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【83カ月目の飯舘村はいま】102歳自死で東電に慰謝料支払い命じる。福島地裁「原発事故と相当因果関係ある」。原告の女性「東電は線香たむけて謝罪を」

福島県相馬郡飯舘村の大久保文雄さん(当時102歳)が、政府による全村避難方針が示された夜に自ら命を絶ったのは原発事故が原因だとして遺族の大久保美江子さん(65)=南相馬市に避難中=ら3人が東電に計6050万円の慰謝料支払いを求めていた損害賠償請求訴訟で福島地裁の金澤秀樹裁判長は20日午後、自死と原発事故との因果関係を認めた上で東電に計1520万円の支払いを命じる判決を言い渡した。弁護団は「原発事故の重大性をとらえているという意味では非常に画期的な判決」と評価。控訴しない方針だ。


【「事故の重大性とらえた画期的判決」】
 判決の言い渡しは1分足らずで終了した。地元記者クラブの法廷内撮影が2分間だったから、それよりも短い。2015年7月の提訴から2年7カ月。長い闘いの終止符は、あまりにもあっけなく打たれた。傍聴席にずらりと座った取材陣とは対照的に、美江子さんは原告席でややうつむき加減で判決を聴いていた。
 他の原発関連訴訟も扱っている金澤秀樹裁判長が東電に支払いを命じた美江子さんらに対する慰謝料は、3人分合わせて1520万円。文雄さんから見て、次男(2011年に死亡)の妻にあたる美江子さんに860万円。2人の孫にはそれぞれ330万円。民法第709条と原子力損害の賠償に関する法律(原賠法)第3条に基づいて賠償請求したが、裁判所は原賠法のみ認定した。金額としては決して大きくないが、判決は次のような表現で文雄さんの自死と原発事故との因果関係について認めた。
 「自死と本件事故との間には、相当因果関係があると認めるのが相当である」
 しかも、判決では文雄さんがうつ状態や適応障害状態であったか否かに関わらず、原発事故による汚染と強制避難という強いストレスによって自ら命を絶ったと結論付けた点を弁護団は高く評価。
 保田行雄弁護士は閉廷後の記者会見で「(過去に原発事故による自死と認められた)川俣町山木屋の50代女性や浪江町の60代男性のケースでは、避難生活の中でうつ状態になって、その結果として自死を選択したとなっているが、今回の判決では精神的にうつ状態でなくても原発事故というストレスによって自死を選択したとしてもおかしくはないと因果関係を肯定している。ストレスの強さから自死との因果関係をストレートに肯定しており、これまでの原発自死裁判とは違っている。原発事故の重大性をとらえているという意味で非常に画期的な中身ではないかと考えている」と述べた。




(上)文雄さんの遺影を抱きながら弁護団とともに福島地方裁判所に入った大久保美代子さん(中央)。判決を受け、東電に対して「謝罪も含めて、せめて線香の1本でもたむけて欲しい」と求めた
(下)判決文で金澤秀樹裁判長は、大久保文雄さんの自死と原発事故との間には「相当因果関係があると認めるのが相当である」と結論付けた

