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【原発PR看板】「原発推進は間違いだった」。双葉町民の悔恨と決意。町は展示のプランなく撤去強行~標語考案した大沼さんが都内で講演

福島県双葉町に掲げられていた原発推進標語「原子力 明るい未来のエネルギー」を考案した大沼勇治さん(40)=茨城県古河市に避難中=は23日夜、都内で講演し「原発推進は間違いだった。明るい未来じゃなかったんだと後世に伝えていきたい」と語った。6502筆もの署名が集まったにもかかわらず標語が掲げられた看板は撤去されてしまったが、大沼さんは今後も、展示保管されるように町に訴えかけていく。「間違いは自分にしか訂正できない。現実を伝えるために双葉町を撮り続ける〝目〟となる」。2児の父親でもある大沼さんは東京五輪でも世界に脱原発を発信するべく、活動を続けていくと語る。


【「間違いは自分にしか訂正できない」】
 一枚の写真が哀しかった。
 双葉町長から直立不動で賞状を受け取る坊主頭の少年。「町から表彰されたのは最初で最後。誇らしかった」。あれから28年。まさか標語のことで再び町長と向き合うことになろうとは、想像もしなかった。それも全く逆の立場になろうとは。そして、町のシンボルとして掲げられてきた標語が外されることになろうとは。
 標語を考えたのは小学校の宿題だった。東電社員が定期的に学校に来ては「原子力教室」と称して安全を盛んに口にしていた。つくば万博に胸躍らせた少年が、原発推進で漫画で描かれるような輝かしい未来がやって来ると考えるのも無理はない。281点の中から優秀賞に選ばれた標語はその後、町のシンボルとして掲げられることとなった。しかし結婚した翌年に、その原発が人生を町を大きく狂わせることになってしまった。報道で目にするたびに「人生を全て否定されるような思いだった。胸をえぐられるようだった」。
 自分が考案した標語だということは、隠しておけば楽だった。「黙っていようか、すごく悩みました」。原発事故後、メディアは「原子力 明るい未来のエネルギー」という標語を皮肉交じりに報じた。ネット上でも写真がどれだけ拡散されたか分からない。避難先の愛知県では、浜岡原発への反対運動が行われていた。腹は決まった。「間違いを認めよう。間違いは自分にしか訂正できない。落とし前をつけよう」。
 メディアに顔も名前も晒すようになった。都内の東電本社前で、妻と白い防護服を着て「NO NUKES」と掲げた事もあった。3人の警察官にあっという間に取り囲まれた。逮捕も覚悟した。でも、どうしても「アンダーコントロール」という安倍晋三首相の言葉が許せなかった。原発事故を世界に発信したかった。「写真だけでも撮らせてくれ」。警察官に事情を話すと、3人は少し離れて夫妻を見守った。
 双葉町民は事故前、4人に1人が原発関連の仕事に就いていた。あからさまな反原発の活動に賛同しない町民が多いだろう事は容易に想像できた。それでも決意は変わらなかった。2人の息子は原発事故後に生まれた。3歳と5歳になった。「子どもたちは双葉町での写真が1枚も残っていません。彼らが大きくなった時、『親父は何やってたんだよ』と尋ねられて、きちんと答えられないと嫌だなと思ったんです」。親父の胸から迷いは消えていた。


