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【燃やされ消される「原発事故対応」】福島市「保存期限過ぎたので廃棄」 山形県に避難した市民説明会の記録 「保存場所無い」

福島第一原発事故以降の行政文書が福島県や県内市町村で続々と廃棄処分されている問題で、福島県福島市が2011年12月、山形県山形市や米沢市に原発避難した市民を対象に開いた説明会の記録も、「保存期限を過ぎた」として廃棄されていた事が分かった。説明会でどのような質問や意見が出されたのか。当時の行政文書は原発事故の区域外避難者(いわゆる〝自主避難者〟)がどのような状況だったのか検証する材料になり得るが、市は特別扱いせず捨てていた。原発事故後の行政の対応が燃やされ消されていく実態が改めて浮き彫りになった。
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【市長発言も確認出来ず】
 廃棄されていたのは、福島市が2011年12月27日に山形県山形市と米沢市で開いた「避難者説明会」の記録と、福島市職員が両市に定期的に出向いて開いた「自主避難者行政相談窓口」のうち、2015年3月末までに受け付けた記録票。同市の情報公開制度を使って開示請求をしたところ「文書が存在しないので開示出来ない」との回答があった。市生活課によると、庁舎内だけで無く、行政文書を補完している倉庫にも出向いて探したが見つからず「廃棄された可能性が高い」という。
 当時の担当職員が作成した「まとめ」のような文書がパソコンに保存されていた、として開示されたが、A4判1枚(両面印刷)しかなく、日時や参加人数(山形会場は50人、米沢会場は30人)は分かるものの、当日の福島市からの説明内容は箇条書きにされているだけで、具体的な内容は分からない。原発避難した市民からどのような質問や意見が出たのかも「主な意見」として挙げられているだけ。
 「渡利を特定避難勧奨地点として指定してほしい」、「測定の結果、線量が高くても除染が開始されるまでは待つだけ。どう考えるのか」、「食品にベクレル表示をしてほしい」などと書かれているが、それらの声に市側がどのように回答したのかは分からない。
 説明会には当時の瀬戸孝則市長も出席。瀬戸氏は福島民友のインタビュー(2021年2月28日掲載)で「私が行って、福島市の現状を説明してきた。『帰ってきてほしい』ということを話した」、「50人くらいの集まりだったと思うが、反応はあまりなかった。質問はちょっと出たと思う」などと述懐しているが、瀬戸氏が具体的に何をどのように語ったのか、検証も出来ない。
 市生活課安全安心・避難者支援係の担当者によると、山形県内に原発避難した福島市民は2012年6月末現在で4100人ほどいた。「車で1時間から1時間半ほどで行かる事から米沢市に約2000人、山形市には1000人ほど避難なさっていました」と担当者。
 市教委が2012年7月に発行した「東日本大震災・東京電力福島第一原子力発電所事故の対応記録」に、辛うじて次のような記述があった。
 「平成23年12月27日、福島市避難者説明会(山形市民会館、米沢市市民文化会館:市長、政策推進部・健康福祉部・環境部・市教委学校教育課) 『福島市の放射線対策の取組み』、『転入学等の新学年対応等について』等の情報提供」
 しかし当時の詳細な記録はもはや、この世に存在しない。

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唯一、残されていた「まとめ」の文書。当時の職員が作成しパソコンに残されていたが、詳細な記録は既に廃棄されてしまい存在しない

