【北塩原村長選】「変革の風を吹かせたい」。〝コンビニのおばちゃん〟の敵は現職村長に村議…。「完全アウェー」の選挙戦に密着
- 2016/08/24
- 07:10
任期満了に伴う福島県・北塩原村長選挙は23日、告示され、現職で三選を目指す小椋敏一氏(68)、村議・遠藤和夫氏(61)、コンビニ経営者・伊関明子氏(61)の3人が立候補を届け出た。小椋村長の金銭不祥事(8月4日号参照)の徹底解明や防災体制の充実、村政の見える化・迅速化を訴える伊関さんの遊説に密着した。2014年10月の福島県知事選挙同様、夫と二人三脚での選挙戦。前回同様、現職の無投票三選ムード濃厚だった村長選挙が一転。三つ巴の選挙戦。伊関さんは、どこまで新風を吹かせられるか。投開票は28日。
【「ここは正義が通らない村」】
コンビニ経営者の伊関さんは、告示日であっても普段と同じ朝を迎えた。
ようやく業務から解放されたのは午前5時。仮眠もそこそこに朝もやの中で始動した。高原の朝は肌寒い。すすきが風に揺れ、稲穂は黄金色に染まり始めた。裏磐梯、秋の陣。
村役場の一角に設けられた立候補届け出会場に到着したのは午前8時31分。既に他陣営は到着しており、届け出順を決めるくじは2陣営だけで行われた。自動的に、届け出順もポスター掲示順も3番に決定。しかし、これは計画通りだった。「事前の報道などから立候補が3人になるのは分かっていたから、ポスターの掲示個所が上になるようにね」。村が用意したポスター掲示板は4マス。2番だと1番の候補者の下に位置してしまう。県知事選から得た教訓だった。
30分ほどで手続きを終えると、業者から借り受けた選挙カーで裏磐梯に戻った。村役場の駐車場でさっそく「頑張れよ」と男性に激励された。ウグイス嬢などいない。「これから5日間、お騒がせします」、「みんなで仲良く、豊かになろう」。助手席で自ら、マイクを握った。途中、イタチが車道を横切った。市立船橋高校の女子生徒がユニホーム姿で走っていた。北塩原村は、高校や大学の駅伝部の合宿地でもある。
裏磐梯の選挙事務所前で「第一声」。動員の聴衆も派手な演出も無し。もちろん、議員の応援演説など無い。「(小椋村長の金銭不祥事に関する)百条委員会は不明なままで終わってしまった。このままにせず、有識者会議を開いて解明します」。村民は言う。「ここは正義が通らない村」。膿は出し切って再出発したいと考える。
「6年間、行政区長として村とのパイプ役になったが、要望がちっとも実現されない。聞けば『予算が無い』、『順番がある』ばかり。なぜ迅速に出来ないのか」
「一定の経済力が集落ごとに備われば、お互いを認め合い、尊重することが出来る。足の引っ張り合いをせず、村から出て行こうとする若い人たちが、立ち止まれるような村にしたい」
「厳しい戦いだが、村長選を身近なものにしたい」
県知事選挙から2年。再び夫との〝二人三脚選挙〟が始まった。


(上)北塩原村長選挙に立候補した伊関さん。防災対策の充実とともに村政の見える化や迅速化を訴える
(下)〝男社会〟に立ち向かう伊関さんに声をかける女性有権者も多い。行く先々で「がんばってくなんしょ」と激励された
【「今しか村を変えられない」】
「正直なところが良いわね。一生懸命だし」。80代の女性は、畑仕事の手を休めて伊関さんと握手した。別の男性からは「新しい風を吹き込んでくれよ」と声をかけられた。しかし、現実の選挙戦は「完全アウェー」だ。3日に出馬を表明して以来、「選挙をなめるな」、「現職で決まりなんだから馬鹿なことをするな」などと言われた。それでも引き下がることは出来なかった。しがらみでがんじがらめになっている村を変えたかった。
「この地区には村長を推している方が多いと思うので言いにくいが、うやむやにはしたくないんです。何か悪いことをしても責任を取らなくて良い、そんな百条委員会だった。今の日本と同じじゃないですか」
改めて村内を走れば、村長選挙に合わせたような公共工事ばかり。人口3000人足らずの村では、誰かがどこかで村の仕事とつながっている。「表立って応援は出来ねえけど」。そんな声も少なくない。握手をしに出て来てくれなくて良い。窓を開けなくても良い。家の中で演説を聞いて投票してくれれば良い。「人として当たり前の選挙をしたい。恩義や義理人情で子どもたちの未来を曲げてはいけないんです」。村民は冷ややかだと覚悟していたが、伊関さんが驚くほど初日から村民の反応は良かった。
