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【ふるさとを返せ 津島原発訴訟】2人の酪農家が涙をこらえながら本人尋問。木村真三さんへの反対尋問は延期~全戸をドローン撮影する取り組みも

原発事故で帰還困難区域に指定された福島県双葉郡浪江町津島地区の住民たちが国や東電に原状回復と完全賠償を求めている「ふるさとを返せ 津島原発訴訟」の第29回口頭弁論が13日午前、福島地裁郡山支部303号法廷(佐々木健二裁判長)で行われた。2人の酪農家が本人尋問に臨み、牛を津島に残したまま避難せざるを得なかった事故直後の様子や生乳を捨てた時の悔しさなどを涙をこらえながら述べた。獨協医科大学准教授の木村真三さんが被告側代理人による反対尋問を受ける予定だったが、木村さんの怪我で中止。5月28日午後に改めて行われる事になった。
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【空の牛舎に死もよぎった】
 「牛乳は牛の血液から出来ています。乳を搾り終えた牛は肉になってもらうという事で、牛の命全てを頂いて生活しているのが酪農家です」
 今野美智雄さん(58)は津島地区赤宇木に生まれた。牛とともに生活し、牛とともに生きていた。原発事故が起きるまでは。
 避難するよう町役場から連絡を受けたのは2011年3月15日。「当時は隣組の組長だったので、各家庭を訪問して避難を呼びかけました。福島市の親類宅に着いたのは昼ごろです」
 仕方なく、牛舎に牛を残したまま福島市に向かった。家族を親類宅に送り届けた後、夕方に再び津島に戻った。妻や娘からは「危ない所になぜ行くの?」と言われたが「俺、乳搾って来る」とだけ言って津島に戻った。「酪農家が乳搾らねえでどうするんだという想いでした。酪農家の責任というか、牛の命を頂いて生活している者の責任感でしょうか」。牛は家族も同然だった。
 その後も毎日、津島に通って16頭の牛の世話をした。3時間ほど滞在し、必要最低限の作業をした。他の酪農家の牛も世話をした。それが津島では当たり前だった。搾った乳は出荷できないので泣く泣く捨てた。「消費者の口に入ってこその牛乳。非常に哀しいというか悔しいというか虚しいというか…。何でこんな事をしなきゃならないんだろうと思いながら生乳を糞尿の溝に流しました。涙が出ました」。農水省からの指示で3月末には搾乳をやめた。最終的に、津島から二本松市などに100頭近い牛を移動させた。
 空っぽの牛舎にカメラを向けた日の事は忘れられない。いるはずの牛がいない。東電に賠償請求するだけの撮影。「俺は何をやってるんだろう」と思ったという。当時、知り合いのスーパーの社長が自死したという話を聞いていた。「あの社長もこういう想いをして亡くなったんだな。人ってこういう時に突然、死にたくなるのかなと考えた瞬間がありました」。
 先祖代々の家業も牛も全てを奪われた。「何て言って良いのか分かりません」とつぶやいた。福島市での生活は確かに便利さは増した。だが、本当の意味での幸せな生活を送れているのだろうか。「あくまでも仮の土地で仮の暮らしをしているという感じです」。
 主尋問の終わりに「早く津島に帰らせてください。早くきれいにして帰らせてください」と訴えた今野さん。
 「いつかは帰れるって、いつかとはいつなんだろう?100年後なのかい?200年後なのかい?」

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JR郡山駅前で道行く人々に裁判の意義を訴える原告や代理人弁護士。左端が今野美智雄さん=2019年11月11日撮影

