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【中通りに生きる会・損害賠償請求訴訟】「原発事故さえ無ければ」。孫との別れ、食べられぬ山菜、募る被曝不安…。東電側はリスクも心配も一蹴~第11回口頭弁論

「中通りに生きる会」(平井ふみ子代表)の男女52人(福島県福島市や郡山市、田村市などに在住)が福島第一原発の事故で精神的損害を被ったとして、東電を相手に起こした損害賠償請求訴訟の第11回口頭弁論が22日、福島地方裁判所206号法廷(遠藤東路裁判長)で終日、行われた。今回も7人の原告に対する本人尋問。やや長くなるが、そのごく一部を紹介したい。被告東電の代理人弁護士が事故で放出された放射性物質による被曝リスクを全面否定する中、時には涙を流しながら、原発事故さえ無ければ奪われなかったであろう幸せな日々、心の痛みについて述べた。次回期日は9月10日10時45分開廷。本人尋問が続く。


【壊された家族、空っぽの心】
 「原発事故は私の人生を大きく変えた。ささやかな幸せを奪ったんです」
 福島県福島市の60代女性は、息子夫婦や孫との楽しかった日々を涙ながらに振り返った。原発事故さえ無ければ、放射性物質の大量拡散さえ無ければバラバラにされることの無かった家族。「今の私は命があるからただ生存しているだけ。心の真ん中は空っぽです」。悔しさをぶつけるように語った。
 息子の妻はフィリピン出身。原発事故後、被曝を避けるための救援機が母国フィリピンから成田空港に到着した。福島第一原発から60km離れた福島市内も、公式発表でも20μSv/hを超える汚染に見舞われていた。女性の自宅も10μSv/hを上回った。離れるのは寂しかったが、80km圏内に居る自国民を救おうと救援機を派遣したフィリピン政府の決断、被曝リスクから逃れるために福島を離れようと決めた息子の判断は正しかったと今でも考えている。
 出発は2011年4月16日の朝。哀しさをグッとこらえて笑顔で送り出した。自宅前で撮影した写真に笑顔は無かった。天使のような孫を被曝リスクから守るための避難。しかし、安定した収入を得るために再びフィリピンから宮城県内に戻って生活を始めた息子夫婦だったが、日本語が決して堪能では無かった妻は徐々にうつ状態になり、2人の子どもを連れてフィリピンに戻ってしまった。「お嫁さんにはつらい想いをさせてしまった」。今生の別れになるかもしれない、と出発前に撮影した写真は、原発事故への悔しさとともに大切に保管されている。
 福島市の70代男性は、年金を受給しながら地元紙の新聞配達のアルバイトで生計を立てていた。通常、3時間ほどで終わる早朝勤務はしかし、大地震でガソリンの入手が困難になったため徒歩での配達を余儀なくされ、時には半日近くかかるようになった。阿武隈川沿いを配達しながら男性は考えた。「放射性物質を含んだ空気を吸いたくない」。新聞配達の仕事を辞めた。
 政府が「ただちに健康に影響無い」と発表しているのは分かっていた。だが、健康被害はいつ、どのような形で現れるか分からない。自分を守ろうと必死だった。独り暮らしの自宅は室内でも0・4μSv/hあった。こまめに掃除をした。食べ物も、なるべく原発事故前と同じような状態のものを食べたいと考えた。「そもそも、悲観的になる事自体が原発事故による損害なんです。わずか4万円の慰謝料では到底、納得出来ません」。
 ようやく実施された自宅の除染だが、除染で生じた汚染土を自宅敷地内に埋めるか地上保管するかの選択を迫られた。どちらも拒否するという選択肢は与えられなかった。どちらかの保管方法を選ばなければ除染してもらえない。男性はやむなく地上保管を選んだ。「苦しい選択でした。自宅に汚物を撒かれて我慢しろと言われているのと同じですから」。




閉廷後に開かれた勉強会。本人尋問を終えた原告たちはようやく緊張から解放され、「何回もリハーサルをしたのに上手く話せなかった。やっぱり練習と実際の法廷は違う」と感想を口にした。原発事故さえ無ければ、こんな想いもする必要が無かったのだ=福島市市民会館

