【65カ月目の福島はいま】改めて問う。「福島県産は食べたくない」は「風評加害」か?
- 2016/08/13
- 07:07
立秋を過ぎ、福島県内では桃や梨、ブドウがたわわに実っている。中でも全国2位の収穫量を誇る桃は〝果物王国〟福島のシンボルでもあるが、原発事故の影響が今も続き、価格や売り上げの回復には至っていない。内堀雅雄県知事自ら、消費者が福島産を避ける心理を「風評」と位置付け、風評払拭に奔走する。テレビでは人気アイドルが「美味しい」とPRする。農家の中には消費者に怒りをぶつける人もいる。しかし、被曝リスクを心配して福島産を買わない消費者は「風評加害者」なのだろうか。福島市や伊達市など中通りを巡って改めて問う。買わない消費者が責められるべきなのか。
【「東京のための発電所じゃないか」】
「風評以外の何物でもないよ。きちんと検査をしてセシウムは(100Bq/kg以上)検出されていない。それでも『放射能が心配』と買ってもらえない。それが風評でなくて何だ」
桃や梨、ブドウの果樹園が並ぶ福島県福島市の「フルーツライン」。60代の桃農家は、激しい口調で怒りをぶつけた。
売り上げは、一番酷い時期で原発事故前の4割にまで落ち込んだ。東京都内のスーパーマーケットでは「福島の果物を並べると他のものまで売れなくなる」と陳列すら断られた。悔しかった。「あの原発は誰のための発電所だ?福島県民のためじゃない。東京のためじゃないか。でも、いざ事故が起きたら東京の連中が一番『福島産』を避けている。そんな馬鹿なことがあるか」。
そして怒りの矛先は、被曝リスクを避けるため同じ中通りから福島県外に出た〝自主避難者〟へ向けられた。
「避難先で『福島のものは食べたくない』などと風評をまき散らしているんだ。本当に困るんだよ、そういう事をされると。何から何まで補償を受けているくせに…。俺みたいに真面目に事業を再開した者が損をするなんておかしいだろう」
ちなみに〝自主避難者〟が「何から何まで補償を受けている」というのは誤解だ。原子力損害賠償紛争審査会の指針で「(政府の避難指示が出ていない)自主的避難等対象区域」に指定された区域からの県外避難者は、母子避難(18歳以下の子ども1人、妊娠していない母親1人)の場合、計84万円を受け取ったにすぎない。白河市や西郷村などは対象区域から除外されたため、もっと少ない。唯一の支援策と言われている住宅の無償提供も、2017年3月末で打ち切られようとしている。
農家にそれを伝えても、聞く耳を持ってもらえなかった。「俺達、農家が何か悪い事をしたのか?」という問いに、私は大きく首を振るしかなかった。そして、農家はこうも言った。
「こんな状況なのに、まだ国は原発を再稼働させている。そんなに安全なら東京湾に造れば良いんだ」
やり場のない怒りをぶつけるしかない農家もまた、原発事故の被害者なのだ。


最盛期を迎えている福島の桃。農家の1人は「いまだに放射能の心配して買わないのは『風評被害』だ」と声を荒げた=福島市の「フルーツライン」
【「逆の立場だったら食べない」】
「風評被害」という言葉は、震災のあった2011年末の「新語・流行語大賞」にも選ばれた。「被曝を恐れる心理から、農畜産物や魚、工業製品が過剰に避けられたりした」。食品検査の放射性セシウム基準値が500Bq/kg(現在は100Bq/kg)に設定され、それをクリアした米や野菜、魚を買わない消費者は「風評被害を助長する」と責められた。農水省は「買って応援」、「食べて応援」キャンペーンを展開し、福島県内の学校給食には地元の米や野菜が食材として使われるようになった。例えば福島市は、原発事故後は会津産の米を給食に利用していたが、福島市産に切り替えた。「地元の人間が食べないものを県外の人たちに買ってもらるわけがない」というのが理由だった。
内堀雅雄県知事も初当選後の記者会見(2014年11月12日)で、さっそく「風評払拭」という言葉を使っている。その後の定例会見でも「政府自身が我が事として、この風評問題に向き合えるかどうかが今後の福島の復興・再生に大きく関わります」(2015年8月26日)、「風評は、残念ながらどんなに説明を尽くしてもなかなか受け入れていただけない」(2016年4月11日)、「福島県の農産物、あるいは観光、すばらしい宝物がそれぞれありますが、それが正確な情報として理解をされていない、評価されていないという現状があります」(2016年5月16日)などと地元記者の質問に答えている。
消費者が「福島産」を避けるのは「過剰」なのか。夫とともに福島市内で桃農家をしている女性(61)は「やむを得ないと思う」と県外の消費者に理解を示した。「もちろん、買ってもらえないのは残念ですよ。でもね、逆の立場で私が福島県外で子育てをしていたら、やっぱり子どもには食べさせたくないって考えるんじゃないかな。そりゃ敏感になりますよね」。原発事故前は、市場では長野産の桃より高い評価を受けていたが、今は5kgの箱で500円から1000円も長野産の桃より安く取り引きされているという。「単なる地震だったら、こんなことにはならなかったのにねえ」。夫妻は最後まで消費者を責める言葉を発しなかった。
伊達市の50代の男性は、自宅の庭で家庭菜園を楽しんでいる。徹底して放射線量を測るのが信条だ。「商品に詳細な数値を添付して売れば良いんだ。それでも買ってもらえないとしたら残念だけど、でも、原発事故があって『福島のものは食べたくない』と考えるのは当然だよね。風評ではなく実害なんだよ」。


(上)桃の直売所に飾られている絵手紙。汚染を理由に買わない消費者が悪いのか?
