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ALS当事者が「れいわ新選組」2人の参院議員に送る熱い視線、介護制度改正に寄せる期待。福島から札幌に原発避難した佐川優子さん「舩後さん、ALSの事を広く伝えてください」

参院選から3週間余。この間、メディアがこぞって取り上げたのが政党要件を満たした「れいわ新選組」であり、当選した舩後靖彦さん(61)と木村英子さん(54)だった。今月1日の初登院には取材者が殺到。山本太郎代表が「人工呼吸器が外れたら危ない」と苦言を呈したほど。だが、2人の当選は「ブーム」でも「旋風」でも無い。ALS(筋萎縮性側索硬化症)の当事者の目にはどう映っているのか。福島県福島市から北海道札幌市に原発避難した佐川優子さん(65)に、舩後さんや木村さんへの想いを聴いた。自身も多くの課題に直面しているだけに、介助者を通して寄せられた佐川さんの言葉は喜びや期待であふれていた。


【「重度訪問介護の〝壁〟崩して」】
 「舩後靖彦さんが国会議員になったことは、すごいことです。以前から舩後さんの著書を読んでいます。ALSの事、介助制度の事を舩後さんが世間に伝え、より良い制度に変えてくれるよう、期待でいっぱいです」
 介助者を通して筆者に届けられた最初の言葉が「期待」だった。そして、舩後さんを特定枠の候補者として擁立し、自身の当選よりも優先させた山本太郎氏についても「偉いと思います。感謝です」と語った。間接的なやりとりだが、喜びや期待が十分に伝わってきた。
 舩後さんとともに当選した木村英子さんは今月5日、さっそく「重度訪問介護の早急な見直しに関する質問主意書」を参議院議長に提出した。
 「私は介護をつけないと地域では生きていけません。しかし今の重度訪問介護の制度では、経済活動は除外されています。参議院議院運営委員会理事会の協議により、私が国会議員として活動するのに必要な介護費用は、当面参議院で支出することになりました。当面の対応はこれで致し方ないとは思いますが、これは根本的には間違っていると私は考えます。なぜならば、介護保障は国が障害者全体に対してする義務があり、私が国会議員であろうとなかろうとなされなければいけないからです。介護費用は、法律等を見直し、厚生労働省が責任をもって出すように至急すべきです。このまま参議院から介護費用が出されると、私は特例扱いになってしまいます。すべての障害者に就労や就学を権利として認め、公費で社会参加できるようにすべきです。
 法律では障害者の労働そのものは認められていますが、告示により、介護の必要な障害者の重度訪問介護を使っての労働は認められていません。これは矛盾するのではないでしょうか。至急法律に沿った告示の見直しを行い、就学や就労の権利を保障するしくみを整えるべきと考えますが、それに対する納得のいく説明を求めます」
 佐川さんも、舩後さんや木村さんが制度を変え、障害者の社会参加が進む事に期待を寄せている。
 「重度訪問介護を仕事や公務で利用できるようにするべきです」




(上)「重度訪問介護を仕事や公務で利用できるようにするべきです」と語る佐川優子さん。舩後さんと木村さんの国会での動きに期待を寄せている。頬に貼られているのは意思伝達装置につながる光センサーだという(介助者の方に撮影していただきました)
(下)佐川さんの講演資料より。重度障害者の社会参加には、物理的な障壁だけでなく制度上の障壁が存在する事が良く分かる

