【74カ月目の浪江町はいま】帰還困難区域で山林火災、高まる二次拡散の懸念。「これでも〝安全〟か」。避難指示解除急いだ国や町に町民から怒りの声
- 2017/05/02
- 06:31
避難指示の部分解除から1カ月が経った福島県浪江町で4月29日、恐れていた山林火災が起きた。しかも発生場所は、浪江町の中でも汚染が特にひどいとされる帰還困難区域。強風と高濃度汚染で消火活動は難航し、1日夜の時点で鎮火に至っていない。「生活環境は概ね整った」と避難指示は解除されたが、今後も放射性物質の二次拡散というリスクと背中合わせの浪江町。消防隊員や帰還住民の内部被曝は防ぎようが無いのが実情で、原発事故の「現実」が改めて浮き彫りになった格好だ。
【消防団も現場に近づけず】
JR常磐線・浪江駅近くのスポーツセンター。福島県や宮城県のヘリコプターが数分おきに駐車場に着陸する。消火栓とつながれたホースでタンクに水を入れていく。ヘリが飛んで行った方向には、依然として山の稜線から煙が上がっていた。ひと気の無い街にプロペラの音だけが響く。恐れていた山林火災は、4月29日夕方に火災発生を確認してから丸2日が過ぎても鎮火には至らず、放射性物質の二次拡散の懸念は高まるばかり。
焼失面積は10ヘクタールを超えた。火勢は弱まりつつあるものの、一度「鎮圧」と判断した後に再び火勢が強まった反省から、消防は「鎮圧」、「鎮火」の判断には慎重だ。2日は午前5時過ぎから浪江町の馬場有(たもつ)町長や双葉地方広域市町村圏組合消防本部の大和田仁消防長がヘリで上空から視察するなど対応に追われている。
火災の発生した「十万山」(標高448.4メートル)は、帰還困難区域に指定されている井手地区にある。浪江町は3月31日に避難指示が部分解除されたが、帰還困難区域は依然として立ち入りが厳しく制限されている。町の消防団も召集されたが現場に近づけない。「登山道の入り口から現場まで徒歩で2時間はかかる」と双葉地方広域市町村圏組合消防本部。なかなか現場が特定できず、ヘリで上空から確認するのと同時に、林野庁・磐城森林管理署職員の案内を受けながら急斜面の道なき道を進んだ。その間も強風であおられた煙が濃霧のように視界をせばめる。しかもただの煙ではない。防護マスクに取り付けた吸収缶の効果は最大でも3時間しか発揮しない。汚染された煙の中での交換は被曝リスクが伴う。隊員の健康を考えれば、やみ雲に原生林を分け入る事も得策では無い。4月30日正午には福島県の内堀雅雄知事から陸上自衛隊第6師団(山形県)に災害派遣が要請された。散水量は、陸自だけで400トンを超える。
しかし、自衛隊をもってしても放射性物質の二次拡散を止める事は出来ない。それが今回の山林火災の特殊性であり危険性だ。



(上)浪江町地域スポーツセンターの駐車場には、消防のヘリコプターが次々と戻って来て給水した。2日も朝から空中消火活動が予定されている
(中)十万山方面からは依然として煙があがっていた。放射性物質の二次拡散が懸念される=1日午前11時頃撮影
(下)消防隊員は防護服に防護マスク姿で現場に入るが「現実問題として被爆を防ぐ手立ては無い」という
【「隊員の被曝やむを得ない」】
「放射性物質の二次拡散は憂慮すべき事だが想定内ですよ。『生活環境は概ね整った』と避難指示は解除されたが、ひとたび山火事が起きればこれです。果たしてこういうリスクを町民に提示した上で国は避難指示を解除したのか。私は国や行政には期待していません。この国はうまくいっているというアピールは得意ですからね。戦時中がまさにそうでした。その意味では『自己責任』なんですよね。自分の身は自分で守るしかないんです」
