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郡山から旭川に母子避難した曵地奈穂子さん。詩集「あの日から」に綴った3年半~「これで良かったのか」「ごめんね」。夫や子を想い繰り返した自問自答

「あの日から」=発行元:「カタルワ(311からまなぶ会)」=という詩集がある。住み慣れた福島県郡山市から、実家のある北海道旭川市に母子避難・移住した曵地奈穂子さん(45)が綴った18の詩。一部を引用しながら、夫が仕事を辞めて旭川に移住するまでの葛藤の日々に想いを馳せたい。行間にこめられているのは夫と離れて暮らした日々。子どもたちに寂しい想いを強いた罪悪感。正解が見つからぬ放射線防護…。〝自主避難者〟が詩集を出す事で無用な対立を煽りやしないかとも心配した。「悲劇のヒロイン」としてでなく、原発事故のもたらした現実として受け止めたい。


【戻るべきか否か悩んだ日々】
 何が起こっているのか 自分でもよくわからなかった(中略)テレビをつけたって ただちに影響がないって繰り返していたし(「涙の訴え」)

 ごめん、お母さん怖い顔してた?と言う私に うん。なにしてるの?とまた同じことを聞く娘 私はなんでもないよと答えることしかできない(「堂々巡り」)

 初めての家族での海水浴 まさか冷たい北海道の海になるなんて思ってもみなかった(中略)かの地に住むママ友に 写真入りの暑中見舞いは 出せぬまましまいこんだ(「暑中見舞い」)

 原発の爆発事故から一週間ほど経った2011年3月20日、曳地さんはようやく入手出来た航空券を手に、先の見えぬ不安と闘いながら福島空港へ向かうタクシーに乗っていた。旭川の実家から駆け付けてくれていた母親も口数は少ない。4歳になったばかりの娘とまだ1歳にならない息子は、旅行と勘違いしてはしゃいでいた。夫は郡山市内のマンションに残った。母子避難の始まりだった。
 後ろめたさもあった。夫は前日から熱を出して寝込んでいた。「避難という決断が正しかったのか大げさだったのか、正直まだ誰にも分からない」。文献を読み漁ってもインターネットで検索を続けても両極端な見解に接するばかりで「多種多様な情報に惑わされた」。表情が険しくなっていると娘に指摘され、あわてて眉間のしわをもみほぐす。「郡山に戻るべきか戻らざるべきか」。一日として考えない日は無かった。

 この居心地のよい私のふるさとはここなのだ でも子供たちのふるさとはどこ?(中略)夫のふるさとは 私の第二のふるさとは 目に見えぬ脅威に穢された 骨をうずめる覚悟でいたし 住みやすく大好きな土地だった(「ふるさと」)

 魔法使いになりたいと娘が言う だってパパのとこにいつでも箒にのって会いに行けると屈託なく笑って言う(「ちちんぷい」)

 パパ不在の寂しさを埋めるため 母である私は抱きしめ謝るしかできない(「健(たける)」)

 郡山で生まれたきょうだいの故郷はどこなのか。大人の都合で振り回して良いものか。自問自答は続いた。「魔法を使ってパパの居る所をきれいにする!」と娘は屈託なく笑う。「放射能が無くなればパパと暮らせる」という娘の胸中を想い「お願いね」と涙声で答えることしか出来なかった。
 健康第一、健やかな成長を願って息子に「健」と名付けた。その健康を思って決断した避難のために、息子は父親から離れている。真っ暗なパソコンの画面は、いつまで待ってもパパの顔を表示してくれない。泣き出す息子を抱き締める。原発事故さえなければ味わう必要の無かった苦悩に日々、苦しめられていた。


曵地奈穂子さんの詩集「あの日から」。福島県郡山市から北海道旭川市に移住するまでの日々が綴られている。

【一番大事な人がそばにいない】
 今は実家で両親と同居 帰れば温かいご飯にお風呂が待つ 他人が見ればうらやむだろうか でも一番大事な人がそばにいない 積み上げた生活基盤もない(「ゆうやけこやけ」)

 月に一度夫は 仕事が終わってから夜の飛行機に乗り私たちのところへ来る どうがんばっても夜中になる到着時間(「夜中の台所で」)

 泣きじゃくり首にしがみつく息子と 涙をこらえ俯く娘を振り切ってくぐる改札 夫はそれが辛くて耐えられない 次回からは駐車場で別れようと言った(「改札」)

 保育園からの帰り道。笑顔で「夕焼け小焼け」を歌う娘の姿に胸が張り裂けそうになる。一見、楽しそうな光景の裏にある「奪われた日常」。曳地さん自身も、夫と離れての生活に悩み、寂しさで崩れそうになっていた。
 管理職の夫は月に一度、避難先に顔を出すのが精一杯。ビールを冷やし、時計を見ながら手料理を用意した。到着時刻が近づくと胸が高鳴った。一方で「はるばる北海道へ来る夫に重い話を振るのは酷」。いつまで母子避難を続けるのか─。なかなか切り出せず、当たり障りの無い会話が続いた。
 寂しいのは夫も同じ。福島に戻る時、いつも夫の目は真っ赤だった。「つらいから、もう行ってくれ」という合図で車を出す。一人、駐車場で立ちつくし、いつまでも車を見送っている夫の姿がミラー越しに見えた。「私もつらい、もう行って」。ハンドルを握る手に力がこもる。そして夫は改札を通り、単身福島へ戻る。再び離ればなれの生活に戻る。

 病める時も健やかなる時も一緒だと神の前で誓ったのに 夫にこんな寂しい思いをさせて 私は間違っていないのだろうか(「神様」)

