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【96カ月目の福島はいま】「被曝リスク」という新たなストレス下での子育て、不安にフタして送る〝いつも通り〟の生活~成井香苗さんの講演から見えてきた原発事故後の子育てと子どもたち

地元メディアは「復興」や「元気」ばかりが報じられる原発事故後8年の福島。しかし、臨床心理士でNPO法人「ハートフルハート未来を育む会」理事長・成井香苗さんが2月下旬に郡山市内で行った講演からは、原発事故に巻き込まれ続けている子どもたちや不安にフタをしながら「普段通りの生活」を送っている大人たち様子が浮かび上がってきた。福島県の県民健康調査検討委員も務める成井さん。被曝リスクという新たな子育てストレスと闘ってきた親や子どもたちに及んだ弊害について「震災後、子どもたちはどのような経験をしたのか」と題して語った。「CAPこおりやま」の主催。


【新たな子育てストレス「被曝リスク」】
 「福島の子どもたちの多くは、津波の被害というよりも原発事故の問題が大きかったのです。原発事故により起こった出来事に子どもたちはさらされてきたと考えています。なので、今日は原発事故を中心に考えて行きます」
 成井さんは原発事故の概要に触れながら話し始めた。そして、津波被害と原発事故被害との違いについて、次のように語った。
 「津波被害によって避難生活を送っている方との違いで特徴的なものは『あいまいな故郷の喪失』という事です。原発事故の場合は家も土地もあるんです。だけど避難しなければいけない。あるいは、子どものためには暮らせないという避難(いわゆる〝自主避難〟)もあった。それが時の経過とともに戻れる所と戻れない所が見えてきましたし、戻れると言ったって本当に戻って良いのかどうかという不安な状況が続いているのも事実です」
 「『あいまいな喪失』は伝統的な暮らしの喪失をもたらしましたし、今まで食べていたものが食べられなくなりました。避難生活はコミュニティを崩壊させ、複雑な補償問題は住民同士の対立を生み出しました。対立は強制的に避難を強いられた人々の間にもありましたし、強制避難者を受け入れたいわきや中通りの住民との間にもありました。きれい事だけでは無いんですよね」
 原発事故がもたらす苦悩は、様々なストレスとなって大人を覆い始めた。
 「子どもを育てている親のストレスはなおさらですよね。子どもの健康まで心配しなければいけなくなったんですから。甲状腺の問題も心配だし、食べ物が子どもたちの将来の健康にどのように影響するかも心配です。考えなければならないことがいっぱいいあったんです」
 そしてストレス下での子育ては当然、子どもたちにも影響したという。
 「親たちは子どもをどうやって守ろうかと悩んだ上に避難をし、悩んだ結果、食べ物を制限し、悩んだ末に外遊びをさせないという事を決めました。それらは結果として、子どもたちにもストレスを与える事にもなりました。『愛ゆえに苦しくなる』とでもいうような状況になりました。子どもへの虐待も増えました」


母親の胸で眠る赤ちゃん。原発事故後、母親たちはわが子を被曝リスクから守るという新たなストレスを抱えなければならなかった。成井さんはそれが子どもたちにも影響したと指摘する

