【福島原発被害東京訴訟】「一番つらかったのが〝いじめ〟」。中学生が結審の法廷で怒りの最終陳述。「大人は子どもに責任とって」~判決は来年3月16日
- 2017/10/26
- 07:23
原発事故により東京都内への避難を強いられた人々が、事故の過失責任を認め損害賠償をするよう国と東電を相手取って起こした「福島原発被害東京訴訟」の第25回口頭弁論が25日午後、東京地裁103号法廷(水野有子裁判長)で開かれた。中学生の少年と40代女性が最後の意見陳述。少年は「一番つらかったのが〝いじめ〟」と語り、「大人は避難やいじめ、健康不安の責任をとって欲しい」と訴えた。女性も娘の受けた〝いじめ〟などから「被害者が軽く扱われている」と適切な救済を求めた。第一、二次提訴はこの日で結審。判決は2018年3月16日15時に言い渡される。
【死も考えた「菌」扱い】
最後にどうしても、自分の言葉で語りたかった。弁護士の用意した文章では無く、自分の言葉で。「何も語らないまま敗訴したら後悔する。泣き寝入りは絶対に嫌だ」。少年は中学校の制服姿で法廷の真ん中に立った。水野裁判長がわが子を見守るような目でじっと聴き入る中、少年は大きな声で用意した原稿を読み上げた。
「何よりも一番つらかったのが、転校先でのいじめです」
図工の授業で作った作品に悪口が書かれた事があった。「菌」扱いされた事もあった。いずれも、被曝リスクから逃れるために福島から都内に避難してきた事を揶揄する内容だった。度重なる〝いじめ〟に、小学校中学年だった少年は、七夕の短冊に「天国に行きたい」と綴るまでに追い込まれた。「出来る事なら死んでしまいたい、といつも思うようになりました」。〝自主避難者〟に常につきまとう世間の誤解が〝避難者いじめ〟の背景にあると語った。
「避難者についてよく知らされていない人の目には、福島から来た避難者は、家が壊れていないのだから何も被害は無かったのに多額の賠償金だけもらって、しかも東京の避難所にタダで住んでいる〝ずるい人たち〟と映るのでしょう。東京電力や国が放射能汚染の恐ろしさや僕たち家族のような区域外避難者にはほとんど賠償金を払っていない事など正しい情報を皆に伝えてくれていれば、こんな勘違いは起きなかったと思います」
中学進学を機に避難者である事を隠している事もあって〝いじめ〟は無くなった。「いじめられて分かった事なんですけど、いじめられている最中には話す事は無理なんです。他のいじめられている避難者が話せないのなら、もういじめられていない僕が話さなきゃいけないんじゃないかって考えました」。閉廷後の集会で少年はそう振り返った。子どもが法廷に立てば、批判的な言葉が聞こえてくるだろう事は承知の上だった。そして、少年の怒りは責任をとろうとしない大人たちに向けられた。
「原発によって儲けたのは大人。原発をつくったのも大人だし、原発事故を起こした原因も大人。しかし、学校でいじめられるのも、『将来、病気になるかも…』と不安に思いながら生きるのも、家族が離ればなれになるのも、僕たち子どもです」
「僕たちはこれから、大人の出した汚染物質とともに生きる事になるのです。その責任をとらずに先に死んでしまうなんて、あまりに無責任だと僕は思います。せめて生きているうちに自分たちが行った事、自分たちが儲けて汚したものの責任をきちんととっていって欲しいです」


法廷で「何よりも一番つらかったのが、転校先でのいじめ」「大人は汚した責任をとって」と意見陳述した中学生の少年。弁護団の用意した原稿をボツにし、自分の言葉で書き上げた文章を堂々と読み上げた=全日通霞が関ビルディング
【根強い「勝手に逃げた人」】
「思ったよりも緊張しなかった。言いたい事は言えたと思う」と振り返った少年。弁護団からは、少年の想いをくんでまとめられた原稿を提示されたが、どうしても納得出来ず自分で一から書き直した。「全部ボツにさせてもらいました。だって、自分で書いたものでなければ気持ちがこもらないですから」。中間試験の合い間をぬって、丸二日かけて書き上げた。原発事故さえなければ、避難も、いじめも、健康不安も味わわずに済んだ。「東京電力と国には責任をとってもらいたいと思います。裁判所は僕たち子どもたち、そして全ての避難者の声に耳を傾けてください」。
