【福島原発被害東京訴訟】まるでコントの反対尋問。専門家証人へ稚拙な質問、法廷に広がる失笑。「原発に近い方が多く被曝する」にどよめき~10月に結審
- 2017/07/06
- 08:27
原発事故により東京都内への避難を強いられた人々が、事故の過失責任を認め損害賠償をするよう国と東電を相手取って起こした「福島原発被害東京訴訟」の第24回口頭弁論が5日、東京地裁103号法廷(水野有子裁判長)で開かれ、2人の専門家証人に対する5月17日の主尋問を受けて、被告・国、東電の代理人弁護士による反対尋問が行われた。裁判長も戸惑うほど稚拙でコントのような尋問に、傍聴席には怒りのこもった失笑が広がった。裁判は、次回10月25日の最終弁論で結審。来春にも判決が言い渡される見通しだ。
【裁判長も困惑する尋問】
あの場は本当に法廷だったのだろうか。まるで落語か芝居でも観に来たかのようだった。コントのようなやり取りに、傍聴席には大きな笑いが何度も広がった。決して和やかな笑いでは無い。怒りすらこもっていた。「お静かにお願いします」。笑い声を制する水野裁判長の表情もまた、困惑に満ちていた。被告・国の代理人弁護士は何度、「では質問を撤回します」と口にしただろう。意図不明、的外れな質問の連続に、証人として再び出廷した辻内琢也教授(心療内科医、早稲田大学「災害復興医療人類学研究所」所長)も、「質問の意図が分かりません」と苦笑するばかり。千葉県に避難した人々が起こした集団訴訟(9月22日判決予定)の代理人弁護士も傍聴していたが、「明らかな準備不足。こんなに失笑が広がる法廷は初めてだ」と呆れ顔で話した。
「裁判だ何だでもそこのところはやればいいじゃない」と言い放ったのは、復興庁の今村雅弘前大臣だった。しかし、費用も時間もかけ、心身ともに疲労困憊になりながら争った結果がこれだ。辻内教授が2015年1月から3月にかけてNHK仙台放送局と共同で実施した大規模アンケート調査について国側の男性弁護士が質したが、福島県からの避難者が抱えるストレスが、決して原発事故ばかりに起因するものでは無いとの結論に導きたいあまりに質問が支離滅裂。察した辻内教授が「ストレス度合いが高かった事と原発事故と因果関係が無いとおっしゃりたいのですか」と聞き返したほどだった。
アンケートの回答率は20%ほどだったが「わずか20%で母集団全体の傾向を語る事は出来るのか」、「残りの80%の人たちの調査は行ったのか」、「ネガティブな質問が並んでいる」とまで尋ねる始末。これには辻内教授も「全く筋があっていない質問」と反論したが、傍聴席がさらに大きくどよめいたのは国側の代理人弁護士が発した次の言葉だった。
「放射線が怖いと感じたかどうかと、その後の避難とは関係無いのではないですか」
「一般的に事故が起きた原発から近くに居る人の方が多く被曝しますよね」

閉廷後に開かれた報告集会。稚拙な反対尋問に改めて怒りと驚きの声があがった。次回10月の期日で結審する=弁護士会館
【距離に比例しなかった汚染】
すぐに原告側代理人弁護士が「異議あり」と手を挙げた。
「今回の事故では、必ずしも距離によって放射性物質がばらまかれた量が違うわけでは無い。誤導だ」
風向きや降雨などの条件が重なる事によって、原発からの距離と汚染の程度が必ずしも比例しない事は、もはや常識だ。だからこそ、福島第一原発から60km離れた福島市や郡山市でも高い汚染が確認されたし、直線距離にして100kmもある西郷村でもそうだった。もっと言えば、県境に放射性物質の飛散を止めるようなフェンスなど存在しないから汚染は福島県にとどまらず、近隣の宮城県や栃木県、茨城県、千葉県など広範囲に及んだ。「特定非営利活動法人3・11甲状腺がん子ども基金」が給付対象を福島県に限定していないのは、そのためだ。傍聴席から「すごい質問だねえ」との声があがったのも無理は無い。国側の代理人弁護士は指摘を受けて質問を撤回したが、いくら依頼人の利益のためとはいえ、あまりにも認識不足と言わざるを得ない。逆に言えば、政府の避難指示が出されなかった区域からの〝自主避難〟に関しては、国も東電同様に必要性も合理性も認めず、徹底的に争うという意思の表れでもあった。
それでもなお、「一般的には原発の近くに住んでる人の方が事故について怖いという想いを抱くものではないか」と食い下がる国側代理人弁護士に、辻内教授もすぐさま反論した。「それは思い込みだ。避難についても、危険だと感じたから避難を選択した。自主避難の方々は『自分勝手に福島を捨てて逃げた』と中傷されている。しかし、〝自主避難者〟も〝強制避難者〟に匹敵するくらい、大勢の方がふるさとを失ったつらさを味わっているという事が調査で示されている」。
