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【台風19号水害】震える被災者「寒さで目が覚める」。おにぎりとカップ麺で69人が年を越した福島県いわき市の避難所。支援からこぼれる被災者も

台風19号による「10・12」の影響は越年。福島県のまとめでは12月31日13時現在、県内4市町村の避難所に127人の被災者が身を寄せている。福島県いわき市では、69人の水害被災者が避難所で新しい年を迎えた。体育館は数台のストーブでは暖まるはずもなく、朝晩は寒さで目が覚めてしまうという。発災から間もなく3カ月。住まいも家財道具も何もかもを失った人々は再出発に向けて歩き始めているが、支援制度からこぼれてしまっている人もいる。「被災者を区分しないで等しく救って欲しい」。被災者の言葉はとても重い。
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【避難所に転送される年賀状】
 「年賀状が届いてますよ」
 「ありがとう。すごい行列だったわ」
 飯野八幡宮(いわき市平八幡小路)への初詣から戻ってきた女性に職員が年賀はがきを手渡した。郵便局に届け出ている場合は避難所に転送されてくるという。女性は年賀はがきに目を通しながら、体育館の〝自宅〟に向かった。
 1986年の「8・5水害」を大きく上回る被害を出した昨秋の「10・12水害」から間もなく3カ月。70人の被災者が、いわき市唯一の避難所である「内郷コミュニティセンター」で新しい年を迎えた。「予測されていろいろ言われていた事から比べると、まずまずに収まったという感じだが、それでも相当の被害が広範に及んでいる」と発言した自民党・二階俊博幹事長の浅薄な見通しとは大きく異なった。
 「内郷コミュニティセンター」では、体育館とホールに分かれて水害被災者が生活をしている。特に体育館は寒い。暖房器具は室内に複数台設置されているストーブのみ。温度計は16℃前後を示していたが、ダウンジャケットを着ている男性もいた。布団に横になりながら小さなDVDプレーヤーで映画を観ていた男性は「昼間も寒いけど朝方が本当に寒くてね。寒さで目が覚めてしまうよ」と顔をゆがめた。
 「雪が少なく暖冬」と言われる福島県だが、気象庁のデータによると、今年の元日は広野町で0・9℃(午前7時)、いわき市小名浜でも1・6℃(午前5時)にまで冷え込んだ。プライバシー保護もあって、中にはアルミシートを〝屋根〟のようにしている人がいるのもうなずける。
 保健所の職員が交代で避難所を訪れ、被災者の様子を確認している。風邪を引いていないか、ストレスで心が弱っていないか。必要であれば血圧も測る。この日も女性職員が血圧を測りながら話し相手になっていた。
 ストーブで暖をとっていた高齢の男性は「10軒以上物件を下見したけど全部2階なんだよ」と早口でまくしたてた。「足が痛いから1階じゃないと駄目なんだ。毎日、冷えた足をマッサージしているよ」。避難所を出られる見通しは立っていないという。

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避難所生活は寒さと闘いながら、プライバシー確保にも苦慮している。体育館の一角には洗濯物を干すスペースや着替え用のテントも用意されている。濡れてしまった写真を乾かしている人も。段ボールには「来年の春までファイト!」と書かれていた=いわき市内郷綴町の「内郷コミュニティセンター」