(下)福島産の米には、100Bq/kg以上の放射性セシウムが検出されない〝安全性〟を示すシールが貼られている
【汚染は「根拠のない噂」か】
福島市の「フルーツライン」では、夏休みを利用して家族連れが桃狩りを楽しんでいる。「TOKIOのテレビCMを観て食べたくなりました」と埼玉県の30代の母親。「初めの頃は放射能とか被曝リスクを心配していたけれど、もう5年も経ったし良いかなと思って」。
本宮市の東北道・安達太良サービスエリア。売店では、高く積み上げられた桃の箱の前に列が出来た。桑折町の観光キャンペーンクルー「スマイルピーチ」の女性が笑顔でPRをする。「まだ完全ではないですが、少しずつ売り上げは戻ってきていますね。以前のように、放射能についてお客さんから尋ねられることはなくなりました」と店員。60代の男性は、「孫に会いに行く」と桃の箱を抱えて車に戻った。
「風評被害」とは「根拠のない噂のために受ける被害」と定義される。しかし、福島第一原発の爆発も、放射性物質の拡散も事実だ。「根拠のない噂」ではない。〝自主避難者〟が被曝リスクを避けるために福島に戻らないように、消費者が内部被曝を避けるために福島産を避けるのも、本来は責められる行動ではない。生産者が被った損害の補償や怒りの矛先は、国や東電に向けられるべきだ。しかし、国や行政が「風評被害」と言えば言うほど、買わない消費者が悪者になっていく。
伊達市内の公園でわが子を水浴びさせていた母親は「被曝リスク?全然心配していません。でもね、放射能って目に見えないから本当に安全なのか分からないですよね」と本音を漏らした。「孫には食わせられないな」と声を潜める米農家も決して少なくない。食べるも食べないも個々の選択。「避難の権利」と同様に、福島産を食べない自由も尊重されるべきだ。「食べて応援」だけが福島支援ではない。
(了)
【「東京のための発電所じゃないか」】
「風評以外の何物でもないよ。きちんと検査をしてセシウムは(100Bq/kg以上)検出されていない。それでも『放射能が心配』と買ってもらえない。それが風評でなくて何だ」
桃や梨、ブドウの果樹園が並ぶ福島県福島市の「フルーツライン」。60代の桃農家は、激しい口調で怒りをぶつけた。
売り上げは、一番酷い時期で原発事故前の4割にまで落ち込んだ。東京都内のスーパーマーケットでは「福島の果物を並べると他のものまで売れなくなる」と陳列すら断られた。悔しかった。「あの原発は誰のための発電所だ?福島県民のためじゃない。東京のためじゃないか。でも、いざ事故が起きたら東京の連中が一番『福島産』を避けている。そんな馬鹿なことがあるか」。
そして怒りの矛先は、被曝リスクを避けるため同じ中通りから福島県外に出た〝自主避難者〟へ向けられた。
「避難先で『福島のものは食べたくない』などと風評をまき散らしているんだ。本当に困るんだよ、そういう事をされると。何から何まで補償を受けているくせに…。俺みたいに真面目に事業を再開した者が損をするなんておかしいだろう」
ちなみに〝自主避難者〟が「何から何まで補償を受けている」というのは誤解だ。原子力損害賠償紛争審査会の指針で「(政府の避難指示が出ていない)自主的避難等対象区域」に指定された区域からの県外避難者は、母子避難(18歳以下の子ども1人、妊娠していない母親1人)の場合、計84万円を受け取ったにすぎない。白河市や西郷村などは対象区域から除外されたため、もっと少ない。唯一の支援策と言われている住宅の無償提供も、2017年3月末で打ち切られようとしている。
農家にそれを伝えても、聞く耳を持ってもらえなかった。「俺達、農家が何か悪い事をしたのか?」という問いに、私は大きく首を振るしかなかった。そして、農家はこうも言った。
「こんな状況なのに、まだ国は原発を再稼働させている。そんなに安全なら東京湾に造れば良いんだ」
やり場のない怒りをぶつけるしかない農家もまた、原発事故の被害者なのだ。


最盛期を迎えている福島の桃。農家の1人は「いまだに放射能の心配して買わないのは『風評被害』だ」と声を荒げた=福島市の「フルーツライン」
【「逆の立場だったら食べない」】
