【福島原発被害東京訴訟】2人の専門家へ証人尋問。早大・辻内教授「〝自主避難者〟への構造的暴力は深刻」。元東芝の吉岡氏「審査経ない対策で事故防げた」
- 2017/05/18
- 07:29
原発事故により都内への避難を強いられた人々が、事故の過失責任を認め損害賠償をするよう国と東電を相手取って起こした「福島原発被害東京訴訟」の第23回口頭弁論が17日、東京地裁103号法廷(水野有子裁判長)で開かれ、2人の専門家証人に対する原告側代理人弁護士による主尋問が一日がかりで行われた。元東芝のエンジニアと避難者と向き合い続ける心療内科の専門家が、原発事故は防げた事、いわゆる〝自主避難者〟の避難合理性や高いストレス度について証言した。次回7月5日の期日では被告国や東電の反対尋問が行われる。
【「安心神話が避難者苦しめる」】
証言したのは、東芝の元エンジニアで原子炉内の炉心の設計や臨界事故の解析に携わった吉岡律夫氏(現・失敗学会理事)と、心療内科医で早稲田大学「災害復興医療人類学研究所」所長の辻内琢也教授の2人。
辻内教授は、2015年1月から3月にかけてNHK仙台放送局と共同で実施した大規模アンケート調査の結果を基に証言。「IES-R」と呼ばれるストレスの強さを測る尺度を使ってPTSD(心的外傷後ストレス障害)の3つの症状である「侵入症状」(苦痛な記憶が突然よみがえる)、「回避症状」(トラウマとなった出来事について考える事を避けようとする)、「覚醒亢進症状」(常に警戒して神経が高ぶっている)について点数化した。
その結果、震災や原発事故の発生から4年が経過している時点でも、平均23.44(88点が満点)と過去の災害や事件と比べて高かった。一般的に「IES-R」で25点を超えるとPTSDの可能性があると診断されるが、原発事故被害者は41%が25点以上だったという。「私は原発事故は人災だと考えている。事故の責任の所在があいまいで、被害者の救済が進んでいない。だからこそ、ここまでストレスが長期化・先鋭化している」。
原発事故後、一度も避難指示区域にならなかった福島市、郡山市、いわき市からの〝自主避難者〟に対するアンケート調査では、ふるさとの喪失感が避難指示区域から強制的に避難させられた人々と同じように高い事、避難先で福島県からの避難者である事を口に出せていない事、家族関係が難しくなっている事、40%で貯蓄が無いなど経済的にゆとりが無い事が分かったという。
「多くの〝自主避難者〟が身の危険や恐怖を感じてやむにやまれず避難した。ふるさとを捨てたのではなく失った。また、宮城や岩手からの避難者と比べて避難先で嫌な経験をした〝自主避難者〟の割合が高い。その結果、避難者である事を口に出来ず孤立していく。福島に残った両親や夫からは『お前は放射能を気にし過ぎだ。早く帰って来い』などと言われ、価値観の相違が生じてしまっている」と辻内教授。「社会的・経済的要因の『構造的暴力』による社会的虐待が続いている」。
かつては原発に対する〝安全神話〟が根深かったが、現在は「福島の放射線量はもはや高くない」、「避難せずとも安心して生活出来る」という政府のプロパガンダに基づく〝安心神話〟の広がりが〝自主避難者〟を苦しめているという。
救済されないどころか、避難の合理性を認められず責められ続ける〝自主避難者〟たち。「政府が勝手に引いた線の外に居たというだけの事。苦しい経済状況、家族間対立など過酷な経験をして避難している」と辻打つ教授は述べて主尋問を終えた。なお、法廷では〝自主避難者〟ではなく〝区域外避難者〟という呼称が用いられた。

開廷前、裁判のビラを配る原告団長の鴨下祐也さん。原発事故が無ければ訴訟を起こす必要も無く、こうして街頭に立つ事も無かった。こういう事も原発事故が招いたストレスと言える=東京地裁前
【解明されていない水素爆発】
吉岡律夫氏は、失敗学会(畑村洋太郎理事会長)がまとめた報告書に基づいて、巨大津波の予見可能性や原発事故の回避可能性について原子炉の構造や仕組みを中心に証言。「原発事故前に原発敷地高を超えるような津波に関する4件の予測があった」と予見可能性を認めた。そのうえで、津波による建屋の浸水と炉心溶融を防ぐには①直流電源の復旧②交流電源の復旧③最終排熱系の復旧が必要だが「安全審査を経る必要が無く、2、3年で対策をとる事が可能だった」と述べた。
原子炉に挿入された燃料棒は表面がジルコニウムという金属で覆われているが、何らかの原因で冷却水が減少して燃料棒が露出すると、高温の蒸気と反応して比較的短時間でジルコニウムが破損。1、2時間で炉心溶融が始まるという。燃料棒は「崩壊熱」と呼ばれる熱を発するため、原子炉内の水が沸騰して蒸発、炉心の露出や溶融を防ぐために冷やし続けているが、それらのシステムを機能させるには電源が必要で、燃料棒を冷やして温まった水を海に捨てるためのポンプを動かすにも電源が要る。吉岡氏はどのシステムにはどのような電源が必要で、どの程度のバックアップ体制が必要かを詳細に証言した。