樋渡・牛渡行政区から避難中の40代男性は話す。山林火災に伴う放射性物質の二次拡散について町からの積極的なアナウンスは無く、1日午前10時すぎにようやく、町のメールマガジンで火災の発生と「危険ですので不用意に近づかないようお願いいたします」という注意文が配信された。火災の通報が土曜日の夕方だから、丸1日以上町民へは周知されなかった。「土日は行政が動くのは難しい」と総務課防災安全係。1日午前7時には同様の内容が防災無線で町内全域にアナウンスされたほか、町のホームページにも「山林火災発生のお知らせ」が掲載された。しかし、マスク着用など放射性物質の二次拡散に関する呼びかけは無い。
町議会議員にも緊急連絡は入らない。ある議員は「たまたまテレビのニュースで知ったから良いものの、これでは町民に尋ねられても答えられない。帰還困難区域での山林火災は緊急事態なのだから、連絡体制を作るよう求めて行きたい」と話す。
この議員は「あくまで個人的意見だが」としながら「煙や灰と共に放射性セシウムが飛散すると想定するのが当然で、本来は消火活動も1平方メートル中にどのくらいの放射性物質があるか測りながら行うべき。しかしそれは現実的では無く、結局は内部被曝を防ぐ事は出来ないと言わざるを得ない」と指摘する。別の議員も「避難指示解除に際してリスクは検討されていなかった。今回の山林火災で逆の意味で危険が立証されてしまった」と議会で取り上げる構え。
消防隊員の被曝リスクについては、双葉地方広域市町村圏組合消防本部も「汚染物質を持ち出さない事は出来るが、消防隊員の被曝を防ぐ手立ては無い。帰還困難区域内に居る時間を短くする事くらいしか出来ないが、現場に到着するまでに時間がかかり交代も難しい。被曝はやむを得ないというのが実際のところだ」と認めている。これでも「原発事故はアンダーコントロール」だと言えるのだろうか。



原発事故前から山林火災に関する注意喚起はされていた。井手地区と同じように帰還困難区域に指定されている津島地区の空間線量は依然として高い。哀しいが、火事が起これば放射性物質が二次拡散される危険性は高い
【モニタリング難しい微粒子】
いまのところ、町内外に設置されたモニタリングポストの空間線量に大きな変動は無い。地元メディアもその点を盛んに伝える。だが、南相馬市の市民団体「ふくいち周辺環境放射線モニタリングプロジェクト」の小澤洋一さんは「放射性微粒子は線量計やモニタリングポストで捕らえることができない」と指摘する。山林火災を受けて、同プロジェクトや市民放射能監視センター「ちくりん舎」(東京都西多摩郡日の出町)は浪江町内に数枚の麻布を張った。内部被曝をもたらす微粒子の付着を調べる事で二次拡散状況を数値化できると考えている。
国も、燃焼による放射性物質の二次拡散については慎重な姿勢で臨んでいる。4月20日に開かれた飯舘村の住民懇談会の席上、内閣府の担当者は野焼きに関し「放射性物質がどのくらい飛散して作物などに付着・移行するのか実験・検証出来るまで野焼きは控えて欲しい」と村民に求めている。避難指示解除を急いだ国の官僚ですら、安全だと断言出来ていないのが現実だ。
小澤さんらの調査では、帰還困難区域内にある大柿ダム近傍の落ち葉で昨秋、1キログラムあたり1万7000ベクレルの放射性セシウムが検出されたという。「燃焼で放射性物質は数十倍に濃縮されます。専門家によっては数百倍との指摘もある」と小澤さん。しかし、国も福島県も浪江町も内部被曝に関する注意喚起は一切しない。
「安全安全と言って避難指示を解除したのに、ちっとも安全なんかじゃ無いじゃないか」と70代の町民は怒る。避難指示解除直前の住民懇談会では被曝リスクに関する心配の声が多く出された。中には「心配ばかりしていてもしょうがない。原発事故が起きてしまった以上、これからどうするか前向きに考えないといけない」と話す町民もいるが、残念ながら多くの町民が抱く不安が的中してしまった。しかも、今回の山林火災は落雷による自然発火との見方もある。浪江町は今後もリスクを抱えて行かざるを得ない。火災現場はいまもくすぶり続ける。放射性物質はじわじわと拡散している。
