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【回顧2017】避難先で自ら命を絶った〝自主避難者〟のAさん。「県民と共に」と胸を張る陰で〝自主避難者〟の切り捨て進めた内堀知事~追悼文に代えて

今年もいよいよ大みそか。様々な取材の中で最もつらかったのが、福島県中通りから都内に〝自主避難〟してきたAさんの自死だった。3月末で住宅の無償提供が打ち切られるなど、〝自主避難者〟にとってはつらい1年となった今年、山形県では、米沢市の雇用促進住宅に入居する避難者が退去を求めて訴えられるという異常事態も起きた。福島県の内堀雅雄知事は今年の漢字に「共」を挙げたが、言葉とは裏腹にAさんの死は記録にも残らない。2017年の最後、117本目の記事は、自主避難先で自ら命を絶ったAさんを偲びたい。


【「相談出来る人がいない」】
 帰還困難区域での山林火災の取材に追われていたゴールデンウイーク。一本の電話に全身が凍りついた。
 「自主避難者が自殺した。知ってるか?」
 嫌な予感が頭を駆け巡る。根拠など無かった。複数の関係者に〝ウラ〟をとった。果たして、嫌な予感は的中した。亡くなったのは、2012年に何度もインタビューをさせていただいたAさんだった。福島県の中通りに夫を残し都内に母子避難した50代の彼女は、公園で変わり果てた姿で発見された。もちろん、原発事故による〝自主避難〟だけが原因であるとは言い切れない。夫からの暴力を日常的に受けていた事も背景にはあろう。しかし、当時の取材ノートには、被曝リスクから逃れようと動いた事で「家族をバラバラにしてしまった」と自分を責めてばかりいた彼女の心情が書き残されていた。
 子どもと雇用促進住宅で暮らしていたAさんと初めて会ったのは2012年9月。フルタイム勤務の帰り道、大型ショッピングモールのフードコーナーでコーヒーを飲みながらインタビューした。
 Aさんは疲れ切っていた。ダブルワークの上に、週末は月2回、夫の住む福島県へ深夜バスで通った。「テレビで大丈夫だと言っているのに皆、マスクをしている。馬鹿だ」、「逃げる必要など無い」と言う夫とは、放射線防護について意見が合わなかった。夫からは「月に2回、戻って来て家事をする事」、「2013年3月までに戻って来ないと離婚だ」と言われ続け、悩みながらも従った。ダブルワークで疲れた体は、狭い深夜バスの車内でもすぐに眠りに落ちた。体重は5kg落ちた。それなのに、言われた通りに尽くすAさんを、夫は容赦なく殴った。東電から支払われたわずかばかりの賠償金も、夫が管理していて避難先で使えなかった。取材ノートには、Aさんのこんな悲痛の叫びが綴られている。
 「相談出来る人がいないのが一番つらいです。本来、相談するべき夫が敵になってしまっている…」




〝自主避難者〟向け住宅の無償提供打ち切りに反対して掲げられたプラカード。福島県は〝自主避難者〟を切り捨てるばかり。Aさんを救う事も出来なかった=2017年3月31日撮影

