【74カ月目の浪江町はいま】「山林火災による二次拡散」で揺らぐ福島県の〝安全〟根拠。誤解招く林野庁のパンフ表現。研究員「飛散無かったとは言っていない」
- 2017/05/12
- 06:42
福島県浪江町の帰還困難区域で4月29日に発生した「十万山」の山林火災で、福島県が「放射性物質は飛散していない」と主張し続けている根拠の1つが揺らいでいる。林野庁は昨年春の福島県内2カ所の山林火災現場での測定を基に、山林火災で放射性物質は二次拡散しないかのような表現をパンフレットでしているが、実際に行われたのは簡易測定。研究員は「飛散が無かったと述べているわけではありません」と表現の〝フライング〟を認めた。そもそも放射能汚染地での山林火災はこれまでに例が無く、誤解を招く表現をした林野庁、それを盲信した福島県の姿勢が改めて問われそうだ。
【「簡易測定しかしていない」】
今回の山林火災で、福島県が「放射性物質の二次拡散は無い」と主張し続けている根拠の1つに、林野庁が昨春実施した山林火災現場での調査がある。福島県内では2016年3月30日に伊達市霊山町で、4月3日には南相馬市原町区で大規模な山林火災が発生。林野庁の依頼を受けた国立研究開発法人森林研究・整備機構「森林総合研究所」(茨城県つくば市)が①「スギ樹皮の放射性セシウム濃度への火災の影響」②「落葉の放射性セシウムの濃度と蓄積量への影響」に関して調査をし、その結果を基にパンフレット「Q&A 森林・林業と放射性物質の現状と今後」(2016年10月発行 http://www.rinya.maff.go.jp/j/kaihatu/jyosen/houshasei_Q-A.html )の中で「事故後に発生した林野火災現場で空間線量率などを測定したところ、森林から外への飛散は確認されていません」と結論付けている。
だが、調査を委託された森林総合研究所の研究員は取材に対し、次のような回答を広報担当者を通じて寄せた。
「パンフレットの記述は『森林から外への飛散』が確かに起きたことを示す調査結果が得られていないということです。飛散が無かったと述べているわけではありません」
福島県の言う「安全」の根拠が大きく揺らぐ。「燃えた場所と燃えなかった場所における空間線量率の測定値に明瞭な違いは無かった。放射性物質の飛散が起きれば周辺のモニタリングポストの数値が上昇するはずだが、明瞭な変化はなかった。以上から『森林から外への飛散は確認されていない』という結論になっています」(研究員)。つまり、あくまで2つの事例に関する調査では「放射性物質の飛散は確認されなかった」のであって、これを一般論として「山林火災が起きても放射性物質は二次拡散しない」とは言っていないのだ。
研究員は言う。「森林火災の発生状況の確認が主な目的でしたので、パンフレットに示す簡易な測定しか行っていません。これ以上の情報はありません。福島県ではこれら火災跡地での調査を開始したと伺ってます。福島県にお問い合わせいただければ、何か情報を得られるかもしれません」
しかし、福島県が外部委託して実施した調査も、詳細なものでは無かった。


林野庁が2016年10月に発行したパンフレット「Q&A 森林・林業と放射性物質の現状と今後」。Q15で「事故後に発生した林野火災現場で空間線量率などを測定したところ、森林から外への飛散は確認されていません」と回答。山林火災による放射性物質の二次拡散は無いと言っているように見えるが実は…
【昨年の大気調査は4カ月後】
福島県農林水産部は原発事故以降、森林での放射性物質動態調査を継続している。昨春の山林火災ではそれとは別に調査を実施したが、それとて「放射性物質で汚染された山林で火災が起きても二次拡散はしない」と結論付けるには不十分なものだった。
農林水産部の森林計画課によると、昨春の県内2カ所での山林火災を受け8項目にわたる調査を国土防災技術株式会社に委託。例えば伊達市霊山町の場合、火災の起きた「徳が森」周辺9カ所の空間線量が、火災前の平均値0.09~0.17μSv/hと火災後の平均値0.10~0.18μSv/hでほとんど差が無い事、大気中の放射性セシウムが月間で不検出もしくは0.2Bq/リットル(下限値は0.1Bq/リットル)だった事などから、2カ所の山林火災による放射性物質の二次拡散は無かったと結論付けている。