(了)
【消防団も現場に近づけず】
JR常磐線・浪江駅近くのスポーツセンター。福島県や宮城県のヘリコプターが数分おきに駐車場に着陸する。消火栓とつながれたホースでタンクに水を入れていく。ヘリが飛んで行った方向には、依然として山の稜線から煙が上がっていた。ひと気の無い街にプロペラの音だけが響く。恐れていた山林火災は、4月29日夕方に火災発生を確認してから丸2日が過ぎても鎮火には至らず、放射性物質の二次拡散の懸念は高まるばかり。
焼失面積は10ヘクタールを超えた。火勢は弱まりつつあるものの、一度「鎮圧」と判断した後に再び火勢が強まった反省から、消防は「鎮圧」、「鎮火」の判断には慎重だ。2日は午前5時過ぎから浪江町の馬場有(たもつ)町長や双葉地方広域市町村圏組合消防本部の大和田仁消防長がヘリで上空から視察するなど対応に追われている。
火災の発生した「十万山」(標高448.4メートル)は、帰還困難区域に指定されている井手地区にある。浪江町は3月31日に避難指示が部分解除されたが、帰還困難区域は依然として立ち入りが厳しく制限されている。町の消防団も召集されたが現場に近づけない。「登山道の入り口から現場まで徒歩で2時間はかかる」と双葉地方広域市町村圏組合消防本部。なかなか現場が特定できず、ヘリで上空から確認するのと同時に、林野庁・磐城森林管理署職員の案内を受けながら急斜面の道なき道を進んだ。その間も強風であおられた煙が濃霧のように視界をせばめる。しかもただの煙ではない。防護マスクに取り付けた吸収缶の効果は最大でも3時間しか発揮しない。汚染された煙の中での交換は被曝リスクが伴う。隊員の健康を考えれば、やみ雲に原生林を分け入る事も得策では無い。4月30日正午には福島県の内堀雅雄知事から陸上自衛隊第6師団(山形県)に災害派遣が要請された。散水量は、陸自だけで400トンを超える。
しかし、自衛隊をもってしても放射性物質の二次拡散を止める事は出来ない。それが今回の山林火災の特殊性であり危険性だ。



(上)浪江町地域スポーツセンターの駐車場には、消防のヘリコプターが次々と戻って来て給水した。2日も朝から空中消火活動が予定されている
(中)十万山方面からは依然として煙があがっていた。放射性物質の二次拡散が懸念される=1日午前11時頃撮影
(下)消防隊員は防護服に防護マスク姿で現場に入るが「現実問題として被爆を防ぐ手立ては無い」という
【「隊員の被曝やむを得ない」】
「放射性物質の二次拡散は憂慮すべき事だが想定内ですよ。『生活環境は概ね整った』と避難指示は解除されたが、ひとたび山火事が起きればこれです。果たしてこういうリスクを町民に提示した上で国は避難指示を解除したのか。私は国や行政には期待していません。この国はうまくいっているというアピールは得意ですからね。戦時中がまさにそうでした。その意味では『自己責任』なんですよね。自分の身は自分で守るしかないんです」
樋渡・牛渡行政区から避難中の40代男性は話す。山林火災に伴う放射性物質の二次拡散について町からの積極的なアナウンスは無く、1日午前10時すぎにようやく、町のメールマガジンで火災の発生と「危険ですので不用意に近づかないようお願いいたします」という注意文が配信された。火災の通報が土曜日の夕方だから、丸1日以上町民へは周知されなかった。「土日は行政が動くのは難しい」と総務課防災安全係。1日午前7時には同様の内容が防災無線で町内全域にアナウンスされたほか、町のホームページにも「山林火災発生のお知らせ」が掲載された。しかし、マスク着用など放射性物質の二次拡散に関する呼びかけは無い。