 二人とも大事にしているものは同じはずなのに 側にいないことは そんなに分かり合えないものなのか(「桜」)
 
 お前は人の手で作られたはずなのに 全く人の手には負えぬ存在 そう人が気付いた時はもうすべてが遅い(「過ち」)

 自問自答が続いた。帯広の大学で弓道を通じて知り合った夫の故郷は福島県白河市。結婚から7年で待望の娘を授かり、原発事故の前年には息子が生まれた。「子どもと過ごす時間を奪う選択肢を夫に強いて、私は何をしているのだろう。多くの人たちは〝普通に〟生活しているのに。国も県も大丈夫と言っている…」。
 わが子を守りたいという気持ちは二人とも同じ。もちろん、避難を選択せず福島での生活を継続している人たちだって、それは同じだと分かっている。でも…。
 夫は3LDKのマンションに独りぼっち。一緒に居られないが故のけんかもあった。もはや「アンダーコントロール」ではなくなった放射性物質を恨んでみたりもした。救いだったのは、夫が一度も「今すぐ郡山に戻ってくれ」とは言わなかった事だった。しかし、夫は心身ともに限界だった。決断の日が近づいていた。


残念ながら汚染地となった郡山市。避難するかしないか、被曝リスクを意識するか否か、住民の考え方が百人百様だ。曳地さんは「詩集にまとめることで、福島で生活する人をわざわざ傷つけたくないという葛藤もあった」と話す

【避難は間違い?と悩み、そして…】
 鳥さん鳥さん 今の郡山は本当の私たちのおうちは本当のところどうなの 鳴くだけじゃなくて教えて(「鳴かないで 鳥さん」)

 まだ幼い娘に何故こんな寂しい思いをさせねばならないのか 自主避難が間違っていたのかと苦悶する日々(「願い」)

 夫にもしそんな人が現れても 私には夫を責めることができないんじゃないか 子供ばかりを優先しているこの選択が間違っているのではと日々悩んでいる(「ひまわり」)

 郡山の被曝リスクは本当のところはどうなのか。夫の靴は汚染されてはいないか。線量計に問いかけてみても鳥のようにピッピと「鳴く」ばかり。娘は「パパだけ何で福島にいるの?」と口にして涙を流す。いつか、子どもたちが私たちの選択を「大げさだったよね」と笑い合ってくれたら良い。避難・移住を選んだ親の気持ちを少しでも理解してくれたら良い。そんな日が来るのを願いつつ、苦悶は続いた。郡山で独り暮らす夫にもし別の女性が現れたとしても夫を責める事は出来ない…。そんな事すら考えたりもした。
 帰るのか永住するのかと尋ねられて答えに窮する。正しい答えなど見つからない。2014年の春。息子の4歳の誕生日を祝おうと旭川に来ていた夫に移住を提案した。泣きじゃくりながら見送る息子に背中を押されたのか、夫は数日後に辞表を提出した。日ごろの仕事ぶりが評価され、社長は北海道にある関連会社への再就職を斡旋してくれた。ようやく家族4人で暮らせる。正座する子どもたちにそう告げると、子どもたちは夫に飛び付いて喜んだ。詩集は「うれし涙」で締めくくられている。
 「今日という日が来るまでの夫の様々な逡巡や苦悩を思うと手放しで喜ぶべき決断ではないのかもしれない。でも、やはり…今日の涙は私たちにとって最高のうれし涙」

 迷っているとわかっている人に何故そんな質問をするのか つい聞きたくなるのが人情だろうが私には到底理解できない 子供が欲しくて欲しくてでもできなかった頃に「子供はまだ?」ってよく聞かれたことを思い出す(「逆質問」)

 コスモスを見ると福島での日々を思い出す よく道端に咲いているのを娘と摘んで家に飾った震災前の日々を(「今はそれだけで」)

 ねえ、じゃあもうふくしまにかえらないの? ずっといっしょ? まいにちあさおきたらよこにいるの? ぱそこんでじゃなくて でんわでなくて まいにちこうしてはなしできるの?(「うれし涙」)

 曳地さんは言う。
 「自主避難者からすると、福島に残った、残らざるを得なかった人の方がつらいだろうと思うんです。そのつらさも想像出来るだけに、詩を目にする事で彼らにこれ以上つらい想いをさせたくないとも考えました。『勝手に避難したくせに、1人で悲劇のヒロインぶるな』と叱られるんじゃないか、とも考えました。矛盾しているんですよね、自分の想いを読んでもらって、原発の功罪を訴えたい。でも自分を悪く言われたくないし、福島に残った人をわざわざ傷つけたくない、って」
 避難を選択した事が素晴らしいとか、避難せずに福島で暮らす人々が子どもの健康を第一に考えていないとか、そんな対立軸をあぶりだしたくて綴ったのでは無い。原発事故で「日常」を奪われた家族の現実がそのまま描かれている。原発事故さえ無ければ、住み慣れたマンションを売る事も無かった。夫や子どもたちから「故郷」を奪う事も無かった。しかし、その悔しさを表現する事で誰かを傷つけたくない。果たして自分たちの選択が「正しかった」のかさえ分からない。「一生かかえていく痛みです」。

 ※詩集「あの日から」はA5判21ページ。一部100円。問い合わせは児童書専門店「こども冨貴堂」(旭川市7条8丁目買物公園、0166-25-3169まで。営業時間は10:00~18:30)



(了)
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プロフィール

鈴木博喜

Author:鈴木博喜
(メールは hirokix39@gmail.com まで)
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