【74カ月目の浪江町はいま】改めて考える消防隊員の被曝リスク。「5000時間滞在しないと10mSvに達しないから大丈夫」か?~帰還困難区域の山林火災
- 2017/05/04
- 07:52
福島県浪江町の帰還困難区域で4月29日に発生した「十万山」(標高448.4メートル)の山林火災は、放射性物質の二次拡散だけでなく、消火活動にあたる消防隊員の被曝防護という問題を改めて浮き彫りにしている。消防庁のマニュアルでは、隊員の外部被曝限度量は10mSv。現場の消防本部も「空間線量はマニュアルの値よりはるかに低い」との認識だが、消火のためとはいえ一般公衆に比べ10倍の外部被曝を受忍しなければならない現状には批判もある。現場で汗を流す隊員に敬意を表しつつ、改めて消火活動中の放射線防護について考えたい。
【「内部被曝は極力避ける」】
「汚染区域での消防の活動は通常、10mSvまで許容されています。今回の火災現場は平均2μSv/h。10mSvは1万μSvですから、単純計算で5000時間までの活動が可能という事になります」
双葉地方広域市町村圏組合消防本部の担当者は言う。現在、陸上自衛隊第6師団にも災害派遣を要請して空と地上の両面から消火活動を展開しているが、現場が急斜面である事やヘリからの放水が届かない場所のある事などから難航しているのが実情。山中には消火栓など無く、地上で消火活動にあたる消防や自衛隊の隊員は「背負い式消火水のう」と呼ばれるリュックサックのような装備で火を消す。燃えにくい素材で出来た「防火衣」の中に防護服を着用しているが、これは被曝を防ぐのではなく放射性物質の持ち出しを防ぐため。
「背負い式消火水のうに水を約20リットル入れてリュックのように背負い、ホースを接続して水鉄砲の要領で水を出して火を消します。後はスコップで土をかけたりするしかありません。とにかく人海戦術です」(双葉地方広域市町村圏組合消防本部)。気の遠くなるような地道な作業が続く。完全に鎮火が確認出来るまで大型連休など関係なく全員、毎日出勤するという。
「一般的な空間線量が0.04μSv/h前後ですから、それに比べれば火災現場の空間線量は確かに高いです。しかし、消防活動が10mSvまで許容されている事を考えると、その意味では汚染のレベルが全然違う(低い)んじゃないかなと思います。ただ、内部被曝は極力避けなければいけません。吸い込まないように防護をします」(双葉地方広域市町村圏組合消防本部)


(上)防護服を着て火災現場に向かう消防隊員。このままでは燃えやすいので上から防火衣を着る。しかし防護服では被曝を防ぐ事は出来ない。消防隊員は10mSvまでの被曝が許容されているが、果たして健康に影響は無いのか=筆者撮影
(下)防護マスクを着用して地上からの消火活動にあたる陸自隊員。やはり白い防護服を戦闘服の中に着用している。被曝リスクにさらされるのは自衛隊員も同じだ=陸上自衛隊第6師団のホームページより
【幅が大きい空間線量】
総務省消防庁が策定した「原子力施設等における消防活動対策マニュアル」や、それに基づく教材「スタート! RI119 消防職員のための放射性物質事故対応の基礎知識」では、1回の消火活動における被曝線量の上限を「10mSv」と定め、現場で携帯する個人警報線量計の警報設定値も10mSv未満で設定するよう求めている(人命救助等の緊急時活動では100mSv)。「被曝線量限度に到達する時間(活動可能時間)は、10mSvを空間線量率で割った値」と定義されているが、双葉地方広域市町村圏組合消防本部の担当者が「5000時間まで活動可能」と言う根拠がこれだ。
現場の空間線量が10mSv/hであれば1時間しか活動出来ないが、十万山の汚染はそこまで酷くないというのが消防の判断。しかし、教材にも「ただし空間線量率が一定と仮定した場合であって、活動場所や事故の状況によって、空間線量率が変化するので定期的に空間線量を確認するなど留意が必要です」と書かれているように、あくまで「2μSv/h」は平均した値。同じく浪江町の中で帰還困難区域に指定されている津島地区でも、場所によって数十μSv/hに達する事もあれば、1μSv/hを下回る地点もある。住民も空間線量に大きな幅がある事を知っている。
しかも、5000時間というのは外部被曝の話。前号の記事でも触れたように、防護マスクに装着する吸収缶の効果は3時間しか持続しない。「実際には余裕をもって3時間に達する前に交換するが、汚染下での交換はなかなか厳しい」と双葉地方広域市町村圏組合消防本部。教材も「あくまでも計算上の数値であることに留意すること」と慎重な対応を求めている。