裁判官らは、「IC」と呼ばれる炉心を冷やして原子炉内圧力の上昇を抑えるための非常用復水器を2時間程度で復旧させる事が可能だったかなど、冷却機能の復旧と水素爆発に関して強い関心を示し、過酷事故という結果回避の可能性について重ねて尋問した。吉岡氏は、手元のペンを燃料棒に見立てて説明。「炉心溶融が起きたとしても早い段階で冷却機能が復旧して冷やせれば水素爆発を防げた可能性はあるか」という問いには「水素爆発を研究した人がいないのであくまで可能性として答える事しか出来ない」と慎重な言い回しながら「燃料棒が溶けずに中に入っているなど早い段階であれば、水素爆発しなかった可能性は高いであろう」と答えた。「電源を一切使わずに手動で冷却機能を復旧させる事は可能だったのか」という問いには「お答えしかねます」と答えるにとどまった。

閉廷後に開かれた報告集会。吉岡氏への主尋問を行った平松弁護士(右)が法廷でのやり取りを解説した。10月にも結審する予定だ=東京都千代田区霞が関の弁護士会館
【7月の期日で反対尋問】
主尋問は16時前に終了。次回7月5日の口頭弁論期日では、国や東電の代理人弁護士による2人への反対尋問が行われる。閉廷後に弁護士会館で開かれた報告集会で、弁護団は「厳しい反対尋問になるだろう。次回は10時から17時までかかるのではないか」と周到な準備が必要との見方を示した。特に巨大津波の予見や事故回避の可能性に関しては、時間をかけてじっくり切り崩しを図って来る事が予想される。
専門家による証人尋問が終わると、次々回期日の10月25日で結審。長期間にわたって意見陳述や原告本人尋問、専門家の証人尋問を行ってきた訴えに対する判決が見えてくる。辻内教授は証言で「生活環境や人生、人間関係など失ったものが大きすぎるのに、なけなしの賠償金で人生を自己決定出来ないところにまで追い込まれている」と救済の不十分さを語ったが、被害者が費用も労力も精神的負担も負いながら訴訟を続けなければいけない事も、原発事故のもたらした理不尽さだと言えよう。
今月12日の「津島訴訟」更新弁論で、国や東電の代理人弁護士は津波予見や事故回避の可能性を全面的に否定。損害賠償についても「指針に従って十分に支払った」として真っ向から争う構えを見せた。当然、東京訴訟でも同様の姿勢で反対尋問を行って国や東電の過失責任や〝自主避難〟の合理性を否定するものとみられる。
(了)
【「安心神話が避難者苦しめる」】
証言したのは、東芝の元エンジニアで原子炉内の炉心の設計や臨界事故の解析に携わった吉岡律夫氏(現・失敗学会理事)と、心療内科医で早稲田大学「災害復興医療人類学研究所」所長の辻内琢也教授の2人。
辻内教授は、2015年1月から3月にかけてNHK仙台放送局と共同で実施した大規模アンケート調査の結果を基に証言。「IES-R」と呼ばれるストレスの強さを測る尺度を使ってPTSD(心的外傷後ストレス障害)の3つの症状である「侵入症状」(苦痛な記憶が突然よみがえる)、「回避症状」(トラウマとなった出来事について考える事を避けようとする)、「覚醒亢進症状」(常に警戒して神経が高ぶっている)について点数化した。
その結果、震災や原発事故の発生から4年が経過している時点でも、平均23.44(88点が満点)と過去の災害や事件と比べて高かった。一般的に「IES-R」で25点を超えるとPTSDの可能性があると診断されるが、原発事故被害者は41%が25点以上だったという。「私は原発事故は人災だと考えている。事故の責任の所在があいまいで、被害者の救済が進んでいない。だからこそ、ここまでストレスが長期化・先鋭化している」。
原発事故後、一度も避難指示区域にならなかった福島市、郡山市、いわき市からの〝自主避難者〟に対するアンケート調査では、ふるさとの喪失感が避難指示区域から強制的に避難させられた人々と同じように高い事、避難先で福島県からの避難者である事を口に出せていない事、家族関係が難しくなっている事、40%で貯蓄が無いなど経済的にゆとりが無い事が分かったという。
「多くの〝自主避難者〟が身の危険や恐怖を感じてやむにやまれず避難した。ふるさとを捨てたのではなく失った。また、宮城や岩手からの避難者と比べて避難先で嫌な経験をした〝自主避難者〟の割合が高い。その結果、避難者である事を口に出来ず孤立していく。福島に残った両親や夫からは『お前は放射能を気にし過ぎだ。早く帰って来い』などと言われ、価値観の相違が生じてしまっている」と辻内教授。「社会的・経済的要因の『構造的暴力』による社会的虐待が続いている」。