今回の浪江町での山林火災では福島県放射線監視室がハイボリュームエアサンプラーを使って日々の浮遊じんをフィルターに吸着させ、1立方メートルあたりの放射性セシウムをミリベクレル単位で測定しているのに対し、森林計画課では筒状の容器を1か月間設置し、そこに溜まった1リットルあたりの放射性セシウムをベクレル単位で測定している。単純比較は出来ない。
しかも、実際に測定を行ったのは火災鎮火から4カ月ほど経過した昨年8月から11月にかけて。「入札など業者選定にどうしても時間を要する」(森林計画課)。また「林野庁の調査で緊急的な対応は不要だと分かったので、このような測定になった。日々のモニタリングも必要だが長期的な視点で森を見て行く事も必要」と、森林計画課は測定方法の違いを説明する。「確かにこれは2カ所での調査結果であって、これをもって浪江町の山林火災で放射性物質が二次拡散しないと結論付けるのは難しいかもしれませんね」。昨年の火災では、避難指示区域では無い事などを理由に放射線監視室による緊急モニタリングは実施されなかった。
なお、森林計画課に測定結果をまとめた資料の提示を求めたが「12日に記者クラブへの説明会を予定しており、その前に差し上げる事は出来ない」との理由で口頭での説明のみとなった。週明けにもホームページ( http://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/36055a/shinrinhousyasei2.html )で閲覧出来るようになるという。

福島県放射線監視室は緊急モニタリングを継続しているが、ホームページ上からは「測定地点の周辺の土ぼこりや焼却灰の舞い上がりの影響も否定できません」の表現は消え、「直近2カ年の発電所周辺環境モニタリング調査結果と比べ、ほぼ同程度の測定値でした」に戻った=福島県のホームページより
【封じ込められる懸念】
浪江町「十万山」の火災は12日間にわたって燃え続け、今月10日15時05分に鎮火した。今後も灰が強風で舞い上がる可能性がある。実際、最大瞬間風速が20メートルを超えた今月8日の測定値は一連のモニタリングで一番高い値となり、放射線監視室も「ヘリの運行にも支障を来すような西寄りの強い風が終日観測されていることなどにより、測定地点の周辺の土ぼこりや焼却灰の舞い上がりの影響も否定できません」と表現せざるを得なかった( http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/215978.pdf )。福島県は出火後早い段階で放射性物質の二次拡散に関して〝安全宣言〟とも言えるような情報発信を始めたが、やはり拙速だったと言わざるを得ない。
確かに、林野庁発行のパンフレットは「山火事によって放射性物質が森林から外に飛散する心配はないですか?」という問いに答える形で調査結果を示しているので、一般論として、山林火災による放射性物質の二次拡散は無いと結論付けているように読んだ人が誤解しかねない表現となっている。そもそも原発の爆発による放射性物質の拡散は日本では初めてのケース。事故で汚染された森が燃える事でどの程度、放射性物質が飛散するのかデータが乏しいのが実情だ。しかも高濃度に汚染された帰還困難区域での大規模な山林火災は初めて(2015年3月に浪江町内で10ヘクタールを焼く火災はあった)。
公益社団法人日本アイソトープ協会は、2014年6月に刊行した書籍「セシウムのABC」の中で「個人の意志で避けることが難しい福島原発事故の放射線影響」とした上で、内部被曝の防止について「空気中に多くの放射性物質が混入し、正にほこりやガスとして浮遊、移動しているときは、放射性物質を体内に取り込まないように、マスクやハンカチで鼻や口をふさぎます」と触れている。しかし、現実の対応は行政や地元メディアによる「大げさ」、「デマ」という言葉での〝懸念封じ込め〟だった。事態が現在進行形で、十分なデータが揃っていないにもかかわらず、6年前と同じ動きに終始している。