ちなみに、福島第一原発の爆発事故を受けて放水にあたった東京消防庁の報告では、活動に従事した隊員249人のうち、外部被曝線量は最大で29.8mSv。16人が10から20mSvだった。内部被曝は1mSv以下だったという。「当庁は緊急時の人命救助のための被曝量の基準を最大100mSvと設定しており、当該基準を超える結果には至らなかった」(東京消防庁)

消防庁の教材「スタート! RI119 消防職員のための放射性物質事故対応の基礎知識」でも、外部被曝に関して「1回の活動あたりの被ばく線量の上限」は「10mSv」と記されている。
【地元紙は「健康への影響無い」】
神戸市で消防署長を務めた森本宏さんは、2007年2月に出版した著書「チェルノブイリ原発事故20年、日本の消防は何を学んだか?」の中で「いずれ大規模の原子力事故が発生し、チェルノブイリ原発事故同様に、どう考えても隊員の被曝なしでは災害防止や救助活動ができないという場合も、あるいは将来起こり得よう」と〝予言〟し、「いずれにしても、原発事故の際、市民の安全を守るのは消防の責務である」と綴っている。誰かが火を消さなければならない。その現実と隊員の熱意の前では、年1mSvという一般公衆の追加被曝限度量など吹き飛んでしまう。緊急時には誰かが「責務」として10mSvまでの外部被曝を受忍しなければならないのが現在の消防だ。
原発事故から31年が経ったチェルノブイリでも、山林火災による放射性物質の二次拡散が最大の懸案となってきた。2011年10月から11月にかけて現地を訪れた「ベラルーシ・ウクライナ福島調査団」(清水修二団長)に対し、ベラルーシ共和国政府の林業省「放射線管理・放射線安全局」主任研究員は、こう話している。「最も重要な活動は、森林での火災とそれによる放射性物質の飛散を防ぐ事でした」(報告書より)。
そして、残念ながら日本でも原発事故は起きてしまった。恐れていた帰還困難区域での山林火災も。放射性物質の二次拡散を懸念するのは当然だ。ところが地元紙「福島民友」は3日付の社会面トップで「浪江の山火事デマ拡散 専門家ら「まどわされないで」とする記事を掲載。「火災に伴う放射線量の上昇による健康への影響はない」と断言したうえで「インターネット上には放射性物質の拡散による健康不安をあおる信ぴょう性が低い情報や、その情報を否定する書き込みが集中している」と論じている。
双葉地方広域市町村圏組合消防本部の大和田仁消防長は、就任にあたって楢葉町広報紙のインタビューに応じ「震災以降、半数近くの職員が辞めたため当消防本部の職員の平均年齢は33歳となり、福島県内で最も若い職員が多い消防本部です。若い職員は志が高く、使命感に溢れ、頼もしい限りです」と語っている(広報ならは2016年6月号)。
若い隊員が多ければ尚更、過剰な被曝をしないように慎重な姿勢で臨むのは当然ではないか。そういう発想も「デマ」、「考えすぎ」だろうか。
(了)
【「内部被曝は極力避ける」】
「汚染区域での消防の活動は通常、10mSvまで許容されています。今回の火災現場は平均2μSv/h。10mSvは1万μSvですから、単純計算で5000時間までの活動が可能という事になります」
双葉地方広域市町村圏組合消防本部の担当者は言う。現在、陸上自衛隊第6師団にも災害派遣を要請して空と地上の両面から消火活動を展開しているが、現場が急斜面である事やヘリからの放水が届かない場所のある事などから難航しているのが実情。山中には消火栓など無く、地上で消火活動にあたる消防や自衛隊の隊員は「背負い式消火水のう」と呼ばれるリュックサックのような装備で火を消す。燃えにくい素材で出来た「防火衣」の中に防護服を着用しているが、これは被曝を防ぐのではなく放射性物質の持ち出しを防ぐため。
「背負い式消火水のうに水を約20リットル入れてリュックのように背負い、ホースを接続して水鉄砲の要領で水を出して火を消します。後はスコップで土をかけたりするしかありません。とにかく人海戦術です」(双葉地方広域市町村圏組合消防本部)。気の遠くなるような地道な作業が続く。完全に鎮火が確認出来るまで大型連休など関係なく全員、毎日出勤するという。
「一般的な空間線量が0.04μSv/h前後ですから、それに比べれば火災現場の空間線量は確かに高いです。しかし、消防活動が10mSvまで許容されている事を考えると、その意味では汚染のレベルが全然違う(低い)んじゃないかなと思います。ただ、内部被曝は極力避けなければいけません。吸い込まないように防護をします」(双葉地方広域市町村圏組合消防本部)


(上)防護服を着て火災現場に向かう消防隊員。このままでは燃えやすいので上から防火衣を着る。しかし防護服では被曝を防ぐ事は出来ない。消防隊員は10mSvまでの被曝が許容されているが、果たして健康に影響は無いのか=筆者撮影
(下)防護マスクを着用して地上からの消火活動にあたる陸自隊員。やはり白い防護服を戦闘服の中に着用している。被曝リスクにさらされるのは自衛隊員も同じだ=陸上自衛隊第6師団のホームページより