【不安口にしない子ども、ストレスが無意識化した大人】
 福島県児童家庭課によると、福島県内の児童相談所で扱った児童虐待に関する相談件数は2017年度は1177件に上る。これは、震災・原発事故前の2010年度の224件と比べると実に5倍以上の伸びだ。1177件のうち771件は〝面前DV〟などの「心理的虐待」という。しかし、これは全国的な傾向と一致しており、福島に限った事では無いと児童家庭科の担当者は分析している。
 「近年の児童虐待件数の増加は全国的な傾向です。2016年4月に警察庁が『児童虐待への対応における関係機関との情報共有等の徹底について』という通達を出しましたが、それも影響していると思われます。今は70%が警察からの通告です。そういう意味で認知が進んだ結果だとも言えるでしょう。福島特有の問題では無いとみています。確かに原発事故が無ければ起こらなかった案件もあるかもしれませんが…」
 被曝リスクを避けるために外遊びを制限された子どもたちは、屋外で身体を動かす事によるストレス発散が出来なくなった。
 「子どもたちは健気なので一見、元気そうです。確かに子どもたちは『元気』で、学校生活もにぎやかに送っていましたが、心の中に抱えていたものはそこからは見えません。子どもたちは不安を口にはしないし、自分が不安だという事さえ分からなかったかもしれません。ただ何となくイライラするとか、落ち着いて居られないとか、そんな感覚だったと思います。表面的なふるまいからは分からないのです。そういう子どもたちを見てきました」
 2017年3月末に帰還困難区域を除いて避難指示が解除され、〝自主避難者〟への住宅無償提供も打ち切られた。
 「避難した方々は、何が正しい判断なのか誰も分からない中で判断を迫られました。総合的に考えて判断するしか無かった。そこで戻らないと決めた人には、今度は故郷を捨てたという罪悪感が襲ってきました。『あいまいな喪失』が『明確な喪失』になったのです。それが新たなストレスになりました」
 避難先から戻った人は新たな人間関係の構築を迫られ、避難先での生活を継続する人は、新たな土地での適応を求められた。では、成井さんのように避難しなかった人々はどうだったのか。
 「自分たちが原発事故でストレスを抱えている事を気にしなくなりつつあります。」でも、お母さんたちに良く話を聴くと、『原発事故なんて気にしていないわ』と言っているのに、いまだに水道水を飲ませていない、子どもが帰宅したら意識的に手を洗わせている。もはや無意識的に日常の中に溶け込み出しているのです。ストレスが日常に組み込まれ無意識化した状態なのです」




福島県の県民健康調査検討委員も務めている成井香苗さん。講演では「増え続ける小児甲状腺ガンの問題は、原発事故が原因なのかまだ答えは出ていません。健康不安は続いています。それは甲状腺だけの問題ではありません。免疫力の低下など心配は永遠に続くのだろうと思う」とも述べた=郡山市立中央公民館

【不安にフタして「普通に」暮らす】
 2011年3月当時に乳幼児だった子どもには、「親子の愛着形成不全」が見られるという。
 「『ここで暮らして良いのか』など、みんな必死でした。震災後の手続きや放射能の情報収集に追われて、お母さんがスマホを見る時間が増えました。子どものためなんですけどね。愛着は目と目が合う事で育ちます。愛着形成不全から言葉の遅れが生じる子どももいました」
 児童・生徒は当時、外遊びが制限された。その結果、外遊びのやり方が分からない子どもが増え、ゲームをする子どもも多くなったという。
 「体力が低下し、肥満率が上がりました。外遊びのやり方が分からないから、早々に切り上げて帰宅してゲームで遊んでしまう。でも、親もそれを止められなかったんですよね。放射線量の高い場所に近づく恐れのある屋外よりは、室内でゲームをしてくれている方が安心なんです。外で遊びなさいって言えなかったから、一気にゲームが広まったんです」
 福島県の県民健康調査検討委員も務める成井さん。講演では甲状腺検査にも触れた。
 「検査でのう胞や結節が見つかり経過観察中の子どもは、親にも友達にも不安を口に出来ません。不安を隠そうとするから、学校では異様に明るく振る舞うんです。親も触れたくないからきちんと向き合っていないので、子どもが自分の甲状腺の状態をきちんと理解出来ていないんです。甲状腺検査の結果はプライバシーが厳重に保護されていますから、誰が甲状腺ガンなのかは誰にも分かりません。でも、分からないという事は反面、誰からもフォローされていないという事にもなります。子どもたちは不安の中で生活させられているのです。子どもの幸せを守る事と個人情報を守る事とどっちが大切なのでしょうか。本来は秘密を守った上でスクールカウンセリングなどでさりげなくフォロー出来るようにするべきです。検討委で学校と共有するよう提案すると『プライバシーの問題がある』と言われてしまいます。『個人情報保護』を見直す時に来ていると思います。そうでないと虐待死も防げません」
 講演後、主催した「CAPこおりやま」代表の松本美津子さんは「いま、中通りでは『普通の生活』をしているので、不安を抑えているというかフタをしている状態ですよね。心の根底には不安を持ちつつ、普段通りの生活をしている。県外避難はせず、ここで生きていくと決めた時点で心にフタをしたのでしょうね。原発事故が無ければそんな想いをする必要はありませんでした。それに『普通に暮らしている』という事と『100%安全』とは違いますから」と話した。これが、県職員までもが「もはや多くの人が普通に暮らしている」福島の、一つの側面なのだ。



(了)
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鈴木博喜

Author:鈴木博喜
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