法廷では、別の40代母親も最後の意見陳述を行った。今から4年前、娘が小学校に通えなくなり悩んだ時期があった。診察を受けても薬を服用しても娘の頭痛は治らない。夫を福島に残しての母子避難。自宅敷地内の土壌は、福島第一原発の爆発から6年以上が経過した今年6月の測定でも、依然として2カ所で1平方メートルあたり50万ベクレルを上回っている。原発からの距離は約34km。それでも、娘にとっては避難という選択が悪かったのかもしれないと日々、自問自答を繰り返した。自分を責め、気持ちを紛らすように酒を呑んだ事もあった。実はその頃、娘は同級生からの〝いじめ〟に苦しんでいたのだった。まるで汚いものでも退治するかのように、手をピストルの形にして「バンバンバン」と撃つ真似をされた。そんな仕打ちに幼い女の子がどれだけ傷付いたか。それを知ったのは、ずっと後になってからだった。母親を気遣い言い出せなかったわが子に、母親は「今でもとてもつらい」と語った。
中学生になった娘。授業で広島・長崎への原爆投下を学んだ時、クラスメートが「福島で原発の事故に遭った人たちはドンマイだよね」と口にした。その生徒は同じ教室に福島からの避難者が居る事を知らないし、悪気のある発言ではない事も分かっている。しかし、娘はとてもがっかりして帰宅したという。
「私たちのような原発事故の被害者がとても軽く扱われている、忘れ去られようとしている事に、どうしても納得がいかないようです」
「危険も無いのに自分で勝手に避難した人などというように間違ったイメージを持たれてしまっています。そのために私たちは、子どもが学校でいじめに遭うなど嫌な思いをたくさんしてきました」
原発事故の被害を無きものにもされたくない。悩んだ末に勇気を振り絞って原告に加わった。だからこそ、来春には納得できる判決を得たい。女性の意見陳述はまさに〝最後のお願い〟だった。


(上)開廷前、激しい雨の降る中、東京地裁前で裁判支援を訴えた鴨下祐也原告団長
(下)「原発賠償関西訴訟」や「ふるさとを返せ 津島原発訴訟」、「福島原発かながわ訴訟」など他の訴訟の原告も駆け付け、結審を見守った
【「勇気もって適切な被害救済を」】
この日の口頭弁論では、原告の3人の弁護士が津波予見・過酷事故回避の可能性、低線量被曝の危険性、区域外避難の合理性などについて陳述。1000ページを超える最終準備書面を提出した。
吉田悌一郎弁護士は「これまでに前橋、千葉、福島地裁で出された判決は、区域外避難者の救済という観点からは極めて冷淡。特に9月22日に出された千葉地裁判決は、区域外避難者の損害に関する冒頭部分の記述で『避難指示等に拠らず避難した人々は避難前の居住地から避難を余儀なくされたわけではなく、居住・転居の自由を侵害されたという要素は無い』と断言している。これは、区域外避難者の被害というものに対して大変な無知・無理解に基づくものであり、この点では極めて不当な判決であると言わざるを得ない」と厳しく指摘。
「区域外避難者は本当に『避難を余儀なくされたとは言えない』のでしょうか。原告の避難元の居住地の土壌汚染を調べたが、ほぼ全ての場所で、放射線管理区域の指定基準となる1平方メートルあたり4万ベクレルを超える汚染が見つかった。10万ベクレルを超える汚染も珍しくなかった。このような場所が本当に安全と言えるのでしょうか。このような場所に原告は帰るべきだ、避難を続ける必要は無い、本当にそう言い切れるのでしょうか」と疑問を投げかけた上で「区域外避難者は孤立無援の状態に置かれている。この裁判は、こうした区域外避難者たちの被害をどのように把握し、受け止め、これまで切り捨てられてきた区域外避難者をどのように救済するのか、が正面から問われている裁判だ」として、「国や東電の加害責任を明確にし、適切な被害救済を行うのが司法の使命として求められている。間違っても、声を出せない被害者たちに泣き寝入りを強いる事があってはならない」と裁判所に厳しく迫った。
中川素充弁護士も「原告はやむにやまれず裁判を起こしている。裁判所は、多くの原発事故被害者が司法による救済を求めている事実を受け止めて欲しい。私たち、司法に携わる者の責任でもある。これまでに3つの地裁(前橋、千葉、福島)で出された判決には、本気で被害救済を図ろうとする意気込み、勇気に欠けている。全体として被害の実態を的確にとらえていないし、区域内外で避難生活の過酷さが共通している事実に真正面から踏み込む勇気が無かったと言わざるを得ない。司法の機能不全としか言いようのない部分もある。原告と被告の言い分の中間をとるのが『公正中立』では無い。先例にとらわれる必要は無い。良心に従って勇気ある、全うな判断が求められている」と3人の裁判官に迫った。
