【黒い雨訴訟】国の上告断念で原発事故被害者からも喜びの声 「司法が内部被曝の健康リスクを認めた意義大きい」
- 2021/07/27
- 17:10
広島高裁が内部被曝の健康リスクを認めた「黒い雨訴訟」で、菅義偉首相が上告断念を表明したことに福島第一原発事故の被害者からも喜びの声があがっている。被爆二世たちと連帯し、今月19日に厚労省に上告断念を申し入れた村田弘さん(「福島原発かながわ訴訟」原告団長)は「司法が内部被曝の健康リスクを認めた意義は大きい」と喜ぶ。「内部被曝問題から逃げてきた司法の壁に穴開けた」とも。広島で入市被爆した男性は「原発事故で闘っている皆さんは、この画期的な判決をテコに闘って欲しい」とエールを送った。

【「司法の壁に穴開けた」】
「福島原発関連訴訟への良い影響を十分に期待できる司法判断だと思います。各原発事故関連訴訟の地裁判決では、どの裁判官も内部被曝についての判断から逃げています。かながわ訴訟でも同様にスルーされました。それが『黒い雨訴訟』では広島地裁はもちろん、広島高裁はより明確に内部被曝について認めた。かなり大きな意味を持っていると思います。僕らの控訴審にも良い形で影響すればいいなと考えています」
国の上告断念を受け、村田さんはそう語った。
「司法の壁に穴が開いた」と繰り返した村田さん。小さな穴かもしれないが、しかし、どれだけぶつかっても高く厚い壁に跳ね返されてきた。ついに、同じ放射線被害で争っている「黒い雨訴訟」が穴を開けた。今度は、村田さんたちがその穴をさらに大きく拡げて壁を崩していく番だ。
「今や内部被曝が一番怖いんだということは、科学的知見として明らかになっています。でも、それを認めてしまったら大変だから目をつぶろうという国の方針と、そこに忖度する司法の判断が壁になっていました。今回の判決が確定することで、そこに穴が開いたことは事実だと思うんです。原発事故の影響は空間線量だけでしか語られていません。広島高裁は、もっとも恐れるべき内部被曝についてきちんと考えなければいけないということを、司法判断として明確に示してくれた。僕らは壁に穴を開けようともがいてきたのだけれど、75年間苦しんできた広島の人たちが穴を開けてくれた。本当に大きなことだと思います」
内部被曝問題を正面から検討してこなかった裁判官たちにとっても、背中を押す判決だと村田さんは言う。
「裁判所も国の機関であることは間違いないわけだから、国の政策判断に対して司法がきちんと意見を言うというのは、相当な圧迫感があるでしょう。それは何も放射線に関することばかりじゃなくて、国防に関する判決でも同じ。どこかで穴が開けば本来の自分たちの判断を言いやすくなる。そういう意味でも内部被曝のリスクを認めた今回の判決の持つ意味は大きいと思います。他の裁判官にも影響を及ぼすでしょう」