【牛と田植え踊りを愛した庭元】
 南津島に生まれた紺野宏さん(60)も、主に酪農をしながら水田や畑で米や野菜をつくる農家で育った。双葉高校を卒業後、東京都多摩市に遭った農業者大学校に進学。3年間学び、実家に戻った。
 すぐに津島を離れたわけでは無かった。家族を避難させ、自分だけ残って2011年6月下旬まで20頭の牛の世話を続けた。搾乳しては廃棄する毎日。一方で、長い沈黙の後にこんな本音も口にした。「牛の顔を見たら気持ちが落ち着いてしまって…。このまま津島に居ても大丈夫なんじゃないかって思ってしまいました」。根っからの牛飼いなのだ。
 牛が大好きだ。でもペットでは無い。やはり経済動物。「あまり愛情をかけすぎると苦しくなってしまうから、愛しながらも一線を引いていました」という紺野さんの言葉が、牛への愛情を如実に表している。牛との生活を奪ったのが原発事故だった。
 紺野家は代々、田植え踊りの世話役をする「庭元」という役割を担ってきた。客間が練習場所。幼い頃から、20人以上の大人たちがわが家で毎晩のように練習をし、酒を呑んで語り明かすのを見ていた。紺野さんも25歳の時に初参加。「早乙女」を演じた。各家庭から提供された花嫁衣裳の黒留袖は美しく、奪い合いになる事もあったという。
 2018年9月に津島地区で行われた現地検証(現地進行協議)では、それらの衣装や道具を展示して裁判官に見てもらった。原発事故が起き、国や東電を相手に裁判を起こし、わが家に裁判官が来て早乙女の衣装を見ている。複雑な想いだったという。その後も、津島の自宅で大切に保管している。持ち出して別の場所で保管する考えは無い。「あそこにあるのが本来の田植え踊りですから。衣装も津島にあるからこそ意味があるのです」。
 昨年12月には都内で田植え踊りを披露したが、残念ながら9年間、津島で本来の形で踊れていない。「南津島の田植え踊り」もまた、原発事故の犠牲者だったのだ。
 「津島に帰りたいという気持ちは全く変わりません。津島でこそ、俺の本来の生き方が出来るのです」と強く語った紺野さん。だから家を購入する事無く、郡山で帰れる日を待っているのだ。最後に3人の裁判官にこう語りかけた。
 「あの頃のように、お正月に、わが家で田植え踊りをやりたいです。その時には裁判官の皆さんにも来ていただければ良いなと思っています」
 何気ない日常を原発事故で奪われた庭元。牛を愛し、田植え踊りを愛した紺野さんの早乙女姿をぜひ、津島で観たい。

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原告たちのふるさと津島は帰還困難区域のため荒廃が進んでいる。朽ち果ててしまう前にふるさとの姿を映像で残そうと、野田雅也さんに依頼してドローンを使って撮影。クラウドファンディングで費用を集めている 

【「津島を映像で残したい」】
 実は原告たち有志が中心となって、津島地区520戸の全戸空撮が行われた。カメラマンの野田雅也さんがドローンで撮影。現在、その費用をまかなうための資金集めをクラウドファンディングで呼びかけている。5月8日までで、目標金額は200万円だ。
 「ふるさと津島を映像で残す会」会長の佐々木茂さんは閉廷後、「ゼネコンや環境省、町役場と調整をしながら、ドローンで撮影する時には、(復興拠点の)家屋解体作業を一時中断してもらえるようお願いしながら撮影してきました。2019年6月から野田さんに撮影を始めてもらって、天候とも相談しながら12月までかかりました。おかげさまででこれまでに100万円は集まりましたが、どうしても200万円は必要なんです」と話した。
 撮影には住民たちの切実な想いが込められている。しかし、本来は被害者が自ら動く事では無い。原告の女性は「本来は解体が進んでしまう前に、町役場が全町的に記録として残すべきだったんです」と怒りを口にした。
 「津島は原発事故があったせいで10年近くも人が自由に立ち入れず、草木で家も見えないような状態になってしまった。でも、自分たちのふるさとは紛れもなく津島。ここに住んでいたという記録を残したいという想いがあるんです。今後、戻るか戻らないかはともかく、子や孫のためにも残したいという声が多かったんです。それで野田さんに相談したら、ぜひ協力させてくださいって快く言ってくれたんです。解体工事がどんどん進んでいるから、撮影するならすぐに始めなきゃならない。そこで、野田さんは津島の撮影を最優先してスケジュールを組み直してくれたんです。本来は行政がやるべき事ですよ。町役場は何をやってるんだって言いたいです」
 別の原告はこうも話した。
 「当初はね、助成金をもらえないかって町役場に相談したんですよ。そうしたら職員に『うちの町には、そういう趣旨の助成金はありません』って断られた。金が無いからとりあえず住民の皆さんに出資してもらって運転資金にして、撮影に取り掛かったんです。クラウドファンディングで集まったお金で出資してくれた住民にお金を返したいんです。国も県も寄り添ってなんかいないですよ。町役場がわれわれに寄り添ってくれたことと言えば、クラウドファンディングのチラシを置いてくれた事かな」
 次回口頭弁論期日は2020年5月28、29の両日。いずれも午前10時から。



(了)
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鈴木博喜

Author:鈴木博喜
(メールは hirokix39@gmail.com まで)
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