「風評被害」という言葉は、震災のあった2011年末の「新語・流行語大賞」にも選ばれた。「被曝を恐れる心理から、農畜産物や魚、工業製品が過剰に避けられたりした」。食品検査の放射性セシウム基準値が500Bq/kg(現在は100Bq/kg)に設定され、それをクリアした米や野菜、魚を買わない消費者は「風評被害を助長する」と責められた。農水省は「買って応援」、「食べて応援」キャンペーンを展開し、福島県内の学校給食には地元の米や野菜が食材として使われるようになった。例えば福島市は、原発事故後は会津産の米を給食に利用していたが、福島市産に切り替えた。「地元の人間が食べないものを県外の人たちに買ってもらるわけがない」というのが理由だった。
内堀雅雄県知事も初当選後の記者会見(2014年11月12日)で、さっそく「風評払拭」という言葉を使っている。その後の定例会見でも「政府自身が我が事として、この風評問題に向き合えるかどうかが今後の福島の復興・再生に大きく関わります」(2015年8月26日)、「風評は、残念ながらどんなに説明を尽くしてもなかなか受け入れていただけない」(2016年4月11日)、「福島県の農産物、あるいは観光、すばらしい宝物がそれぞれありますが、それが正確な情報として理解をされていない、評価されていないという現状があります」(2016年5月16日)などと地元記者の質問に答えている。
消費者が「福島産」を避けるのは「過剰」なのか。夫とともに福島市内で桃農家をしている女性(61)は「やむを得ないと思う」と県外の消費者に理解を示した。「もちろん、買ってもらえないのは残念ですよ。でもね、逆の立場で私が福島県外で子育てをしていたら、やっぱり子どもには食べさせたくないって考えるんじゃないかな。そりゃ敏感になりますよね」。原発事故前は、市場では長野産の桃より高い評価を受けていたが、今は5kgの箱で500円から1000円も長野産の桃より安く取り引きされているという。「単なる地震だったら、こんなことにはならなかったのにねえ」。夫妻は最後まで消費者を責める言葉を発しなかった。
伊達市の50代の男性は、自宅の庭で家庭菜園を楽しんでいる。徹底して放射線量を測るのが信条だ。「商品に詳細な数値を添付して売れば良いんだ。それでも買ってもらえないとしたら残念だけど、でも、原発事故があって『福島のものは食べたくない』と考えるのは当然だよね。風評ではなく実害なんだよ」。


(上)桃の直売所に飾られている絵手紙。汚染を理由に買わない消費者が悪いのか?
(下)福島産の米には、100Bq/kg以上の放射性セシウムが検出されない〝安全性〟を示すシールが貼られている
【汚染は「根拠のない噂」か】
福島市の「フルーツライン」では、夏休みを利用して家族連れが桃狩りを楽しんでいる。「TOKIOのテレビCMを観て食べたくなりました」と埼玉県の30代の母親。「初めの頃は放射能とか被曝リスクを心配していたけれど、もう5年も経ったし良いかなと思って」。
本宮市の東北道・安達太良サービスエリア。売店では、高く積み上げられた桃の箱の前に列が出来た。桑折町の観光キャンペーンクルー「スマイルピーチ」の女性が笑顔でPRをする。「まだ完全ではないですが、少しずつ売り上げは戻ってきていますね。以前のように、放射能についてお客さんから尋ねられることはなくなりました」と店員。60代の男性は、「孫に会いに行く」と桃の箱を抱えて車に戻った。
「風評被害」とは「根拠のない噂のために受ける被害」と定義される。しかし、福島第一原発の爆発も、放射性物質の拡散も事実だ。「根拠のない噂」ではない。〝自主避難者〟が被曝リスクを避けるために福島に戻らないように、消費者が内部被曝を避けるために福島産を避けるのも、本来は責められる行動ではない。生産者が被った損害の補償や怒りの矛先は、国や東電に向けられるべきだ。しかし、国や行政が「風評被害」と言えば言うほど、買わない消費者が悪者になっていく。
伊達市内の公園でわが子を水浴びさせていた母親は「被曝リスク?全然心配していません。でもね、放射能って目に見えないから本当に安全なのか分からないですよね」と本音を漏らした。「孫には食わせられないな」と声を潜める米農家も決して少なくない。食べるも食べないも個々の選択。「避難の権利」と同様に、福島産を食べない自由も尊重されるべきだ。「食べて応援」だけが福島支援ではない。
(了)
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