【「被災者を区分せず救って」】
 「自分は2月の初め頃には出られるかな。それまでの我慢ですね」
 58歳の男性はそう言って苦笑した。
 男性は住まいも家財道具も何も無い。しかし、行政の支援からこぼれてしまっているという。
 「私の場合は特殊でしてね。住んでいたアパートを建て直すというので家財道具だけ物置に入れさせてもらって一時的に健康センターで寝泊まりしていたんです」
 そこに水害が起こった。物置の家財道具は全て流されてしまった。
 「もう何も残っていません。でも、居住実態が無いからか罹災証明は一番下のランク。県の家賃補助制度も使えません。だから、なるべく初期費用がかからないアパートを探しに探しました。今月下旬にはここを出て入居出来そうですが、全て自費です。『全壊』とか『半壊』とか区分しないで、被災した人は全員が支援を受けられるようにして救済して欲しいですよ。生活再建が出来たら少しずつでも返済するから、援助してくれれば動けるのに…。何のために高い税金を払っているのでしょうね。困っている者をちっとも助けてくれないじゃないですか」
 アパートに入居出来でも、布団も暖房器具も着替えも用意しなければいけない。男性は以前から、運送会社での深夜労働と早朝のアルバイトのダブルワークで生活してきた。「だって、そうでもしなきゃ生きて行かれないからね」。早朝のアルバイトは2日から始まる。スーパーマーケットでの品出し。午前6時から働き、11時には避難所に戻って来る。自身のスペースには光を遮るように段ボールで部分的にふさいでいるが、なかなか寝られないという。
 「どうしても話し声が耳についてしまうんですよね。子どもたちも走り回りますからね。それは仕方ないんだけど、やっぱり寝られないな」
 男性は、郡山市が12月25日で全ての避難所を閉鎖したと知って驚き、憤った。
 「何で早く終わらせようとするのかな。まあ、ここでも行政区長が『どんどん不動産業者に電話をかけて年内に決めてください』って厳しい口調で言ってましたけどね。被災者の気持ちになっていないですよ。私たちは遊び呆けてここに居るわけではありません。住まいが確保出来ないから、昼間は働いたり自宅の片づけをしたりしながらここで寝泊まりしているんです。政治は本当に冷たい」
 筆者が礼を言うと、男性はこう言った。
 「わざわざありがとう。私らの声を少しでも聴いてくれるとうれしいです」
 
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避難所での食事はおにぎりやカップ麺。ストレスもたまる。普段は22時で消灯だが、大みそかだけは共有スペースで紅白歌合戦を観たという。被災者も初詣をした飯野八幡宮では何を願ったのだろうか

【「震災の教訓どこ行った?」】
 40代の女性は、両親などとコミュニティセンター内のホールで年を越した。避難所での生活は間もなく3カ月になろうとしている。今月下旬にはアパートの修繕が終わり、戻れそうだという。
 「罹災証明はもらえたんですけど『半壊』。でも、アパートの1階に住んでいたので家の中の物は何もかもが駄目になってしまいました。支援金では全然足りません。これから全部、買い直さなければいけませんから」
 発災当初は電子レンジも無く、冷たいご飯を食べた。プライバシーが確保できるようになったのはかなり後になってから。2011年にあれだけの震災を経験した教訓は果たして活かされたのだろうか。
 「3カ月もお世話になっているのであまり言ってはいけないのかもしれませんが、震災の教訓は全然活かされていないと思います。食品ロスも多いようですし。ただ、職員さんたちの苦労は良く分かります。年末年始も休み返上でやってくれてますからね」
 60代の母親は「アパートに戻れるめどが立ったのは良いけれど、なんにも無いからねえ。お金をどうやって工面すれば良いのか…」と嘆いた。〝部屋〟の横には荷物をまとめるための空の段ボールが置かれているが、荷物などほとんど無いようなものだ。「正月だけど『おめでとう』とい言う気分にはなれないね」。
 正月を利用して親戚宅などに泊まった人もいて、避難所で過ごしている人は少なかった。子どもたちの姿も無い。時折、トイレなどに行って、再び〝部屋〟に入る。こちらの姿を見て、慌てて戻る人もいた。夜になるといわき駅前は華やかなイルミネーションの光に包まれるが、まるで別世界が広がる避難所。ある男性は、避難所を訪問した花田光司さん(大相撲の元横綱、貴乃花)のサイン色紙を飾っていた。それぞれが来たるべき再出発の「春」を待ちわびている。
 ホールのテーブルでは、高齢の女性がカップ麺にお湯を注いでいた。「悪い事ばかり考えてちゃ駄目だよねえ」と自らに言い聞かせるようにつぶやいた。段ボールには「来年の春までファイト!」と書かれていた。



(了)
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プロフィール

鈴木博喜

Author:鈴木博喜
(メールは hirokix39@gmail.com まで)
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