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「恥をしのんで福島に来た」「原発事故、本当に申し訳ない」。週刊誌報道で東電退職した元福島復興本社代表・石崎芳行氏が二本松市で講演。「原発は当面は必要悪」発言に怒号も

昨年3月末で東電を退職した石崎芳行氏(65)=元福島復興本社代表、副社長=が24日午後、福島県二本松市内で行われた「下村満子の生き方塾」で講演し、「安全に対する想像力の欠如が原発事故の最大の原因」、「御迷惑をおかけして本当に申し訳ない」、「今の日本には当面は原発は必要悪」などと語った。「原発容認論」には聴衆から怒号も飛んだ。退職直前には週刊文春で「被災地運動家と関係を持ったら、5000万円要求された」などと報じられ、表舞台から姿を消した石崎氏。「生き恥をさらしに来た」、「何としても福島の復興に微力を尽くしたい」とも口にしたが、ADR和解案拒否など〝加害者意識〟に欠けている東電の体質にはほとんど言及せず、「1年ぶりの福島での再スタート」にしては物足りない講演だった。


【「被曝リスクは専門家の意見で判断を」】
 「そういう事はね、原発推進者の集まった所で言えば良いんだよ!ここで言うべき言葉じゃねえべ!」
 質疑応答の終盤、一般参加者席で聴いていた男性が、もう我慢ならぬといった様子で大きな声をあげた。講演中も、佐藤彌右衛門氏(会津電力社長、大和川酒造会長。福島県喜多方市)の質問を受ける形でも、石崎氏は日本のエネルギー問題について「原発再稼働やむなし」という趣旨の発言をしていた。
 「原発が全てだとは思っておりません。しかし、原発を完全に無くしてしまうのは、日本にとっては今すぐには取り得ない選択だと思います。太陽光や風力、地熱などいろいろな再生可能エネルギーをとにかく総動員させて、当面は使える物は何でも使うというのが日本の取るべき道だと思う。原子力について問題がいっぱいある事は分かっていますけれども、それでも動かせる物は動かした方が良い、動かせる間はですね。当面は」
 「その原点は何かって言うと、堺屋太一さんの『油断!』(1975年刊)という小説なんですよね。あれをまた今年読み直して、忘れていた事がたくさんあってがく然としたんですけど。『原発止まっていて全然停電無いじゃないか』って、それはおっしゃる通りでしたけれども、片や、火力部門の四苦八苦も良く見ていましたし、すぐに(原発を)やめるっていうのは…」。
 講演会を主催した下村満子氏(元朝日ジャーナル編集長)が、声をあげた男性に「そういう発言はちょっとやめていただきたい。どんな意見であろうと思った事を言う。この場に居る全員が原発反対かどうかも私は分からないので、ちゃんと最後まで聴いて」ととりなしたが、原発事故で最も激しく汚染させられた福島で、元東電副社長が原発再稼働容認論を口にすれば、激しい反発にあうのも当然だ。
 大熊町議会議員の木幡ますみさんも「2004年に『自家発電設備を高い場所に上げてください。今やらないと後で大変な事になる』と言いました。でも『馬鹿な事を言ってるんじゃないよ。そんな金がかかる事はやってられない』と言われました。亡くなった吉田所長にも後に同じような事を言われました」、「世間では復興、復興と言われているが、空間線量が低くなったから帰りなさいと言われても、まだまだ高いんです。テレビで常磐線・大野駅が1・6μSv/hに下がりました、良かったですねなんて言っていたけれど、え?1・6μSv/hで下がったのかね、おかしいでしょと思います」と発言した。
 これに対し、石崎氏は「本当にいろいろご迷惑をおかけして申し訳ありません」とした上で「どの程度まで放射線を浴びても大丈夫かという事に関しては諸説あり、一言では言えない。お一人お一人がどう感じるかという問題になると思う。まずはきちんと測って、飯舘村に住んでいる田中俊一さん(原子力規制委員会・初代委員長)のような専門家と意見交換をし、ご自身がどこで納得するかという事しか最後は無いと思う」と答えた。