林野庁森林整備部研究指導課の放射性物質影響評価官は、取材に対し「パンフレットは、調査結果を基にするとこういう結論になりますよ、という事を示している。判断材料の1つにはなると思うが、決して普遍的なデータでは無いので、これをもって浪江町の山林火災で放射性物質が二次拡散していないとは言い切れない」と話した。せめて注釈を付記するよう求めたい。
(了)
【「簡易測定しかしていない」】
今回の山林火災で、福島県が「放射性物質の二次拡散は無い」と主張し続けている根拠の1つに、林野庁が昨春実施した山林火災現場での調査がある。福島県内では2016年3月30日に伊達市霊山町で、4月3日には南相馬市原町区で大規模な山林火災が発生。林野庁の依頼を受けた国立研究開発法人森林研究・整備機構「森林総合研究所」(茨城県つくば市)が①「スギ樹皮の放射性セシウム濃度への火災の影響」②「落葉の放射性セシウムの濃度と蓄積量への影響」に関して調査をし、その結果を基にパンフレット「Q&A 森林・林業と放射性物質の現状と今後」(2016年10月発行 http://www.rinya.maff.go.jp/j/kaihatu/jyosen/houshasei_Q-A.html )の中で「事故後に発生した林野火災現場で空間線量率などを測定したところ、森林から外への飛散は確認されていません」と結論付けている。
だが、調査を委託された森林総合研究所の研究員は取材に対し、次のような回答を広報担当者を通じて寄せた。
「パンフレットの記述は『森林から外への飛散』が確かに起きたことを示す調査結果が得られていないということです。飛散が無かったと述べているわけではありません」
福島県の言う「安全」の根拠が大きく揺らぐ。「燃えた場所と燃えなかった場所における空間線量率の測定値に明瞭な違いは無かった。放射性物質の飛散が起きれば周辺のモニタリングポストの数値が上昇するはずだが、明瞭な変化はなかった。以上から『森林から外への飛散は確認されていない』という結論になっています」(研究員)。つまり、あくまで2つの事例に関する調査では「放射性物質の飛散は確認されなかった」のであって、これを一般論として「山林火災が起きても放射性物質は二次拡散しない」とは言っていないのだ。
研究員は言う。「森林火災の発生状況の確認が主な目的でしたので、パンフレットに示す簡易な測定しか行っていません。これ以上の情報はありません。福島県ではこれら火災跡地での調査を開始したと伺ってます。福島県にお問い合わせいただければ、何か情報を得られるかもしれません」
しかし、福島県が外部委託して実施した調査も、詳細なものでは無かった。


林野庁が2016年10月に発行したパンフレット「Q&A 森林・林業と放射性物質の現状と今後」。Q15で「事故後に発生した林野火災現場で空間線量率などを測定したところ、森林から外への飛散は確認されていません」と回答。山林火災による放射性物質の二次拡散は無いと言っているように見えるが実は…
【昨年の大気調査は4カ月後】
福島県農林水産部は原発事故以降、森林での放射性物質動態調査を継続している。昨春の山林火災ではそれとは別に調査を実施したが、それとて「放射性物質で汚染された山林で火災が起きても二次拡散はしない」と結論付けるには不十分なものだった。
農林水産部の森林計画課によると、昨春の県内2カ所での山林火災を受け8項目にわたる調査を国土防災技術株式会社に委託。例えば伊達市霊山町の場合、火災の起きた「徳が森」周辺9カ所の空間線量が、火災前の平均値0.09~0.17μSv/hと火災後の平均値0.10~0.18μSv/hでほとんど差が無い事、大気中の放射性セシウムが月間で不検出もしくは0.2Bq/リットル(下限値は0.1Bq/リットル)だった事などから、2カ所の山林火災による放射性物質の二次拡散は無かったと結論付けている。
今回の浪江町での山林火災では福島県放射線監視室がハイボリュームエアサンプラーを使って日々の浮遊じんをフィルターに吸着させ、1立方メートルあたりの放射性セシウムをミリベクレル単位で測定しているのに対し、森林計画課では筒状の容器を1か月間設置し、そこに溜まった1リットルあたりの放射性セシウムをベクレル単位で測定している。単純比較は出来ない。