かつては原発に対する〝安全神話〟が根深かったが、現在は「福島の放射線量はもはや高くない」、「避難せずとも安心して生活出来る」という政府のプロパガンダに基づく〝安心神話〟の広がりが〝自主避難者〟を苦しめているという。
救済されないどころか、避難の合理性を認められず責められ続ける〝自主避難者〟たち。「政府が勝手に引いた線の外に居たというだけの事。苦しい経済状況、家族間対立など過酷な経験をして避難している」と辻打つ教授は述べて主尋問を終えた。なお、法廷では〝自主避難者〟ではなく〝区域外避難者〟という呼称が用いられた。

開廷前、裁判のビラを配る原告団長の鴨下祐也さん。原発事故が無ければ訴訟を起こす必要も無く、こうして街頭に立つ事も無かった。こういう事も原発事故が招いたストレスと言える=東京地裁前
【解明されていない水素爆発】
吉岡律夫氏は、失敗学会(畑村洋太郎理事会長)がまとめた報告書に基づいて、巨大津波の予見可能性や原発事故の回避可能性について原子炉の構造や仕組みを中心に証言。「原発事故前に原発敷地高を超えるような津波に関する4件の予測があった」と予見可能性を認めた。そのうえで、津波による建屋の浸水と炉心溶融を防ぐには①直流電源の復旧②交流電源の復旧③最終排熱系の復旧が必要だが「安全審査を経る必要が無く、2、3年で対策をとる事が可能だった」と述べた。
原子炉に挿入された燃料棒は表面がジルコニウムという金属で覆われているが、何らかの原因で冷却水が減少して燃料棒が露出すると、高温の蒸気と反応して比較的短時間でジルコニウムが破損。1、2時間で炉心溶融が始まるという。燃料棒は「崩壊熱」と呼ばれる熱を発するため、原子炉内の水が沸騰して蒸発、炉心の露出や溶融を防ぐために冷やし続けているが、それらのシステムを機能させるには電源が必要で、燃料棒を冷やして温まった水を海に捨てるためのポンプを動かすにも電源が要る。吉岡氏はどのシステムにはどのような電源が必要で、どの程度のバックアップ体制が必要かを詳細に証言した。
裁判官らは、「IC」と呼ばれる炉心を冷やして原子炉内圧力の上昇を抑えるための非常用復水器を2時間程度で復旧させる事が可能だったかなど、冷却機能の復旧と水素爆発に関して強い関心を示し、過酷事故という結果回避の可能性について重ねて尋問した。吉岡氏は、手元のペンを燃料棒に見立てて説明。「炉心溶融が起きたとしても早い段階で冷却機能が復旧して冷やせれば水素爆発を防げた可能性はあるか」という問いには「水素爆発を研究した人がいないのであくまで可能性として答える事しか出来ない」と慎重な言い回しながら「燃料棒が溶けずに中に入っているなど早い段階であれば、水素爆発しなかった可能性は高いであろう」と答えた。「電源を一切使わずに手動で冷却機能を復旧させる事は可能だったのか」という問いには「お答えしかねます」と答えるにとどまった。

閉廷後に開かれた報告集会。吉岡氏への主尋問を行った平松弁護士(右)が法廷でのやり取りを解説した。10月にも結審する予定だ=東京都千代田区霞が関の弁護士会館
【7月の期日で反対尋問】
主尋問は16時前に終了。次回7月5日の口頭弁論期日では、国や東電の代理人弁護士による2人への反対尋問が行われる。閉廷後に弁護士会館で開かれた報告集会で、弁護団は「厳しい反対尋問になるだろう。次回は10時から17時までかかるのではないか」と周到な準備が必要との見方を示した。特に巨大津波の予見や事故回避の可能性に関しては、時間をかけてじっくり切り崩しを図って来る事が予想される。
専門家による証人尋問が終わると、次々回期日の10月25日で結審。長期間にわたって意見陳述や原告本人尋問、専門家の証人尋問を行ってきた訴えに対する判決が見えてくる。辻内教授は証言で「生活環境や人生、人間関係など失ったものが大きすぎるのに、なけなしの賠償金で人生を自己決定出来ないところにまで追い込まれている」と救済の不十分さを語ったが、被害者が費用も労力も精神的負担も負いながら訴訟を続けなければいけない事も、原発事故のもたらした理不尽さだと言えよう。
今月12日の「津島訴訟」更新弁論で、国や東電の代理人弁護士は津波予見や事故回避の可能性を全面的に否定。損害賠償についても「指針に従って十分に支払った」として真っ向から争う構えを見せた。当然、東京訴訟でも同様の姿勢で反対尋問を行って国や東電の過失責任や〝自主避難〟の合理性を否定するものとみられる。
(了)
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