「がんばってくなんしょよ!」、「村長は安泰ではねえぞ、分かんねえぞ」、「変革をしないと駄目よね」。こんなペンション経営者の声もあった。「村民の意識が全然変わっていない。百条委員会まで開いた議会が結局、村長につくのであれば、村民が馬鹿みたいだ」。村を変えたいと考えている人は確実にいる。思えば、村で初めての女性区長も伊関さんだった。「村を変えるのは今しかありません。そして、変えられるのは私しかいません。子や孫が安心して帰って来られる村にしましょう」。


(上)選挙カーの運転とポスター貼りは夫・和郎さんの役目。23日20時までに全28カ所分のポスターを貼り終えた
(下)北塩原村長選挙には3人が立候補した。村民が選択するのは現職か、村議か、〝コンビニのおばちゃん〟か
【村経済の底上げで分断解消を】
選挙カーを運転するのは、今回も夫の和郎さん(57)。ポスター掲示場所の前で車を停め、明子さんがマイクを握る。夫婦二人三脚の選挙。娘や甥っ子がコンビニを切り盛りしながらビラ配りを手伝っている。一般的な〝常識〟にとらわれない選挙戦。演説中、近付いてきた幼い女の子に笑顔でマイクを手渡すのも女性ならでは。「小池百合子の後に続いてね」とも声をかけられた。
課題は村長の不祥事だけではない。村は裏磐梯を中心とする「上」と、北山・大塩地区などの「下」に大きく二分され、村長が出た「下」ばかりが優遇されているとの想いが「上」の住民には根強い。雪対策にしても、役場のある「下」での測定が基準となるから、「上」で雪害が生じても自衛隊に助けてもらえない。「上は観光、下は農業。もともと交わるなんて無理なんだ」と語る村民すらいる。街頭演説では「そろそろ裏磐梯から村長を!」と激励された。なんとか村民の対立構造を解消したい。それには集落ごとの経済力が必要。国と掛け合って「磐梯朝日国立公園」を草刈りなどで整備し、檜原湖や小野川湖、秋元湖を山桜で囲う「山桜計画」もその一つ。大塩地区にある温泉との回遊性も高め、観光客に村内を循環してもらいながらリピーターを増やす。村全体の底上げを図ることで、分断をなくしたい。
午後7時を過ぎ、完全に辺りが暗くなった頃、ようやく28カ所のポスター貼りが終了した。あと4日間、村内を隈なく巡って変革を訴える。「村民が明るく暮らしていれば人は集まる。人が集まればお金も集まる」。選挙カーに笛の音が届いた。秋祭りの練習だった。午後8時すぎ、伊関さんはようやく裏磐梯の選挙事務所に戻った。そして、休む間もなくコンビニ経営者の表情に戻った。村民はしがらみの呪縛を解けるのか。村民の審判は28日。
(了)
【「ここは正義が通らない村」】
コンビニ経営者の伊関さんは、告示日であっても普段と同じ朝を迎えた。
ようやく業務から解放されたのは午前5時。仮眠もそこそこに朝もやの中で始動した。高原の朝は肌寒い。すすきが風に揺れ、稲穂は黄金色に染まり始めた。裏磐梯、秋の陣。
村役場の一角に設けられた立候補届け出会場に到着したのは午前8時31分。既に他陣営は到着しており、届け出順を決めるくじは2陣営だけで行われた。自動的に、届け出順もポスター掲示順も3番に決定。しかし、これは計画通りだった。「事前の報道などから立候補が3人になるのは分かっていたから、ポスターの掲示個所が上になるようにね」。村が用意したポスター掲示板は4マス。2番だと1番の候補者の下に位置してしまう。県知事選から得た教訓だった。
30分ほどで手続きを終えると、業者から借り受けた選挙カーで裏磐梯に戻った。村役場の駐車場でさっそく「頑張れよ」と男性に激励された。ウグイス嬢などいない。「これから5日間、お騒がせします」、「みんなで仲良く、豊かになろう」。助手席で自ら、マイクを握った。途中、イタチが車道を横切った。市立船橋高校の女子生徒がユニホーム姿で走っていた。北塩原村は、高校や大学の駅伝部の合宿地でもある。
裏磐梯の選挙事務所前で「第一声」。動員の聴衆も派手な演出も無し。もちろん、議員の応援演説など無い。「(小椋村長の金銭不祥事に関する)百条委員会は不明なままで終わってしまった。このままにせず、有識者会議を開いて解明します」。村民は言う。「ここは正義が通らない村」。膿は出し切って再出発したいと考える。
「6年間、行政区長として村とのパイプ役になったが、要望がちっとも実現されない。聞けば『予算が無い』、『順番がある』ばかり。なぜ迅速に出来ないのか」
「一定の経済力が集落ごとに備われば、お互いを認め合い、尊重することが出来る。足の引っ張り合いをせず、村から出て行こうとする若い人たちが、立ち止まれるような村にしたい」