閉廷後、雨はやんでいた。原告に希望の光を照らす判決が言い渡されるのか。判決は来年3月16日。
(了)
【死も考えた「菌」扱い】
最後にどうしても、自分の言葉で語りたかった。弁護士の用意した文章では無く、自分の言葉で。「何も語らないまま敗訴したら後悔する。泣き寝入りは絶対に嫌だ」。少年は中学校の制服姿で法廷の真ん中に立った。水野裁判長がわが子を見守るような目でじっと聴き入る中、少年は大きな声で用意した原稿を読み上げた。
「何よりも一番つらかったのが、転校先でのいじめです」
図工の授業で作った作品に悪口が書かれた事があった。「菌」扱いされた事もあった。いずれも、被曝リスクから逃れるために福島から都内に避難してきた事を揶揄する内容だった。度重なる〝いじめ〟に、小学校中学年だった少年は、七夕の短冊に「天国に行きたい」と綴るまでに追い込まれた。「出来る事なら死んでしまいたい、といつも思うようになりました」。〝自主避難者〟に常につきまとう世間の誤解が〝避難者いじめ〟の背景にあると語った。
「避難者についてよく知らされていない人の目には、福島から来た避難者は、家が壊れていないのだから何も被害は無かったのに多額の賠償金だけもらって、しかも東京の避難所にタダで住んでいる〝ずるい人たち〟と映るのでしょう。東京電力や国が放射能汚染の恐ろしさや僕たち家族のような区域外避難者にはほとんど賠償金を払っていない事など正しい情報を皆に伝えてくれていれば、こんな勘違いは起きなかったと思います」
中学進学を機に避難者である事を隠している事もあって〝いじめ〟は無くなった。「いじめられて分かった事なんですけど、いじめられている最中には話す事は無理なんです。他のいじめられている避難者が話せないのなら、もういじめられていない僕が話さなきゃいけないんじゃないかって考えました」。閉廷後の集会で少年はそう振り返った。子どもが法廷に立てば、批判的な言葉が聞こえてくるだろう事は承知の上だった。そして、少年の怒りは責任をとろうとしない大人たちに向けられた。
「原発によって儲けたのは大人。原発をつくったのも大人だし、原発事故を起こした原因も大人。しかし、学校でいじめられるのも、『将来、病気になるかも…』と不安に思いながら生きるのも、家族が離ればなれになるのも、僕たち子どもです」
「僕たちはこれから、大人の出した汚染物質とともに生きる事になるのです。その責任をとらずに先に死んでしまうなんて、あまりに無責任だと僕は思います。せめて生きているうちに自分たちが行った事、自分たちが儲けて汚したものの責任をきちんととっていって欲しいです」


法廷で「何よりも一番つらかったのが、転校先でのいじめ」「大人は汚した責任をとって」と意見陳述した中学生の少年。弁護団の用意した原稿をボツにし、自分の言葉で書き上げた文章を堂々と読み上げた=全日通霞が関ビルディング
【根強い「勝手に逃げた人」】
「思ったよりも緊張しなかった。言いたい事は言えたと思う」と振り返った少年。弁護団からは、少年の想いをくんでまとめられた原稿を提示されたが、どうしても納得出来ず自分で一から書き直した。「全部ボツにさせてもらいました。だって、自分で書いたものでなければ気持ちがこもらないですから」。中間試験の合い間をぬって、丸二日かけて書き上げた。原発事故さえなければ、避難も、いじめも、健康不安も味わわずに済んだ。「東京電力と国には責任をとってもらいたいと思います。裁判所は僕たち子どもたち、そして全ての避難者の声に耳を傾けてください」。
法廷では、別の40代母親も最後の意見陳述を行った。今から4年前、娘が小学校に通えなくなり悩んだ時期があった。診察を受けても薬を服用しても娘の頭痛は治らない。夫を福島に残しての母子避難。自宅敷地内の土壌は、福島第一原発の爆発から6年以上が経過した今年6月の測定でも、依然として2カ所で1平方メートルあたり50万ベクレルを上回っている。原発からの距離は約34km。それでも、娘にとっては避難という選択が悪かったのかもしれないと日々、自問自答を繰り返した。自分を責め、気持ちを紛らすように酒を呑んだ事もあった。実はその頃、娘は同級生からの〝いじめ〟に苦しんでいたのだった。まるで汚いものでも退治するかのように、手をピストルの形にして「バンバンバン」と撃つ真似をされた。そんな仕打ちに幼い女の子がどれだけ傷付いたか。それを知ったのは、ずっと後になってからだった。母親を気遣い言い出せなかったわが子に、母親は「今でもとてもつらい」と語った。