【全村避難方針決定の夜に…】
 弁護団によると当時、飯舘村で最高齢だった文雄さんが自ら命を絶ったのは未曽有の原発事故から約1カ月が経った2011年4月12日(死亡推定時刻は午前零時頃)。
 生まれ育った村が放射能で高濃度に汚染されてしまった事に心を痛めていたところに、前日の4月11日には国による全村避難指示方針(計画的避難区域の設定)が決まり、テレビなどでも大きく報じられていた。家族に「少し長生きしすぎたな」と漏らし、強制避難で住み慣れた村を離れる事に対する強い抵抗感を口にしていたという。孫、ひ孫、玄孫(やしゃご)に囲まれ静かに余生を送っていた文雄さんの胸中はいかばかりだったか。
 そしてその夜、文雄さんは薬を入れていたビニール袋を何枚も使って二重に撚ってつないだ。102歳の「じいちゃん」は、どんな想いで輪状の紐に頭を通したのだろうか。判決では「不自由な避難生活を送る中で(家族に)看護・介護の負担をかけることに遠慮していた」と認定したが、「コミュニティの崩壊」、「奪われた日常」などという常套句では表現しきれない感情が交錯し、部外者には想像だに出来ない胸中だったのだろう。12日の朝、NHK朝の連続テレビ小説「おひさま」を見終えた美江子さんが寝室を覗いた時には、既に文雄さんは亡くなっていた。
 この時の文雄さんの状態を、判決は「自死の意味を理解できず、自由な意思による判断が阻害されるほどの状態であったとは認められない上、避難指示区域に長年生活していた高齢者であっても自死を選択しなかった者が多くいることに鑑みれば、(文雄さんの)自死が自らの意思により選択したものであることを否定できない」とした。
 汚染を生じさせる原発事故が発生し、村民を強制避難させる政府方針が決まった。慣れない土地での避難生活や家族への負担を悲観した文雄さん。飯舘村では、原発事故後に福島市内に避難、自死した女性の遺族が東電に損害賠償請求訴訟を起こして係争中だが、弁護団の1人は「追い風になる判決だ」と歓迎した。




(上)飯舘村の男性では2人目の100歳の誕生日を迎えたとして「広報いいたて」2009年1月号の表紙を飾った大久保文雄さん。原発事故さえ無ければ、こうして家族の笑顔に囲まれて人生を全うしたはずだ
(下)大久保文雄さんが亡くなったのは、政府による全村避難指示方針が決まった2011年4月11日夜。住み慣れた村から離れることへの強い抵抗感を口にしていたという(「飯舘村2年間のあゆみ」より)

【「何回も崩れそうになった」】
 「広報いいたて」2009年1月号。100歳の誕生日を迎えたばかりの文雄さんが表紙を飾った。「祝 満100歳」。飯舘村の男性としては2人目の100歳だった。5人の子ども、8人の孫、11人のひ孫、そして2人の玄孫(やしゃご)に囲まれ、元気に100歳を迎えた。明治41年生まれ。原発事故さえなければ、その後も変わらず、大勢の家族に囲まれて静かに余生を送っていたはずの文雄さん。「やっと良い結果が出た。やすらかに眠ってね」。原告の美江子さんはこの日、福島県庁での記者会見を終えると飯舘村内の文雄さんの墓前に手を合わせ、判決を報告した。
 「じいちゃんの想いを伝えられるのは私しかいない。悔しさを代弁したかった」と起こした裁判。目的は金では無い。「顔や名前を伏せては皆さんに伝わらない」と、メディアの取材にも応じてきた。そのため、周囲からは心無い言葉を浴びせられる事もあり「酷い事を言われ、何回も崩れそうになった」と振り返る。
 会見で、記者クラブメディアから東電に求める事を問われた美江子さんは「して欲しい事はただ1つなんです。おじいちゃんの仏壇にお線香1本でもたむけて欲しい。謝罪も含めて」と答えた。いくら賠償金が支払われても、文雄さんは帰って来ない。100歳を超えて自ら命を絶った文雄さんの無念は晴れない。しかし、せめて謝って欲しい。頭を下げて欲しい。願うのはただそれだけなのだ。
 判決を受けて、東電は「判決を精査した上で真摯に対応する」などとするコメントを発表したが、各地で係争中の原発訴訟でも、「真摯」とはほど遠い、加害企業とは思えない態度を貫いている。 判決で、金沢裁判長は「放射線の作用による悪影響を避けるため予期しない相当長期間の避難を余儀なくされる者の中には、様々な強いストレスを受け、その結果として、自死という決断をする者が出ることがあり得ることも、予見可能であったといえる」と被告・東電の責任を厳しく指摘した。
 未曽有の原発事故から間もなく丸7年。文雄さんの無念がほんの少しだけだが、晴れた1日だった。



(了)
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鈴木博喜

Author:鈴木博喜
(メールは hirokix39@gmail.com まで)
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