【原発避難者から住まいを奪うな】残り2世帯の審理開始 国家公務員宿舎「東雲住宅」からの〝追い出し訴訟〟 東京地裁への移送却下され福島で
- 2021/05/15
- 11:03
福島県が昨年3月、原発事故で政府の避難指示が出されなかった区域から〝自主避難〟した県民4世帯を相手取り、入居を続ける国家公務員宿舎「東雲住宅」(東京都江東区)の明け渡しと未納家賃の支払いを求めて提訴した問題で、東京地裁への移送申立が却下された2世帯の第1回口頭弁論が14日午後、福島地裁203号法廷で行われた。避難者側は全面的に争う構えで、国家公務員宿舎は国(財務省)が所有者であり福島県に明渡請求権は無いこと、原発避難者には国際人権法上の居住権があることを主張していく。次回期日は7月15日15時。

【「国際法上の『国内避難民』」】
第1回口頭弁論は16時から50代男性(福島県いわき市から避難)の世帯について小川理佳裁判官が、16時半からは50代女性(福島県南相馬市から避難)の世帯について太田慎吾裁判官が担当した。被告(避難者)側は第1準備書面を提出。代理人を務める柳原敏夫弁護士が準備書面の要旨を陳述した。
「原告(福島県)の訴状を一読するとあたかも日常良くあるような明け渡し裁判のような印象を受けるが、それは全く本質を見誤るものである。本件は過去に前例の無い過酷事故によって、命や健康を守るためにやむにやまれず福島県外に避難したことの生存権や居住権が問われている。この本質に照らして検討するべきである」
被告(避難者)側が主張しているのは大きく分けて次の2点。代位権行使と国際法上の居住権だ。
「原告が国の代位権行使として提訴しているが、そもそも原発事故は国が起こした国難。救済や収拾も基本的には国が責任をもって行うべき。仮に今回のような裁判を起こすのならば当然、国家公務員宿舎の持ち主である国が自ら原告となってやるべき。国が福島県にやらせているのか福島県が自発的にやっているのか別にしても、国が直接、この問題に乗り出さず福島県が代わりにやっているというのが極めて奇異。福島県が国に代わって今回の裁判の原告になるのは法的にもおかしい」
「居住する権利があることの最大の根拠が国際人権法。そもそも災害救助法や関連法自体、『国内避難民』になった被告の居住権を保障するような規定が全く無い。政府が原発事故の発生を想定していなかったために、原発事故の救済に関する法整備が全くされていなかった。国内法の穴を埋める最大の指導的な規範となるのが国際人権法。国際法では居住権を手厚く保障している。その保障に則して災害救助法を解釈すれば、福島県の明け渡し請求は認められないという結論に達する。原発避難者は、現在もなお『国内避難民』の地位にある。不溶性放射性微粒子の再浮遊など健康リスクが依然として存在する、避難することに正当な理由がある」
2世帯の代理人は大口昭彦弁護士が主任弁護士を務めているが、急病で入院してしまったため欠席した。


国家公務員宿舎からの退去を求められている50代男性は「せめて都営住宅が当選するまで居させて欲しい」と訴える。閉廷後の記者会見ではこれまでに都営住宅の抽選に14回外れた通知はがきを掲げた=福島市アクティブシニアセンター・アオウゼ
【「都営住宅に14回落ちた」】
提訴日は2020年3月25日。訴状で福島県は①国家公務員宿舎「東雲住宅」(建物と駐車場)の明け渡し②2019年4月1日から退去時までの家賃支払い─を求めている。提訴については2019年9月県議会で賛成多数で可決された。その時点では5世帯が対象だったが、提訴前までに1世帯が退去したため4世帯が被告となっている。提訴に至った理由を、当時の生活拠点課長は県議会に対し次のように説明している。
「何とか話し合いにより解決を図りたいと考え、平成29年12月議会で調停申し立ての議決をいただき、契約締結および賃料相当額の支払いを求める調停を行ってきた。2018年度、それぞれ1回から5回の調停により話し合いでの解決を目指して来ましたが、裁判官、調停委員2名により構成される調停委員会から『調停不成立』とされ、今後も話し合いによる解決が見込めない状況である事から、訴えの提起もやむを得ないとの判断に至った」
一方、避難者側にも退去したくても難しい事情がある。
被告の男性(単身避難)は「私の願いは、せめて都営住宅が当選するまでは居させて欲しいということです」、「そもそも、原発避難者として公営住宅に入居させてくださっていれば、今のような問題は起きていません」と訴える。男性は先の見えない避難生活への不安から心身を病み、精神障害者保健福祉手帳が交付された。安定して働くことは難しいが、都営住宅に何度応募しても当選しない。男性の手元には、落選を知らせるはがきがたまるばかり。その枚数は14枚に達している。「今の法律や制度に、原発事故避難者に対する住宅確保が無いための犠牲者だと思っています。これは私一人の問題ではありません」。
50代女性(母子避難)も「都営住宅入居を希望していますが、当選しません」と訴えている。「避難の協同センター」世話人で、原発避難者住宅追い出しを許さない会」代表の熊本美彌子さん(田村市から都内に避難継続中)は「せめて、福島県の内堀雅雄知事が『避難者を都営住宅に入れてやって欲しい』と小池百合子都知事に頭を下げてくれたら、少なくともこんな訴訟にはならなかった」と話した。