中学生になった娘。授業で広島・長崎への原爆投下を学んだ時、クラスメートが「福島で原発の事故に遭った人たちはドンマイだよね」と口にした。その生徒は同じ教室に福島からの避難者が居る事を知らないし、悪気のある発言ではない事も分かっている。しかし、娘はとてもがっかりして帰宅したという。
「私たちのような原発事故の被害者がとても軽く扱われている、忘れ去られようとしている事に、どうしても納得がいかないようです」
「危険も無いのに自分で勝手に避難した人などというように間違ったイメージを持たれてしまっています。そのために私たちは、子どもが学校でいじめに遭うなど嫌な思いをたくさんしてきました」
原発事故の被害を無きものにもされたくない。悩んだ末に勇気を振り絞って原告に加わった。だからこそ、来春には納得できる判決を得たい。女性の意見陳述はまさに〝最後のお願い〟だった。


(上)開廷前、激しい雨の降る中、東京地裁前で裁判支援を訴えた鴨下祐也原告団長
(下)「原発賠償関西訴訟」や「ふるさとを返せ 津島原発訴訟」、「福島原発かながわ訴訟」など他の訴訟の原告も駆け付け、結審を見守った
【「勇気もって適切な被害救済を」】
この日の口頭弁論では、原告の3人の弁護士が津波予見・過酷事故回避の可能性、低線量被曝の危険性、区域外避難の合理性などについて陳述。1000ページを超える最終準備書面を提出した。
吉田悌一郎弁護士は「これまでに前橋、千葉、福島地裁で出された判決は、区域外避難者の救済という観点からは極めて冷淡。特に9月22日に出された千葉地裁判決は、区域外避難者の損害に関する冒頭部分の記述で『避難指示等に拠らず避難した人々は避難前の居住地から避難を余儀なくされたわけではなく、居住・転居の自由を侵害されたという要素は無い』と断言している。これは、区域外避難者の被害というものに対して大変な無知・無理解に基づくものであり、この点では極めて不当な判決であると言わざるを得ない」と厳しく指摘。
「区域外避難者は本当に『避難を余儀なくされたとは言えない』のでしょうか。原告の避難元の居住地の土壌汚染を調べたが、ほぼ全ての場所で、放射線管理区域の指定基準となる1平方メートルあたり4万ベクレルを超える汚染が見つかった。10万ベクレルを超える汚染も珍しくなかった。このような場所が本当に安全と言えるのでしょうか。このような場所に原告は帰るべきだ、避難を続ける必要は無い、本当にそう言い切れるのでしょうか」と疑問を投げかけた上で「区域外避難者は孤立無援の状態に置かれている。この裁判は、こうした区域外避難者たちの被害をどのように把握し、受け止め、これまで切り捨てられてきた区域外避難者をどのように救済するのか、が正面から問われている裁判だ」として、「国や東電の加害責任を明確にし、適切な被害救済を行うのが司法の使命として求められている。間違っても、声を出せない被害者たちに泣き寝入りを強いる事があってはならない」と裁判所に厳しく迫った。
中川素充弁護士も「原告はやむにやまれず裁判を起こしている。裁判所は、多くの原発事故被害者が司法による救済を求めている事実を受け止めて欲しい。私たち、司法に携わる者の責任でもある。これまでに3つの地裁(前橋、千葉、福島)で出された判決には、本気で被害救済を図ろうとする意気込み、勇気に欠けている。全体として被害の実態を的確にとらえていないし、区域内外で避難生活の過酷さが共通している事実に真正面から踏み込む勇気が無かったと言わざるを得ない。司法の機能不全としか言いようのない部分もある。原告と被告の言い分の中間をとるのが『公正中立』では無い。先例にとらわれる必要は無い。良心に従って勇気ある、全うな判断が求められている」と3人の裁判官に迫った。
閉廷後、雨はやんでいた。原告に希望の光を照らす判決が言い渡されるのか。判決は来年3月16日。
(了)
スポンサーサイト