「原発事故がストレス度に大きな影響を与えた」という点を否定したいのは、東電の代理人弁護士も同じだった。
「〝自主避難者〟の中には、原発事故を受けてとっさに逃げたというよりも、自治体も冷静な対応を呼びかけている中で、事故後に時間をかけて避難するかどうかを検討し、最終的に避難をしたという人も少なくないと思う。そういう、放射線の恐怖や死の危険を感じていない人のストレス度を測る事に意味があるのか」
とっさに県外避難をしなかったから被曝リスクを感じていないという暴論。これが原発事故当事者の本音なのだ。


原告団長の鴨下祐也さん。「裁判を起こさなければ救済されない事自体がおかしい。損害が発生したら直ちに賠償されるべきだが、そうなっていないので裁判という形になった。勝訴し、原告に加わっていない人も含めてすべての被害者が救済される仕組みを国につくらせなければいけない」と語った
【「すべての被害者救済を」】
被告側が否定に躍起になったのは、もう一人の証人、東芝の元エンジニアで原子炉内の炉心の設計や臨界事故の解析に携わった吉岡律夫氏(現・失敗学会理事)も同じだった。
巨大津波の予見可能性や原発事故の回避可能性、過酷事故が起きた場合の対応などについてまとめた失敗学会の報告書に対して、電源喪失からの復旧に要する時間はどの時点が起点となるのか、作業に必要な人員は何人と想定したのか、作業員が原子炉建屋にたどり着けない事も想定していたのか、電源復旧用のバッテリーは何人で運ぶのか、など枝葉末節の質問が繰り返された。「大きな余震で作業員が引き返したり作業を中断したりする事は検討しなかったのか」とも。挙げ句には「復旧作業にあたる作業員の身の危険は考慮しなかったのか」とまで質す始末。まるで刑事事件の被告人を追い詰めるかのように、大きな声で高圧的に質問を浴びせる場面もあった。
結局、吉岡氏の証言を覆そうとするあまり、原子力発電そのものの危険性を浮き彫りにする結果となった。「被告代理人弁護士の主張を全部実行しようとしたら、原発を停めるしか無くなってしまう」(原告側代理人弁護士)。
10時に始まった反対尋問は、休憩をはさんで17時すぎに終了。次回10月25日(13時半)が最終弁論となり結審する。来春にも判決が言い渡される見通しだ。
閉廷後に開かれた報告集会で、原告団長の鴨下祐也さんは「裁判を起こさなければ原発事故の被害が救済されない事自体がおかしい。損害が発生したら直ちに賠償されるべきだが、残念ながらそうなっていないのでやむなく裁判という形になった。この裁判に勝つ事はもちろんだが、原告として裁判にかかわっていない人も含めて、すべての被害者が救済される仕組みを国につくらせなければいけない」と語った。
(了)
【裁判長も困惑する尋問】
あの場は本当に法廷だったのだろうか。まるで落語か芝居でも観に来たかのようだった。コントのようなやり取りに、傍聴席には大きな笑いが何度も広がった。決して和やかな笑いでは無い。怒りすらこもっていた。「お静かにお願いします」。笑い声を制する水野裁判長の表情もまた、困惑に満ちていた。被告・国の代理人弁護士は何度、「では質問を撤回します」と口にしただろう。意図不明、的外れな質問の連続に、証人として再び出廷した辻内琢也教授(心療内科医、早稲田大学「災害復興医療人類学研究所」所長)も、「質問の意図が分かりません」と苦笑するばかり。千葉県に避難した人々が起こした集団訴訟(9月22日判決予定)の代理人弁護士も傍聴していたが、「明らかな準備不足。こんなに失笑が広がる法廷は初めてだ」と呆れ顔で話した。
「裁判だ何だでもそこのところはやればいいじゃない」と言い放ったのは、復興庁の今村雅弘前大臣だった。しかし、費用も時間もかけ、心身ともに疲労困憊になりながら争った結果がこれだ。辻内教授が2015年1月から3月にかけてNHK仙台放送局と共同で実施した大規模アンケート調査について国側の男性弁護士が質したが、福島県からの避難者が抱えるストレスが、決して原発事故ばかりに起因するものでは無いとの結論に導きたいあまりに質問が支離滅裂。察した辻内教授が「ストレス度合いが高かった事と原発事故と因果関係が無いとおっしゃりたいのですか」と聞き返したほどだった。
アンケートの回答率は20%ほどだったが「わずか20%で母集団全体の傾向を語る事は出来るのか」、「残りの80%の人たちの調査は行ったのか」、「ネガティブな質問が並んでいる」とまで尋ねる始末。これには辻内教授も「全く筋があっていない質問」と反論したが、傍聴席がさらに大きくどよめいたのは国側の代理人弁護士が発した次の言葉だった。
「放射線が怖いと感じたかどうかと、その後の避難とは関係無いのではないですか」
「一般的に事故が起きた原発から近くに居る人の方が多く被曝しますよね」