「厳しい戦いだが、村長選を身近なものにしたい」
県知事選挙から2年。再び夫との〝二人三脚選挙〟が始まった。


(上)北塩原村長選挙に立候補した伊関さん。防災対策の充実とともに村政の見える化や迅速化を訴える
(下)〝男社会〟に立ち向かう伊関さんに声をかける女性有権者も多い。行く先々で「がんばってくなんしょ」と激励された
【「今しか村を変えられない」】
「正直なところが良いわね。一生懸命だし」。80代の女性は、畑仕事の手を休めて伊関さんと握手した。別の男性からは「新しい風を吹き込んでくれよ」と声をかけられた。しかし、現実の選挙戦は「完全アウェー」だ。3日に出馬を表明して以来、「選挙をなめるな」、「現職で決まりなんだから馬鹿なことをするな」などと言われた。それでも引き下がることは出来なかった。しがらみでがんじがらめになっている村を変えたかった。
「この地区には村長を推している方が多いと思うので言いにくいが、うやむやにはしたくないんです。何か悪いことをしても責任を取らなくて良い、そんな百条委員会だった。今の日本と同じじゃないですか」
改めて村内を走れば、村長選挙に合わせたような公共工事ばかり。人口3000人足らずの村では、誰かがどこかで村の仕事とつながっている。「表立って応援は出来ねえけど」。そんな声も少なくない。握手をしに出て来てくれなくて良い。窓を開けなくても良い。家の中で演説を聞いて投票してくれれば良い。「人として当たり前の選挙をしたい。恩義や義理人情で子どもたちの未来を曲げてはいけないんです」。村民は冷ややかだと覚悟していたが、伊関さんが驚くほど初日から村民の反応は良かった。
「がんばってくなんしょよ!」、「村長は安泰ではねえぞ、分かんねえぞ」、「変革をしないと駄目よね」。こんなペンション経営者の声もあった。「村民の意識が全然変わっていない。百条委員会まで開いた議会が結局、村長につくのであれば、村民が馬鹿みたいだ」。村を変えたいと考えている人は確実にいる。思えば、村で初めての女性区長も伊関さんだった。「村を変えるのは今しかありません。そして、変えられるのは私しかいません。子や孫が安心して帰って来られる村にしましょう」。


(上)選挙カーの運転とポスター貼りは夫・和郎さんの役目。23日20時までに全28カ所分のポスターを貼り終えた
(下)北塩原村長選挙には3人が立候補した。村民が選択するのは現職か、村議か、〝コンビニのおばちゃん〟か
【村経済の底上げで分断解消を】
選挙カーを運転するのは、今回も夫の和郎さん(57)。ポスター掲示場所の前で車を停め、明子さんがマイクを握る。夫婦二人三脚の選挙。娘や甥っ子がコンビニを切り盛りしながらビラ配りを手伝っている。一般的な〝常識〟にとらわれない選挙戦。演説中、近付いてきた幼い女の子に笑顔でマイクを手渡すのも女性ならでは。「小池百合子の後に続いてね」とも声をかけられた。
課題は村長の不祥事だけではない。村は裏磐梯を中心とする「上」と、北山・大塩地区などの「下」に大きく二分され、村長が出た「下」ばかりが優遇されているとの想いが「上」の住民には根強い。雪対策にしても、役場のある「下」での測定が基準となるから、「上」で雪害が生じても自衛隊に助けてもらえない。「上は観光、下は農業。もともと交わるなんて無理なんだ」と語る村民すらいる。街頭演説では「そろそろ裏磐梯から村長を!」と激励された。なんとか村民の対立構造を解消したい。それには集落ごとの経済力が必要。国と掛け合って「磐梯朝日国立公園」を草刈りなどで整備し、檜原湖や小野川湖、秋元湖を山桜で囲う「山桜計画」もその一つ。大塩地区にある温泉との回遊性も高め、観光客に村内を循環してもらいながらリピーターを増やす。村全体の底上げを図ることで、分断をなくしたい。
午後7時を過ぎ、完全に辺りが暗くなった頃、ようやく28カ所のポスター貼りが終了した。あと4日間、村内を隈なく巡って変革を訴える。「村民が明るく暮らしていれば人は集まる。人が集まればお金も集まる」。選挙カーに笛の音が届いた。秋祭りの練習だった。午後8時すぎ、伊関さんはようやく裏磐梯の選挙事務所に戻った。そして、休む間もなくコンビニ経営者の表情に戻った。村民はしがらみの呪縛を解けるのか。村民の審判は28日。
(了)
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