2世帯の支援をしている熊本美彌子さんと代理人の柳原敏夫弁護士
【2倍家賃に親族訪問も】
なぜ提訴から弁論期日までに1年以上を要したのか。
被告となった避難者たちは東京から福島までの交通費負担などを理由に東京地裁への移送を申し立てたからだ。しかし却下。半分の2世帯に関する口頭弁論は昨年10月に始まっている。
この日、審理が始まった2世帯は却下後に再度、移送を申し立てたが、原告・福島県は「電話会議システムによる訴訟進行等を活用すれば、被告本人の福島地方裁判所での出頭回数を減らすことはできるし、被告本人が福島地方裁判所に出頭せざるを得ない場合があるとしても、不相当に高額な旅費がかかるというわけではない。被告が出頭による一定の経済的負担を負うとしても、それは一般の民事訴訟(金銭請求)の被告が負担しなければならない負担と特段変わるところはない」、「被告居住地と福島地方裁判所の所在地との距離を考慮しても、新幹線や高速バス等の様々な交通手段を利用することができ、移動の身体的負担としては必ずしも被告にとって過大な負担とはいえない」などと反論。熊本さんによると今年3月までに福島地裁、仙台高裁、最高裁で却下の決定が下ったという。
原発事故の被災県が避難した県民を追い出すために訴訟を起こすという異例の事態に、「避難の協同センター」や「ひだんれん」などは福島県との話し合いのたびに「訴訟取り下げ」を求めているが、県側は応じていない。今回、立ち退きの対象となっている4世帯は未契約で入居を続けている。一方、契約を結んで入居を続けている(退去期限は超過)世帯に対して、むしろ福島県は「損害金」名目で2倍の家賃請求を継続しているほか、国家公務員宿舎からの退去を促すため、避難者親族に法的措置を示唆する文書を送り付けた上で親族宅を訪問して「追い出しへの協力」を求めているほどだ。
なお、次回口頭弁論期日も別々に行われるが、争点が全く同じであることから被告(避難者)側は審理の併合を望んでおり、裁判所が検討することになった。原告(福島県)の代理人を務める湯浅亮弁護士も異論は無かった。併合されれば、4世帯を相手取った訴訟は3つの審理として進められる。
(了)

【「国際法上の『国内避難民』」】
第1回口頭弁論は16時から50代男性(福島県いわき市から避難)の世帯について小川理佳裁判官が、16時半からは50代女性(福島県南相馬市から避難)の世帯について太田慎吾裁判官が担当した。被告(避難者)側は第1準備書面を提出。代理人を務める柳原敏夫弁護士が準備書面の要旨を陳述した。
「原告(福島県)の訴状を一読するとあたかも日常良くあるような明け渡し裁判のような印象を受けるが、それは全く本質を見誤るものである。本件は過去に前例の無い過酷事故によって、命や健康を守るためにやむにやまれず福島県外に避難したことの生存権や居住権が問われている。この本質に照らして検討するべきである」
被告(避難者)側が主張しているのは大きく分けて次の2点。代位権行使と国際法上の居住権だ。
「原告が国の代位権行使として提訴しているが、そもそも原発事故は国が起こした国難。救済や収拾も基本的には国が責任をもって行うべき。仮に今回のような裁判を起こすのならば当然、国家公務員宿舎の持ち主である国が自ら原告となってやるべき。国が福島県にやらせているのか福島県が自発的にやっているのか別にしても、国が直接、この問題に乗り出さず福島県が代わりにやっているというのが極めて奇異。福島県が国に代わって今回の裁判の原告になるのは法的にもおかしい」
「居住する権利があることの最大の根拠が国際人権法。そもそも災害救助法や関連法自体、『国内避難民』になった被告の居住権を保障するような規定が全く無い。政府が原発事故の発生を想定していなかったために、原発事故の救済に関する法整備が全くされていなかった。国内法の穴を埋める最大の指導的な規範となるのが国際人権法。国際法では居住権を手厚く保障している。その保障に則して災害救助法を解釈すれば、福島県の明け渡し請求は認められないという結論に達する。原発避難者は、現在もなお『国内避難民』の地位にある。不溶性放射性微粒子の再浮遊など健康リスクが依然として存在する、避難することに正当な理由がある」
2世帯の代理人は大口昭彦弁護士が主任弁護士を務めているが、急病で入院してしまったため欠席した。