町議会議員にも緊急連絡は入らない。ある議員は「たまたまテレビのニュースで知ったから良いものの、これでは町民に尋ねられても答えられない。帰還困難区域での山林火災は緊急事態なのだから、連絡体制を作るよう求めて行きたい」と話す。
この議員は「あくまで個人的意見だが」としながら「煙や灰と共に放射性セシウムが飛散すると想定するのが当然で、本来は消火活動も1平方メートル中にどのくらいの放射性物質があるか測りながら行うべき。しかしそれは現実的では無く、結局は内部被曝を防ぐ事は出来ないと言わざるを得ない」と指摘する。別の議員も「避難指示解除に際してリスクは検討されていなかった。今回の山林火災で逆の意味で危険が立証されてしまった」と議会で取り上げる構え。
消防隊員の被曝リスクについては、双葉地方広域市町村圏組合消防本部も「汚染物質を持ち出さない事は出来るが、消防隊員の被曝を防ぐ手立ては無い。帰還困難区域内に居る時間を短くする事くらいしか出来ないが、現場に到着するまでに時間がかかり交代も難しい。被曝はやむを得ないというのが実際のところだ」と認めている。これでも「原発事故はアンダーコントロール」だと言えるのだろうか。



原発事故前から山林火災に関する注意喚起はされていた。井手地区と同じように帰還困難区域に指定されている津島地区の空間線量は依然として高い。哀しいが、火事が起これば放射性物質が二次拡散される危険性は高い
【モニタリング難しい微粒子】
いまのところ、町内外に設置されたモニタリングポストの空間線量に大きな変動は無い。地元メディアもその点を盛んに伝える。だが、南相馬市の市民団体「ふくいち周辺環境放射線モニタリングプロジェクト」の小澤洋一さんは「放射性微粒子は線量計やモニタリングポストで捕らえることができない」と指摘する。山林火災を受けて、同プロジェクトや市民放射能監視センター「ちくりん舎」(東京都西多摩郡日の出町)は浪江町内に数枚の麻布を張った。内部被曝をもたらす微粒子の付着を調べる事で二次拡散状況を数値化できると考えている。
国も、燃焼による放射性物質の二次拡散については慎重な姿勢で臨んでいる。4月20日に開かれた飯舘村の住民懇談会の席上、内閣府の担当者は野焼きに関し「放射性物質がどのくらい飛散して作物などに付着・移行するのか実験・検証出来るまで野焼きは控えて欲しい」と村民に求めている。避難指示解除を急いだ国の官僚ですら、安全だと断言出来ていないのが現実だ。
小澤さんらの調査では、帰還困難区域内にある大柿ダム近傍の落ち葉で昨秋、1キログラムあたり1万7000ベクレルの放射性セシウムが検出されたという。「燃焼で放射性物質は数十倍に濃縮されます。専門家によっては数百倍との指摘もある」と小澤さん。しかし、国も福島県も浪江町も内部被曝に関する注意喚起は一切しない。
「安全安全と言って避難指示を解除したのに、ちっとも安全なんかじゃ無いじゃないか」と70代の町民は怒る。避難指示解除直前の住民懇談会では被曝リスクに関する心配の声が多く出された。中には「心配ばかりしていてもしょうがない。原発事故が起きてしまった以上、これからどうするか前向きに考えないといけない」と話す町民もいるが、残念ながら多くの町民が抱く不安が的中してしまった。しかも、今回の山林火災は落雷による自然発火との見方もある。浪江町は今後もリスクを抱えて行かざるを得ない。火災現場はいまもくすぶり続ける。放射性物質はじわじわと拡散している。
(了)
スポンサーサイト
【74カ月目の浪江町はいま】改めて考える消防隊員の被曝リスク。「5000時間滞在しないと10mSvに達しないから大丈夫」か?~帰還困難区域の山林火災 ホーム
【73カ月目の福島はいま】今村前復興相に捧げる「あっちの方」の現実。いまだ続く汚染、被曝リスクへの葛藤。〝前向き〟な絵手紙が封印する怒りや哀しみ