【〝自主避難者〟の死、把握せず】
 夫は飼い犬にまで暴力をふるうようになった。それでもAさんは「夫の気持ちも分かる」と寄り添おうと努めた。「目に見えないもの(放射線)に対する怖がり方がたまたま違ってしまった。夫にしてみれば人生を賭けて建てた家。脱サラして始めた自営業。私の方こそ酷い嫁ですよね」。
 最初のインタビューから3カ月後の2012年12月。2回目のインタビューで、Aさんは次のような言葉を何度も口にしていた。
 「家族がバラバラになってしまった。原因をつくったのは私…」
 「私が家族をバラバラにさせてしまった」
 「夫が怒る気持ちも分かります。あゝ原発事故さえ無ければ…」
 「私さえ放射能を気にしなければ、震災前のように暮らせたのかな…」
 当時、Aさんのほかにも、避難を巡って夫婦、親子間で意見の対立が起きているという話を多く聞いた。国や東電が一方的に線引きをし、「避難指示区域外」「区域外避難者(自主避難者)」という概念をつくり上げてしまったからだ。ほぼ唯一の公的支援と言える住宅の無償提供(家賃免除)は、福島県は2012年12月28日で新規受け付けを打ち切り。それ以後は、全てが自力避難となった。住宅の無償提供も、福島県の内堀雅雄知事が安倍政権の意向を酌む形で今年3月末で終了。決定の過程で当事者と面会する事も、当事者の想いを聴く事も無かった。
 「私のように、夫の理解を得られずに苦しんでいる人、声をあげられない人はたくさんいると思う。そもそも、子どもを避難させる事が責められてしまう風潮こそおかしいですよね」
 Aさんの苦悩はしかし、行政に届く事は無かった。福島県生活拠点課の担当者は今年5月、取材に対してこう答えている。
 「〝自主避難者〟の避難先での自死については把握していない。統計も無い」




(上)年内最後の定例会見で、今年の漢字に「共」を挙げた福島県の内堀雅雄知事
(下)Jリーグ・川崎フロンターレの関係者から優勝の報告を受けた内堀知事。〝自主避難者〟とは結局、一度も面会しなかった=いずれも12月25日撮影

【「死を『無かった事』にはしたくない」】
 最初のインタビュー後、Aさんからこんなメールを頂いた。
 「先日は本当に長い時間、私の脈絡のない愚痴に付き合っていただいて、どうもありがとうございました。避難のいきさつや現状について、ほとんど人に話したことがなかったので、つい堰を切ったように、たまっていた言葉が止まらなくなってしまいました。福島の危機や悲しみはまだ終わっていないのだということ、どうぞこれからも発信なさってくださいね。いつか、いろいろなことが順調に回りだして『母子避難でもハッピー』みたいな取材に、お答えできる日が来るように、毎日ちょっとずつ、かんばろうと思います。鈴木さまも、なんだかハードスケジュールみたいなので、どうぞご自愛ください。それでは、また」
 常に周囲の人々への気遣いを欠かさなかったAさんは少しずつ心を病み、その後の取材も難しくなっていった。連絡をとるのも控えていた矢先の訃報。大手メディアで報道されることも無く、記録にも残らないAさんの最期。「彼女の事を『無かった事』にはしたくない」と語るのは、Aさんと同じように母子避難してきた松本徳子さんだ。5月25日、衆議院の「東日本大震災復興特別委員会」に参考人として出席した松本さんは、こんな言葉でAさんの死を語った(2017年5月26日号参照)。
 「私と同じく子どもを被曝から避けるために避難をして頑張ってきた友人が、自ら命を絶ってしまった。今日は、その彼女の想いを胸に述べさせていただきます」
 励まし合ってきた仲間の死。松本さんの無念はいかばかりか。しかし、そんな想いを知る由も無い福島県の内堀雅雄知事は今月25日の定例会見で、今年の漢字に「共」を挙げた。
 「今年は県民の皆さんと共にさまざまな課題にチャレンジして、復興が着実に前進しています(中略)来年も、県民の皆さんの想い、あるいは福島に心を寄せてくださる全ての方々と共に復興への想いを共有して、一丸となって福島の未来を切り開いて行きたい」
 会見後には、サッカー・Jリーグ「川崎フロンターレ」藁科義弘社長らの表敬訪問を受けた内堀知事。2006年にJA全農福島がオフィシャルスポンサー契約を無図んだのを機に、福島米のPRに努めているフロンターレ。内堀知事は〝復興〟に寄与する団体とは面会するが、〝自主避難者〟が何度申し入れても、会おうとはしない。これが「共」の真の姿だ。天国のAさんは、どんな想いで内堀知事を見ているだろうか。Aさんの御冥福を心からお祈りしたい



(了)
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プロフィール

鈴木博喜

Author:鈴木博喜
(メールは hirokix39@gmail.com まで)
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