアピールする良い機会になる」と続いた。
今月17日、報道陣が見守る中で電話連絡を受けた内堀知事の様子を、地元紙・福島民報は一面コラムで「カメラフラッシュの中で電話連絡を受けた内堀雅雄知事の顔が上気していた。紆余曲折があっただけに関係者の喜びもひとしおだ。開幕試合の日本戦という情報もあり、いやが上にも盛り上がりそうだ」と表した。この日のセレモニーでも、子どもたちより誰よりも一番はしゃいでいるように見えたのが内堀知事だった。
「ホームランを見てみたい」、「近くでやるのは信じられない」。司会の女性アナウンサーが、子どもたちから〝大人の喜ぶ〟コメントを必死に引き出そうとしている姿が印象的だった。笑顔あふれる大人たちとは対照的な子どもたちの様子。結局、福島開催は誰のためなのか。
セレモニーを終えた内堀知事に「復興も良いですが、避難者を切り捨てないでくださいね」と声をかけた。言葉での返事は無かったが、珍しく足を止め、フフっと笑顔で軽くうなずいた。「住宅を打ち切らないでくださいよ」という言葉には振り返らなかった。もちろん「復興」は必要だろう。五輪のような世界規模の大会は起爆剤となるはずだ。しかし、その陰で被曝リスクが否定され、切り捨てられる人々がいるのは見すごせない。


(上)五輪競技の福島開催がよほどうれしいのだろう。内堀雅雄知事(後列左端)は終始、上機嫌。福島第一小学校の児童たちの発言に何度も破顔した
(下)セレモニー後、内堀知事(後列真ん中)に「避難者を切り捨てないでください」と声をかけると、立ち止まり、振り返って軽くうなずいた。普段の仏頂面とは真逆の笑顔だった。〝復興〟は内堀知事の表情も態度も変える=21日16時すぎ、福島県庁
【「切り捨てを許さない」】
この日の午前には、福島地裁での結審を控えた「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟(生業訴訟)の原告たちが福島市内をデモ行進。冷たい雨の降る中、びしょ濡れになりながら「福島切り捨てを許さない」と拳を突き上げた。手にしたのぼりには、赤い字で大きく「怒」と書かれていた。
原発事故が無ければ、汚染も被曝リスクも無かった。その2日前、とある福島市立中学校の校庭で、手元の線量計は0.3μSv/hを上回った。もちろん、全面的に汚染されているわけでは無く局所的だが、線源が存在するのは間違い無い。原発事故が起こる前まで、福島市の空間線量は0.04μSv/hだった。約8倍。校庭では、子どもたちがサッカーの練習をしていた。飯舘村や浪江町などの避難指示区域では今月末、年20mSvを下回っているとして避難指示が解除される(帰還困難区域を除く)。国の計算では、3.8μSv/hまで〝安全〟だと住民懇談会などで説明してきた。それに当てはめれば、0.3μSv/hなど心配するまでも無いという事か。
一方で、福島市の「福島市ふるさと除染実施計画」(2017年3月13日、第2版再改訂)では、除染について「空間線量率が 0.23μSv/時(1mSv/年)以上の地域を対象に実施します」とうたわれている。ダブルスタンダードの中で、住民の「安全」は二の次。被曝の懸念を口にする事は「誤った風評を広める」と封じられ、「まだそんな馬鹿な事を言っているのか」と有形無形に責められる。避難指示の出ていない区域からの県外避難は「危険で無いのに勝手に逃げた」と自己責任論に押し込められ、17日に判決が言い渡された「群馬訴訟」でも、わずかな慰謝料しか認められなかった。「生業訴訟」の原告たちが突き上げた拳には、様々な「怒」が込められている。
「生業訴訟」の判決は10月10日に言い渡される。


(上)21日に行われた「生業訴訟」原告によるデモ行進では、赤色で「怒」と書かれたのぼりが掲げられた。
(下)福島市内のある中学校校庭で19日、手元の線量計は0.3μSv/hを超えた。局所的とはいえ決して汚染が解消されたわけでは無い。「復興」は放射線防護との両輪で進められるべきだ
【「国民を助けるのが政治」】
避難指示の出ていない区域から福島県外に避難した〝自主避難者〟への住宅無償提供打ち切りまで、あと10日を切った。3年後の東京五輪では、浜通りの国道6号線を聖火リレーが走り、世界に向けて「福島は原発事故を乗り越えた」と高らかに宣言される。野球・ソフトボールの一部開催が決まった事を受けて、福島県はホームページに「競技開催を本県の復興をはじめとする取組みの加速化に繋げるとともに、ふくしまの子どもたちの夢や希望に繋げていきます」と掲載した。
「避難者一人一人にていねいに寄り添う」と言いながら、笑顔で切り捨てて行く内堀知事。その流れに呼応するように、飯舘村の菅野典雄村長も「避難指示解除後、村に戻った村民の支援に村政をシフトする」と避難を継続する村民の〝切り捨て〟ともとれる発言を繰り返している。そうやって加速する「復興」とはいったい何なのか。
デモ行進の後、「生業訴訟」原告団の招きで福島市内で講演した俳優の宝田明氏(82)は、こうした流れについて「原発事故は人災。微々たるお金で国民に哀しい想いをさせて良いのでしょうか」、「国は企業を守るために一生懸命になっている」、「国防費を1兆円削ってでも、足下で困っている国民を助けるのが政治というものではないでしょうか」などと批判した。
そして〝復興〟は加速する。
(了)
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