「原発は間違っていた。明るい未来じゃなかったんだ、と後世に伝えていきたい」と語った大沼勇治さん=東京都北区

【撤去反対署名は6502筆】
 2015年3月議会。伊澤町長が電撃的に撤去を表明し、撤去費用を新年度予算に盛り込んだ。「老朽化し、一時帰宅した町民に危険が及ぶ可能性がある」という理由だった。しかし、大沼さんは自身が撮影した写真を見せながら反論した。「倒れた自動販売機もそのまま。今にも崩壊しそうな家に歩道橋。それらの撤去が先でしょう。何より、放射性物質を撒き散らした原発こそ撤去して欲しいですよ」。聴衆から大きな拍手が起きた。標語が掲げられていた場所では、いまだに大沼さんの線量計は5μSv/hに達する。「撤去より除染が先でしょう。言ってる事がおかしいんですよ。それに、標語が掲げられていたアーチは電源三法交付金で建てられたから頑丈につくられているんです」。
 そもそも双葉町は96%が帰還困難区域に指定されており、バリケードの中への立ち入りは町の許可が要る。アーチは国道6号に面した場所に設置されていたが、日常的に人や車が通るような場所ではない。崩壊の危険性を理由に撤去を急ぐ理由が無い。標語の存在が国や町にとって不都合なのは明らかだった。
 「遺構として現場に保存するからこそ意味がある」。大沼さんはすぐに署名集めに奔走した。インタ―ネットで呼びかける一方、仮設住宅を巡った。原発が爆発した当時の菅直人首相や枝野幸男官房長官にも会いに行った。福島県知事を追われた佐藤栄佐久氏からも署名をもらった。小泉純一郎、細川護煕両氏にも手紙を送ったが返事は無かった。首相夫人の安倍昭恵氏からも反応は無かった。それでも、メディアに大きく取り上げられたこともあり、6502筆の署名が集まった。昨年6月8日、現場保存を求めて伊澤町長に署名を提出した。町長は「重く受け止める。大局的に判断したい」と話したが、9日後には町議会で撤去を表明した。「町長にとっては、大局的な判断と撤去が同義語なのか…」。
 そして昨年12月、撤去工事が始まった。多くの記者が取材に訪れたが伊澤町長は現場に来ず「双葉町が復興した時にあらためて復元、展示を考えている」とわずか数行のコメントを発表したのみ。標語の文字盤は短時間で取り外された。「一瞬で起きた原発事故と同じようにあっけなかった」。大沼さんはこう力を込める。「看板は権力の力で消されたが、原発推進の過去が間違っていたという真実は永遠に消えない」。
 取り外された文字盤や支柱は、いわき市内にある双葉町役場でブルーシートに覆われて保管されている。伊澤町長の言う「町が復興したとき」がいつなのか、誰にも分からない。具体的な保管・展示方法も決まっていない。


2015年12月21日午前、撤去が始まった標語。現場保存を求める署名は6502筆に達したが、双葉町の伊澤史朗町長は「老朽化」を理由に解体した。現在はいわき市内の町役場に置かれている。展示のめどは立っていない

【「再生可能 明るい未来のエネルギー」】
 「明るい未来」をもたらすはずだった原発が爆発し、避難を余儀なくされた。道の駅で一晩過ごし、妻の実家のある会津若松市へ避難した。妻は妊娠7カ月だった。その後、親類のいる愛知県へ移動し、県営住宅に身を寄せた。2011年7月に初めて一時帰宅した際、バスの車中で線量計は48μSv/hを超えていた。翌日、鼻血が出た。これが「明るい未来」の現実だった。以降、今月19日までに一時帰宅は72回を数える。
 帰るたびに記録のために写真を撮っている。雑草が生え、道が道でなくなった。イノシシやブタが町をうろついていた。それらが荒廃してイノブタになった。「さらに交配が進んでイノイノイノブタになっているようだ」。大雪が降っても足跡ひとつ無い。かつて「死の町」と発言して辞任に追い込まれた大臣がいたが、大沼さんが取り続けて来たのはまさに町が荒廃して行く様子だった。「電源三法交付金で建てられた駅舎や役場、図書館などのハコモノは、原発事故が起きてしまったら何の意味も持たない」。店名に「アトム」が付いた寿司店やパチンコ店、書店も時が止まったまま。それを子どもたちに伝えていく。「現実を伝えるために双葉町を撮り続ける〝目〟となっていきたい」。
 「原発推進は間違いだった。明るい未来じゃなかったんだと後世に伝えたい」。川内原発(鹿児島県)が再稼働された時には、妻と2人で「これが原発立地地域の未来です!!」と掲げて標語の前で写真を撮り、再稼働反対を表明した。双葉町も通る国道6号では東京五輪での聖火リレーも計画されている。標語は外されてしまったが、テレビを通して原発事故の現実を世界に伝えたい。「自費で脱原発の看板をつくることも考えています」。
 太陽光パネルの仕事に従事する大沼さん。今の標語はこれだ。
 「再生可能 明るい未来のエネルギー」



(了)
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プロフィール

鈴木博喜

Author:鈴木博喜
(メールは hirokix39@gmail.com まで)

大手メディアが無視する「汚染」、「被曝」、「避難」を追い続けています。

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