【42歳で発症、原発事故で〝自主避難〟】
 佐川さんは1954年、福島県いわき市に生まれた。42歳でALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症。16年前から人工呼吸器を装着して生活している。5時過ぎに起き、21時過ぎに眠る。1日3交替(8時~16時、16時~22時、22時~8時)で介護スタッフの介助を受けている。
 2011年3月の東日本大震災、福島第一原発事故発生時は福島県福島市内のユニバーサルデザインアパートで暮らしていた。予備バッテリーを用意していた事もあり大地震そのものによる被害は比較的小さかったが、原発事故による汚染がその後の人生を一変させる事になった。
 「私の住んでいた地域は放射線量が高かったため、部屋にこもっていました。屋外で草花を眺めるのが好きだった私には苦痛でした。ストレスがたまり、眠れなくなった。つらい日々が続きました」
 会津に避難した介護スタッフが自宅まで通って介助してくれる姿にも胸が痛んだ。親族からは反対されたが2013年3月、フェリーで札幌に〝自主避難〟した。ALS協会福島支部長を経て現在は、北海道支部の副支部長を務めている。
 佐川さんが7月に行った講演会の資料には、自身の日常生活について次のように書かれている。
 「飲み込む事が出来ないので、唾液の持続式吸引と痰の吸引が必要です。食事は胃ろうです。栄養剤だけでなく、食事をミキサーで砕いて注入しています。何でも食べます。お酒も飲みます」
 「意思伝達は『文字盤』や『伝の心』を使っています。パソコン操作支援用ソフト『オペレートナビ』は札幌に来てから覚えました。講演用のパワーポイントを作ったり、フェイスブックを見たりするのに使っています」
 「旅行が大好き」で、道内はもちろん、台湾など海外旅行もした。呼吸器や吸引器を使うのにどうしても音が出てしまうため交渉を要するが、演劇やコンサートにも出かけるという。「最近は、気を遣わなくて済む音楽会の企画も増えてきました」と佐川さん。日常生活を支えてくれる介護スタッフに感謝しつつ、こう語る。
 「座右の銘は『自由に生きる』です。死ぬまで『自由』を求めていきます」




国会議事堂に初登院した舩後議員(上)と木村議員(下)。木村議員はさっそく、「至急法律に沿った告示の見直しを行い、就学や就労の権利を保障するしくみを整えるべき」とする質問主意書を提出した=8月1日撮影

【「外出時の介助保障を求める」】
 しかし、自由に生きるには障壁が多い。その1つが、木村英子参院議員も質問主意書で指摘している「重度訪問介護」の外出問題だ。2006年9月に発令された厚労省告示第523号「障害者自立支援法に基づく視程障害福祉サービス等及び基準該当障害福祉サービスに要する費用の額の算定に関する基準」では、重度訪問介護における「外出」について、次のような但し書きがある。
 「通勤、営業活動等の経済活動に係る外出、通年かつ長期にわたる外出及び社会通念上適当でない外出を除(く)」
 「介護支援専門員」や「介護福祉士」などの資格を持つ池田真紀代議士(立憲民主党、北海道5区)も、「いわゆるヘルパー(居宅介護)で「通学、通所」なども制度ではできなくなりました。この間にも、経済活動に関することは一切認められず、社会参加は認められるなど、多くの矛盾が残ったままでガイドヘルパーの資格要件や制度もめまぐるしく変わりました」と指摘している。
 佐川さんも「札幌市は福祉制度が充実しています。私は恵まれています。ありがたいです」としながらも、講演資料で次のように課題を挙げている。
 「日数が31日まである月は、1日分(24時間分)が支給対象外となります。私は24時間介助体制が必要なので、自費で有料介助を利用しなければなりません。外出時には、最低でも2人の介助者が必要です。重度訪問介護制度では私は月60時間の外出が認められていますが、ここでもやはり、自費で2人目の介助者(有料)を依頼しなければいけません。札幌市にはさらに一歩進んで、365日24時間(月平均730時間)の介助保障と、外出時の介助保障を求めて働きかけていこうと思います」
 国内に約1万人と言われるALS患者をはじめ、重度障害者の「バリアフリー」は始まったばかり。 初登院の際、木村英子議員は「私たちが求めてきた『介助を必要とする障害者が重度訪問介護制度を使って就労する』という要望は認められませんでした。制度の改正には時間がかかります。大きな問題を改善していくために、私たちはこれから、国会の中で頑張って取り組んでいきたい」と集まった支援者に語った。
 議場内の物理的な障壁は取り除かれた。2人の当事者がどのように国政に斬り込んでいくか。佐川さんをはじめ、全国の当事者たちが見守っている。私たちも学ぶ事から始めたい。



(了)
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鈴木博喜

Author:鈴木博喜
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