国家公務員宿舎からの退去を求められている50代男性は「せめて都営住宅が当選するまで居させて欲しい」と訴える。閉廷後の記者会見ではこれまでに都営住宅の抽選に14回外れた通知はがきを掲げた=福島市アクティブシニアセンター・アオウゼ
【「都営住宅に14回落ちた」】
提訴日は2020年3月25日。訴状で福島県は①国家公務員宿舎「東雲住宅」(建物と駐車場)の明け渡し②2019年4月1日から退去時までの家賃支払い─を求めている。提訴については2019年9月県議会で賛成多数で可決された。その時点では5世帯が対象だったが、提訴前までに1世帯が退去したため4世帯が被告となっている。提訴に至った理由を、当時の生活拠点課長は県議会に対し次のように説明している。
「何とか話し合いにより解決を図りたいと考え、平成29年12月議会で調停申し立ての議決をいただき、契約締結および賃料相当額の支払いを求める調停を行ってきた。2018年度、それぞれ1回から5回の調停により話し合いでの解決を目指して来ましたが、裁判官、調停委員2名により構成される調停委員会から『調停不成立』とされ、今後も話し合いによる解決が見込めない状況である事から、訴えの提起もやむを得ないとの判断に至った」
一方、避難者側にも退去したくても難しい事情がある。
被告の男性(単身避難)は「私の願いは、せめて都営住宅が当選するまでは居させて欲しいということです」、「そもそも、原発避難者として公営住宅に入居させてくださっていれば、今のような問題は起きていません」と訴える。男性は先の見えない避難生活への不安から心身を病み、精神障害者保健福祉手帳が交付された。安定して働くことは難しいが、都営住宅に何度応募しても当選しない。男性の手元には、落選を知らせるはがきがたまるばかり。その枚数は14枚に達している。「今の法律や制度に、原発事故避難者に対する住宅確保が無いための犠牲者だと思っています。これは私一人の問題ではありません」。
50代女性(母子避難)も「都営住宅入居を希望していますが、当選しません」と訴えている。「避難の協同センター」世話人で、原発避難者住宅追い出しを許さない会」代表の熊本美彌子さん(田村市から都内に避難継続中)は「せめて、福島県の内堀雅雄知事が『避難者を都営住宅に入れてやって欲しい』と小池百合子都知事に頭を下げてくれたら、少なくともこんな訴訟にはならなかった」と話した。


2世帯の支援をしている熊本美彌子さんと代理人の柳原敏夫弁護士
【2倍家賃に親族訪問も】
なぜ提訴から弁論期日までに1年以上を要したのか。
被告となった避難者たちは東京から福島までの交通費負担などを理由に東京地裁への移送を申し立てたからだ。しかし却下。半分の2世帯に関する口頭弁論は昨年10月に始まっている。
この日、審理が始まった2世帯は却下後に再度、移送を申し立てたが、原告・福島県は「電話会議システムによる訴訟進行等を活用すれば、被告本人の福島地方裁判所での出頭回数を減らすことはできるし、被告本人が福島地方裁判所に出頭せざるを得ない場合があるとしても、不相当に高額な旅費がかかるというわけではない。被告が出頭による一定の経済的負担を負うとしても、それは一般の民事訴訟(金銭請求)の被告が負担しなければならない負担と特段変わるところはない」、「被告居住地と福島地方裁判所の所在地との距離を考慮しても、新幹線や高速バス等の様々な交通手段を利用することができ、移動の身体的負担としては必ずしも被告にとって過大な負担とはいえない」などと反論。熊本さんによると今年3月までに福島地裁、仙台高裁、最高裁で却下の決定が下ったという。
原発事故の被災県が避難した県民を追い出すために訴訟を起こすという異例の事態に、「避難の協同センター」や「ひだんれん」などは福島県との話し合いのたびに「訴訟取り下げ」を求めているが、県側は応じていない。今回、立ち退きの対象となっている4世帯は未契約で入居を続けている。一方、契約を結んで入居を続けている(退去期限は超過)世帯に対して、むしろ福島県は「損害金」名目で2倍の家賃請求を継続しているほか、国家公務員宿舎からの退去を促すため、避難者親族に法的措置を示唆する文書を送り付けた上で親族宅を訪問して「追い出しへの協力」を求めているほどだ。
なお、次回口頭弁論期日も別々に行われるが、争点が全く同じであることから被告(避難者)側は審理の併合を望んでおり、裁判所が検討することになった。原告(福島県)の代理人を務める湯浅亮弁護士も異論は無かった。併合されれば、4世帯を相手取った訴訟は3つの審理として進められる。
(了)
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