【ガン発症した10代の娘、母の悔しさ】
 中通りで娘と暮らす40代の女性は原発事故後、政府の避難指示が出ない中で〝自主避難〟するべきか悩みに悩んだ。知人は次々と福島県外へ子どもを連れて避難して行った。出来る事なら私も娘を連れて避難したい。でも、家計や仕事の事を考えると出来なかった。鬱々とした日々。1日だけだとしても線量の低い土地へ行こうと車で会津若松市へ行くのが精一杯だった。
 あれから7年。大切な宝物であり希望をもたらす存在である娘は今、ガンと闘っている。臓器の摘出は免れたが、まだ10代の娘はいつ、事態が深刻化するか分からない。将来の結婚や出産へのリスクも心配だ。そもそも、喫煙も飲酒もしない、ガン家系でも無い娘がなぜ、ガンを発症したのか。調べると、当該部位のガンは高齢男性に比較的多い事が分かった。10代の症例は少ないと主治医も驚いた。「先生はエコー検診の画像を見て思わず『まさか』と口にしたほどでした」。
 もちろん主治医が「原発事故が原因」と判断したわけでは無い。断定は出来ないが、調べれば調べるほど考えられる原因は低線量被曝しか考えられない。県外避難が叶わず福島県内で生活して行かなければならない以上、出来る限り気を付けてきたつもりだった。娘は今後も、苦痛を伴う検査を3カ月から半年ごとに受けなければならない。「原発事故が起きずに娘がガンを発症していたら、こんな事を考えずに病気を受け入れられたと思います。原発事故さえ無ければガンにならなかったのではないか、と考える事自体が苦痛なんです。悔しくて仕方ないです」。
 愛犬を亡くした哀しみや食材を巡って家族といさかいが生じてしまったつらさを語ったのは、福島市の60代女性。
 内部被曝を恐れた娘たちは原発事故後、女性の作る料理を食べなくなった。作っても、冷蔵庫にそのままの状態で残されている事が増えた。否定されたと考えた女性は原発事故から2年後、一人暮らしを始めた。「それまで仲良く暮らしていたのに、顔を見るのがつらくなってしまった」。原発事故さえ無ければ…。
 愛犬のラブラドール・レトリーバーと河川敷を散歩するのが日課だった女性。放射性物質が集まっていたであろう草むらを好んで歩いた愛犬は2015年9月、膀胱ガンと診断され亡くなった。獣医師が「被曝が原因」と断じたわけでは無い。「でも、私は内部被曝をしたのでは無いかと考えています」。娘たちと離れて暮らすようになり、気持ちが落ち込んでいたところに愛犬の死。それまで軽度だったぜん息が悪化し、入院するほどになった。「原発事故が無ければ娘たちと別れる事も愛犬が亡くなる事も無かった」。大切なものを奪われた悔しさは晴れないままだ。




(上)主尋問では一見、厳しい口調で原告に質問する野村吉太郎弁護士。実は原発事故被害者の事を第一に考えている弁護士の1人だ
(下)この日の口頭弁論期日までに被告東電が提出した準備書面(12)の一部。今回も「原告らの生活空間に放射性物質が存在するということだけでは足りない」、「自主的避難等対象区域内の空間放射線量は本件事故直後より年間20mSvを大きく下回っているという実情にあり、これは健康上問題となるものではない水準」などと原告の主張を一蹴している

【東電「健康リスク無い」「避難も必要無い」】
 長年、看護師として働いた経験から、孫への健康影響を案じているのは福島市の70代女性。外遊びを禁じても屋外に出て石や土に触れようとする孫に「駄目」と叱ってばかり。「理想的な孫育てが出来なくなりつらかった」。
 別の70代女性は、いつ行われるか分からない行政の除染作業を待てず、里帰り出産をする娘のために自主的に自宅の除染を行った。「安全な環境を用意してあげるのは親として当然です。そんな必要無かったなんて言って欲しくない」。〝除染作業〟は1カ月ほど続き、腰や足を痛めた。全ては娘や孫を放射線から守るためだった。庭に実ったユズは原発事故から3年経っても160Bq/kgを超え、やはり庭で実ったカキを自宅軒下に吊るして作った干し柿は、5年経った2016年でも30Bq/kgを計測した。市役所が設置した測定所の係員は「この数値なら食べられますよ」と言ったが、食べられなかった。「ごめんねと言いながら捨てました」。大好きだった地元の野菜や果物を避けざるを得ない苦しみはしかし、被告東電には理解されない。
 福島市の60代女性も、泣く泣く避難先の山梨県へ孫を送り出した。「宝物であり財産。かわいくてしかたない」孫を、大地震直後の給水の列に並ばせてしまった事を女性は今でも悔いている。大好きな山菜は食べられなくなり、家庭菜園もあきらめた。原発事故さえ無ければ家族をバラバラにされる事も無かった。
 しかし、被告東電の代理人弁護士は反対尋問で「「専門家は、原発事故直後から『(福島市内で)洗濯物を屋外に干しても、子どもを屋外で遊ばせても問題無い』と言っていた」、「文科省は3・8μSv/h(年20mSv)以下であれば校庭を使っても良いとする通知を出していた」、「100mSv以下の放射線被曝による確率的影響を疫学的に検出することは困難、という知見を知っているか」などと原告たちが原発事故以降に抱き続けている不安や苦痛を全否定。食材を巡る家族間での言い争いも、県外避難に伴う家族の離散も、高圧洗浄機などを使っての〝自主除染〟もそもそもが必要無かったと繰り返した。
 原告の本人尋問は9月以降も続く。「絶対に安全」と言われ続けた原発がひとたび事故を起こすと、加害当事者である電力会社は絶対に健康へのリスクを認めず、当然抱くであろう不安や心配、懸念にも聴く耳を持たない。「最後の1人までていねいに対応する」と公言する東電の真の姿が如実に表れた法廷の真ん中で、これからも原告は声をあげていく。



(了)
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プロフィール

鈴木博喜

Author:鈴木博喜
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