【相談窓口の記録も廃棄】
 「自主避難者行政相談窓口」は2012年2月18日に設置された。
 当初は隔週1回、山形市と米沢市に職員が出向き、その後週2回、週1回となった。現在は月1回、市職員が両市を訪れている。市の記録では2013年3月末までに延べ637人が相談した。2014年度も延べ225人が窓口を訪れているが、具体的な相談内容や対応結果を記した「記録票」も、2015年4月以降のものしか保存されていない。
 保存されている最も古い記録票(2015年4月分)には「自宅横の側溝の除染はいつやるのか」などの相談内容が記されている。また、市側が「住民登録を移すと避難者情報システムから削除されるので、高校生の子どもだけでも登録しておくこと」と回答した事も書かれており、手厚い支援を得られていなかった区域外避難者(いわゆる〝自主避難者〟)が原発事故直後、どのような事で困っていたかが生々しく書かれているはずだが、これも、今となっては確認する術が無い。
 「倉庫は庁舎外にもいくつかあります。松川まで探しに行き1つずつ箱を開けて探しましたが、やっぱりありませんでした。廃棄されてしまったようです」と市生活課安全安心・避難者支援係の担当者。「生の記録ですよね。当時の避難者の方々のニュアンスですよね。本当に申し訳ないです。われわれも昔の生の声を知りたい部分はあります。職員は異動で変わってしまいますから。今回の件で私自身も文書保存の大切さを認識しました」。
 しかし、こうも言う。
 「これはどこの市町村でも同じだと思うのですが、福島市でも文書取扱規程で行政文書の保存期間は1年、3年、5年、10年、永年と定められています。そうでないと、今でも書類が各職場内に置いているような状態なんです。怖くて捨てられないから保存しておこうなんてすると、あっという間に書庫が一杯になってしまいます。適正な処分をするように、と決められています。やっぱりこれからはデータベース化した方が検索も楽ですし、今後に向けて力を入れるところでもありますが、今のところそういう動きはありません」
 なお、月1回の相談会は今月4日をもって終了した。2020年度の相談者数は、新型コロナウイルス感染防止のため中止した事もあり、2月までに延べ12人だった。

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福島県は各部局に「保存すべき関連文書」を例示して保存を呼びかけているが、実際には次々と燃やされている。福島市が山形市や米沢市に設置した相談窓口の記録票も、2015年3月以前のものはもう無い

【「データ化の動き無い」】
 震災・原発事故対応を記録した行政文書が永年保存されずに廃棄されている問題は、これまでも何度か取り上げて来た。2019年9月には、福島市議会で村山国子市議(日本共産党福島市議会議員団)が「未曽有の原発事故は、市の事務においても困難と混乱を極めた。後世に伝え教訓にするためにも原発事故関連文書を保管していくべきである」と代表質問で言及したが、福島県や他の県内市町村も、浪江町など一部の自治体を除き「5年で廃棄」の方針を変えていない。
 「震災・原発事故関連の行政文書の取り扱いについて、対応に変化があるかと問われれば、変化はありません。どの程度保存するかは各部局の判断になります。規程に基づいて重要度を判断するのは各担当部局なんです。震災・原発事故関連の行政文書に関して、市としての統一ルールのようなものはありません。永年保存するべき?私個人は一理あるような気もしますが、どうしても量的な問題もあります。なるべく残して欲しいとアドバイスはしますが、強制までは出来ません」
 福島市総務課文書係の担当者は取材に対し。そう答えた。
 場所の問題で廃棄さざるを得ないのであれば、スキャンしてデータとして保存すれば良いのではないか。この点についても担当者は「行政文書をデータベース化して保存するという動きはまだ、具体的にはありません」と話した。
 「いまのところは紙での保存ですから、そうなるとどうしても場所の問題が生じます。仮に保存場所が潤沢に確保出来るのであれば、全ての文書を永年保存出来るかと思います。ただ、私たちとしてはあくまでも重要度で判断して欲しいと考えています。場所を言い訳にはしたくない。私も個人的にはなるべく残すべきだとは考えていますが、データベース化まではまだ至っていないです。出来るだけ取り入れたいとは思いますが…。紙で保存する事も大切だと思いますし。サーバーも絶対では無いですしね。電磁的保存の課題もあると思います。紙の信頼性や視認性もあります」
 行政文書は市民の財産。ましてや震災・原発事故という未曽有の複合災害の記録は全て保存されるべきだろう。だが、現実は燃やされ消されていく。これが10年目の現実だった。



(了)
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鈴木博喜

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