閉廷後に開かれた報告集会。稚拙な反対尋問に改めて怒りと驚きの声があがった。次回10月の期日で結審する=弁護士会館
【距離に比例しなかった汚染】
すぐに原告側代理人弁護士が「異議あり」と手を挙げた。
「今回の事故では、必ずしも距離によって放射性物質がばらまかれた量が違うわけでは無い。誤導だ」
風向きや降雨などの条件が重なる事によって、原発からの距離と汚染の程度が必ずしも比例しない事は、もはや常識だ。だからこそ、福島第一原発から60km離れた福島市や郡山市でも高い汚染が確認されたし、直線距離にして100kmもある西郷村でもそうだった。もっと言えば、県境に放射性物質の飛散を止めるようなフェンスなど存在しないから汚染は福島県にとどまらず、近隣の宮城県や栃木県、茨城県、千葉県など広範囲に及んだ。「特定非営利活動法人3・11甲状腺がん子ども基金」が給付対象を福島県に限定していないのは、そのためだ。傍聴席から「すごい質問だねえ」との声があがったのも無理は無い。国側の代理人弁護士は指摘を受けて質問を撤回したが、いくら依頼人の利益のためとはいえ、あまりにも認識不足と言わざるを得ない。逆に言えば、政府の避難指示が出されなかった区域からの〝自主避難〟に関しては、国も東電同様に必要性も合理性も認めず、徹底的に争うという意思の表れでもあった。
それでもなお、「一般的には原発の近くに住んでる人の方が事故について怖いという想いを抱くものではないか」と食い下がる国側代理人弁護士に、辻内教授もすぐさま反論した。「それは思い込みだ。避難についても、危険だと感じたから避難を選択した。自主避難の方々は『自分勝手に福島を捨てて逃げた』と中傷されている。しかし、〝自主避難者〟も〝強制避難者〟に匹敵するくらい、大勢の方がふるさとを失ったつらさを味わっているという事が調査で示されている」。
「原発事故がストレス度に大きな影響を与えた」という点を否定したいのは、東電の代理人弁護士も同じだった。
「〝自主避難者〟の中には、原発事故を受けてとっさに逃げたというよりも、自治体も冷静な対応を呼びかけている中で、事故後に時間をかけて避難するかどうかを検討し、最終的に避難をしたという人も少なくないと思う。そういう、放射線の恐怖や死の危険を感じていない人のストレス度を測る事に意味があるのか」
とっさに県外避難をしなかったから被曝リスクを感じていないという暴論。これが原発事故当事者の本音なのだ。


原告団長の鴨下祐也さん。「裁判を起こさなければ救済されない事自体がおかしい。損害が発生したら直ちに賠償されるべきだが、そうなっていないので裁判という形になった。勝訴し、原告に加わっていない人も含めてすべての被害者が救済される仕組みを国につくらせなければいけない」と語った
【「すべての被害者救済を」】
被告側が否定に躍起になったのは、もう一人の証人、東芝の元エンジニアで原子炉内の炉心の設計や臨界事故の解析に携わった吉岡律夫氏(現・失敗学会理事)も同じだった。
巨大津波の予見可能性や原発事故の回避可能性、過酷事故が起きた場合の対応などについてまとめた失敗学会の報告書に対して、電源喪失からの復旧に要する時間はどの時点が起点となるのか、作業に必要な人員は何人と想定したのか、作業員が原子炉建屋にたどり着けない事も想定していたのか、電源復旧用のバッテリーは何人で運ぶのか、など枝葉末節の質問が繰り返された。「大きな余震で作業員が引き返したり作業を中断したりする事は検討しなかったのか」とも。挙げ句には「復旧作業にあたる作業員の身の危険は考慮しなかったのか」とまで質す始末。まるで刑事事件の被告人を追い詰めるかのように、大きな声で高圧的に質問を浴びせる場面もあった。
結局、吉岡氏の証言を覆そうとするあまり、原子力発電そのものの危険性を浮き彫りにする結果となった。「被告代理人弁護士の主張を全部実行しようとしたら、原発を停めるしか無くなってしまう」(原告側代理人弁護士)。
10時に始まった反対尋問は、休憩をはさんで17時すぎに終了。次回10月25日(13時半)が最終弁論となり結審する。来春にも判決が言い渡される見通しだ。
閉廷後に開かれた報告集会で、原告団長の鴨下祐也さんは「裁判を起こさなければ原発事故の被害が救済されない事自体がおかしい。損害が発生したら直ちに賠償されるべきだが、残念ながらそうなっていないのでやむなく裁判という形になった。この裁判に勝つ事はもちろんだが、原告として裁判にかかわっていない人も含めて、すべての被害者が救済される仕組みを国につくらせなければいけない」と語った。
(了)
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