「下村満子の生き方塾」に招かれ、「今だから言える、生き証人として内部から見た、福島原発事故の実態」と題して講演した石崎芳行氏=二本松市の福島県男女共生センター

【「菅総理、もう少しやり様あったのでは」】
 石崎氏は1977年に慶応大学法学部を卒業後、東京電力に入社。「戦後、日本の電気事業の立て直しに大活躍された大先輩がいました。松永安左エ門という方ですが、その方の本を学生時代に読んで大変感動し、自分が仕事としてやっていく道はこれしか無いという想いで電力会社に入りました。41年間で多くの部門を経験し、〝たらい回しの石崎〟とのあだ名が付けられました」。
 「私は1953年生まれ。『鉄腕アトム世代』です。夢中になって観ていました。だから原子力と言えば鉄腕アトム、鉄腕アトムと言えば原子力でした。そういう想いで入社しました」
 動燃(動力炉・核燃料開発事業団)に2年間出向したが、高速増殖炉「もんじゅ」のナトリウム漏洩事故や、茨城県東海村の再処理施設でのアスファルト火災爆発事故が起きた時期。「世間からは『嘘つき動燃』、『動燃を潰せ』と言われていた」、「原子力屋の世界はこういうものかと分かった」。東電本社に戻ると、今度はトラブル隠し問題、データ改ざん問題が起きた。「愕然としました。まさか自分の会社でこんな問題が起こるとは…。広報部門を担当していたので、世間から散々、お叱りを受けました。原子力を本気で叩き直さなければいけない、と社内での批判者になりました。あまりに私が厳しく言うものですから、当時の社長に『お前がやってみろ』と言われました。福島第二原発の所長になりました。富岡町に住みました。一番素晴らしい思い出のある3年間です」。
 東京の本社に戻った翌年、東日本大震災と原発事故が起きる。
 「非常災害対策本部が設置され、私もそこに居ました。テレビ会議で現場と本社をつなぎました。残念ながら無くなってしまいましたが、福島第一原発の吉田昌郎所長(当時)は同じ社宅で子ども同士、女房同士も仲良しでした。彼の叫びが耳に焼き付いています。そして、彼に対する本社側の偉そうな指示も耳に焼き付いています」
 菅直人総理(当時)については「総理がすごい勢いで会社にいらした時も私もその場におりました。直接、総理と話したわけでは無いし、いろんな事を知りたかったのだろうが、もう少しやり様があったのかもしれません。現場を知りたい中央サイドと、いま細かい事を聴かれたって、それより先にやるべき事があるだろという現場の意識と軋轢はあった」と語ったが、それ以上は具体的には言及しなかった。
 当時の清水正孝社長に同行し、避難所をお詫び行脚。冷え切った体育館で土下座をした。「震災前、『地震が起きたら発電所が一番安全だから避難して来てくださいね』と平気で言っていた。お前嘘をついたな、という視線でした。本当に申し訳なく、お詫びをするしか無かった。ある体育館では、帰り際におばあちゃんから『今は大変だけど頑張ってね』とあめ玉をもらった。うれしかったのと同時に、そういう方たちに御迷惑をおかけして自分は逃げるわけにはいかない。そういう想いで今でもおります」。


講演で、石崎氏は「本当にいろいろご迷惑をおかけして申し訳ありません」と繰り返した一方、「原発を完全に無くしてしまうのは、日本にとっては今すぐには取り得ない選択だと思う」とも語り、聴衆から怒号を浴びる場面もあった

【〝加害者意識〟欠く東電には言葉少な】
 昨年の週刊文春報道を念頭に置いてか、30分ほどの講演では、何度も「ある意味、私は原発事故の生き証人。今日は恥をしのんでやって来た」、「東電を辞めて1年も経っていないので、何だもう出て来たのかと思っている方もいるかもしれません。でも、こういう機会を与えていただいた温かい心配りに応えなければいけないという想いで、生き恥をさらしてやって来ました」と繰り返した石崎氏。
 「昨年、ちょっといろいろあって会社を辞めました。この1年間はほぼ自宅におりましたけれども、すっかり女房の尻に敷かれました。このまま人生を終えてはいけない。福島のために尽くす新しい道を探しているところであります」、「何としても福島の復興に微力を尽くしたい」とも語ったが、ADR和解案拒否や各地の被害者訴訟での主張など〝加害者意識〟を欠いている東電の振る舞いへの言及は無し。
 東京五輪招致スピーチでの安倍晋三首相の「アンダーコントロール発言」に関しての質問には「放射性物質を含んだ大量の水は発電所の港湾施設内に影響はとどまっている、それがアンダーコントロールだ、という趣旨のご発言だと理解している」と答えるなど、「原発事故の生き証人」を自負する割には慎重な発言に終始していた。
 「原子力の本質は本当に危険です。福島第一原発を造ってからの40年間に出来た事はたくさんあったと思います。危険な物を扱う技術者として企業としての責任というのは、今日よりは明日の安全を向上させる事。そういう覚悟が無ければ原子力を扱ってはいけないと思います。日本にとって原発は当面は必要悪だと思っていますが、原子力を扱う資格があるか、資質があるかどうかが一番の問題だと思います。電力会社もそれを自ら問うて今後に生かしていかなければいけないと申し上げたい」
 そう強調した石崎氏だが、原発事故後の会社としての木で鼻をくくったような振る舞いをどう見ているのか。原発事故後に掲げた「3つの誓い」(損害賠償の迅速かつ適切な実施のための方策)に背くような態度をとり続けているのではないか。それを講演後に質したが、石崎氏は「加害者意識が欠如していると感じられるのであれば、それは残念です」と答えるにとどまった。
 「母方のじいさんが会津で私も半分は福島の人間」とも話し、福島に寄り添う姿勢を前面に出した石崎氏の講演のタイトルは「今だから言える、生き証人として内部から見た、福島原発事故の実態」だった。原発事故後、東電は各訴訟で過酷事故の回避可能性を否定し、被曝リスクも被曝への不安も精神的損害も全て否定し続けている。そんな東電の振る舞いを〝身内〟から糾弾する覚悟と行動が石崎氏には必要なのではないか。それでこそ、被害者から信頼される真の「生き証人」となり得る。その意味では、大いに物足りなかった講演だったと言わざるを得ない。



(了)
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鈴木博喜

Author:鈴木博喜
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