【幅が大きい空間線量】
総務省消防庁が策定した「原子力施設等における消防活動対策マニュアル」や、それに基づく教材「スタート! RI119 消防職員のための放射性物質事故対応の基礎知識」では、1回の消火活動における被曝線量の上限を「10mSv」と定め、現場で携帯する個人警報線量計の警報設定値も10mSv未満で設定するよう求めている(人命救助等の緊急時活動では100mSv)。「被曝線量限度に到達する時間(活動可能時間)は、10mSvを空間線量率で割った値」と定義されているが、双葉地方広域市町村圏組合消防本部の担当者が「5000時間まで活動可能」と言う根拠がこれだ。
現場の空間線量が10mSv/hであれば1時間しか活動出来ないが、十万山の汚染はそこまで酷くないというのが消防の判断。しかし、教材にも「ただし空間線量率が一定と仮定した場合であって、活動場所や事故の状況によって、空間線量率が変化するので定期的に空間線量を確認するなど留意が必要です」と書かれているように、あくまで「2μSv/h」は平均した値。同じく浪江町の中で帰還困難区域に指定されている津島地区でも、場所によって数十μSv/hに達する事もあれば、1μSv/hを下回る地点もある。住民も空間線量に大きな幅がある事を知っている。
しかも、5000時間というのは外部被曝の話。前号の記事でも触れたように、防護マスクに装着する吸収缶の効果は3時間しか持続しない。「実際には余裕をもって3時間に達する前に交換するが、汚染下での交換はなかなか厳しい」と双葉地方広域市町村圏組合消防本部。教材も「あくまでも計算上の数値であることに留意すること」と慎重な対応を求めている。
ちなみに、福島第一原発の爆発事故を受けて放水にあたった東京消防庁の報告では、活動に従事した隊員249人のうち、外部被曝線量は最大で29.8mSv。16人が10から20mSvだった。内部被曝は1mSv以下だったという。「当庁は緊急時の人命救助のための被曝量の基準を最大100mSvと設定しており、当該基準を超える結果には至らなかった」(東京消防庁)

消防庁の教材「スタート! RI119 消防職員のための放射性物質事故対応の基礎知識」でも、外部被曝に関して「1回の活動あたりの被ばく線量の上限」は「10mSv」と記されている。
【地元紙は「健康への影響無い」】
神戸市で消防署長を務めた森本宏さんは、2007年2月に出版した著書「チェルノブイリ原発事故20年、日本の消防は何を学んだか?」の中で「いずれ大規模の原子力事故が発生し、チェルノブイリ原発事故同様に、どう考えても隊員の被曝なしでは災害防止や救助活動ができないという場合も、あるいは将来起こり得よう」と〝予言〟し、「いずれにしても、原発事故の際、市民の安全を守るのは消防の責務である」と綴っている。誰かが火を消さなければならない。その現実と隊員の熱意の前では、年1mSvという一般公衆の追加被曝限度量など吹き飛んでしまう。緊急時には誰かが「責務」として10mSvまでの外部被曝を受忍しなければならないのが現在の消防だ。
原発事故から31年が経ったチェルノブイリでも、山林火災による放射性物質の二次拡散が最大の懸案となってきた。2011年10月から11月にかけて現地を訪れた「ベラルーシ・ウクライナ福島調査団」(清水修二団長)に対し、ベラルーシ共和国政府の林業省「放射線管理・放射線安全局」主任研究員は、こう話している。「最も重要な活動は、森林での火災とそれによる放射性物質の飛散を防ぐ事でした」(報告書より)。
そして、残念ながら日本でも原発事故は起きてしまった。恐れていた帰還困難区域での山林火災も。放射性物質の二次拡散を懸念するのは当然だ。ところが地元紙「福島民友」は3日付の社会面トップで「浪江の山火事デマ拡散 専門家ら「まどわされないで」とする記事を掲載。「火災に伴う放射線量の上昇による健康への影響はない」と断言したうえで「インターネット上には放射性物質の拡散による健康不安をあおる信ぴょう性が低い情報や、その情報を否定する書き込みが集中している」と論じている。
双葉地方広域市町村圏組合消防本部の大和田仁消防長は、就任にあたって楢葉町広報紙のインタビューに応じ「震災以降、半数近くの職員が辞めたため当消防本部の職員の平均年齢は33歳となり、福島県内で最も若い職員が多い消防本部です。若い職員は志が高く、使命感に溢れ、頼もしい限りです」と語っている(広報ならは2016年6月号)。
若い隊員が多ければ尚更、過剰な被曝をしないように慎重な姿勢で臨むのは当然ではないか。そういう発想も「デマ」、「考えすぎ」だろうか。
(了)
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