しかも、実際に測定を行ったのは火災鎮火から4カ月ほど経過した昨年8月から11月にかけて。「入札など業者選定にどうしても時間を要する」(森林計画課)。また「林野庁の調査で緊急的な対応は不要だと分かったので、このような測定になった。日々のモニタリングも必要だが長期的な視点で森を見て行く事も必要」と、森林計画課は測定方法の違いを説明する。「確かにこれは2カ所での調査結果であって、これをもって浪江町の山林火災で放射性物質が二次拡散しないと結論付けるのは難しいかもしれませんね」。昨年の火災では、避難指示区域では無い事などを理由に放射線監視室による緊急モニタリングは実施されなかった。
なお、森林計画課に測定結果をまとめた資料の提示を求めたが「12日に記者クラブへの説明会を予定しており、その前に差し上げる事は出来ない」との理由で口頭での説明のみとなった。週明けにもホームページ( http://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/36055a/shinrinhousyasei2.html )で閲覧出来るようになるという。

福島県放射線監視室は緊急モニタリングを継続しているが、ホームページ上からは「測定地点の周辺の土ぼこりや焼却灰の舞い上がりの影響も否定できません」の表現は消え、「直近2カ年の発電所周辺環境モニタリング調査結果と比べ、ほぼ同程度の測定値でした」に戻った=福島県のホームページより
【封じ込められる懸念】
浪江町「十万山」の火災は12日間にわたって燃え続け、今月10日15時05分に鎮火した。今後も灰が強風で舞い上がる可能性がある。実際、最大瞬間風速が20メートルを超えた今月8日の測定値は一連のモニタリングで一番高い値となり、放射線監視室も「ヘリの運行にも支障を来すような西寄りの強い風が終日観測されていることなどにより、測定地点の周辺の土ぼこりや焼却灰の舞い上がりの影響も否定できません」と表現せざるを得なかった( http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/215978.pdf )。福島県は出火後早い段階で放射性物質の二次拡散に関して〝安全宣言〟とも言えるような情報発信を始めたが、やはり拙速だったと言わざるを得ない。
確かに、林野庁発行のパンフレットは「山火事によって放射性物質が森林から外に飛散する心配はないですか?」という問いに答える形で調査結果を示しているので、一般論として、山林火災による放射性物質の二次拡散は無いと結論付けているように読んだ人が誤解しかねない表現となっている。そもそも原発の爆発による放射性物質の拡散は日本では初めてのケース。事故で汚染された森が燃える事でどの程度、放射性物質が飛散するのかデータが乏しいのが実情だ。しかも高濃度に汚染された帰還困難区域での大規模な山林火災は初めて(2015年3月に浪江町内で10ヘクタールを焼く火災はあった)。
公益社団法人日本アイソトープ協会は、2014年6月に刊行した書籍「セシウムのABC」の中で「個人の意志で避けることが難しい福島原発事故の放射線影響」とした上で、内部被曝の防止について「空気中に多くの放射性物質が混入し、正にほこりやガスとして浮遊、移動しているときは、放射性物質を体内に取り込まないように、マスクやハンカチで鼻や口をふさぎます」と触れている。しかし、現実の対応は行政や地元メディアによる「大げさ」、「デマ」という言葉での〝懸念封じ込め〟だった。事態が現在進行形で、十分なデータが揃っていないにもかかわらず、6年前と同じ動きに終始している。
林野庁森林整備部研究指導課の放射性物質影響評価官は、取材に対し「パンフレットは、調査結果を基にするとこういう結論になりますよ、という事を示している。判断材料の1つにはなると思うが、決して普遍的なデータでは無いので、これをもって浪江町の山林火災で放射性物質が二次拡散していないとは言い切れない」と話した。せめて注釈を付記するよう求めたい。
(了)
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