(上)「福島原発かながわ訴訟」原告団長の村田弘さん。国の上告断念に「原発事故関連の訴訟にも影響を与える」と期待を寄せている
(下)東京高裁で審理が進んでいる「かながわ訴訟」では、一貫して内部被曝による健康被害を主張。昨年10月の口頭弁論では「黒い雨訴訟」の広島地裁判決も引用した
【「この判決をテコに闘え」】
村田さんは、他に2つの意義を挙げた。
「もう一つの共通点は線引きの問題です。政治的、行政的な配慮による政策的な線引き。実際の被害とはかけ離れた線引きの壁をも破れる、そんな穴が開いたと言えると思います」
「あと、立証責任の問題も大きいですね。科学的、専門的な知識がないと判断できない、結論が出ていない問題に対して、どちらが立証責任を負うのかというのも一つの大きなテーマでした。これまでは被害者の側が被害を立証し尽くさないと認められなかったのが、広島高裁判決は被害は無いということが明確に立証されない限り被害を認めるという、われわれから言えば至極全うな判断を示してくれた。内部被爆の問題、線引きの問題、立証責任の問題。その3つで大きな穴が開いたなと思います」
村田さんたちと一緒に厚労省に上告断念を申し入れた上田紘治さん(八王子平和・原爆資料館共同代表、3歳で入市被爆した「2号被爆者」)は電話取材に対し「昨日はうれしかった。厚労省の官僚に〝御礼〟の電話をしたよ」と喜びを口にした。
「そりゃあもう、うれしいですよ。原発事故関連の訴訟にも大きく影響すると思いますよ。低線量被曝の影響を認めたわけですからね。福島の方々は直曝ではなく内部被曝でしょ。低線量被曝。原発事故被害者にとっても画期的な判決だと思います」
そのうえで、上田さんは「この判決をテコに闘え」と語った。
「原発事故で闘っている皆さんは、この判決をテコにしなきゃいけないと思います。内部被曝に関して『黒い雨訴訟』でこういう判断が示されたじゃないかと。核物質が人体に与える影響は、原爆がどうとか発電所がどうとかじゃないんだよ。全く同じですから。人体への核物質の影響だからね。片や爆弾、片や発電所だけれど突き詰めれば核物質ですから。同じなんです」
そして、こう言って電話を切った。
「菅首相も、いま人気がないから、これ以上支持率を下げたくないと考えたのでしょう。政権を維持するのが彼らの目的だからね。でも、それを差し引いても判決を受け入れた意義は大きいよ」


(上)3歳で入市被爆した上田紘治さんは「原発事故被害者にとっても画期的な判決。この判決をテコに闘え」と語った
(下)「黒い雨訴訟」弁護団が公表したコメント。「これまでの被爆者援護行政のあり方を根本的に見直せ」と求めている
【国の本音は「容認できない」】
菅首相は26日、記者団に対し「ただちに原告の皆さんには被爆者手帳を交付をさせていただきたい。このように思います。そしてまた、同じような事情の方々について、救済すべくこれから検討したいとこのように思います」などと述べ、上告せず広島高裁の判決を受け入れることを表明した。
一方で「政府として、受け入れがたい部分もありますので、談話という形で整理をしていきたい」とも語り、判決内容への不満をにじませている。
実際、27日午後に発表された総理大臣談話には「今回の判決には、原子爆弾の健康影響に関する過去の裁判例と整合しない点があるなど、重大な法律上の問題点があり、政府としては本来であれば受け入れ難いものです。とりわけ、『黒い雨』や飲食物の摂取による内部被曝の健康影響を、科学的な線量推計によらず、広く認めるべきとした点は、これまでの被爆者援護制度の考え方と相容れないものであり、政府としては容認できるものではありません」と明記された。
村田さんは「談話を出すことで歯止めをかけようとしするのだろう」と警戒しつつ、それでも大きな流れとしては良い方向に向かっているとみている。
「今までは壁だらけで風も通らなかったんだから。とうとう穴が開いた。壁そのものはなくなっていないけれど、基本的な方向性としては風通しは良くなるだろうと思いますよ」
原発事故では、国が定めた避難指示区域の住民でない区域外避難者(いわゆる〝自主避難者〟)への住宅支援は早々と打ち切られた。それどころか、福島県は国家公務員宿舎に入居している4世帯を相手取り、追い出し訴訟まで起こしている。同程度の被曝リスクにさらされながら国の線引きで冷遇されている構図は、まさに「黒い雨訴訟」の原告たちと同じだ。内部被曝の健康影響など初めから考慮されていない。被害者の高齢化も同じ。村田さんも12月で79歳になる。国が内部被曝の健康リスクを認める日を心待ちにしている。
(了)

【「司法の壁に穴開けた」】
「福島原発関連訴訟への良い影響を十分に期待できる司法判断だと思います。各原発事故関連訴訟の地裁判決では、どの裁判官も内部被曝についての判断から逃げています。かながわ訴訟でも同様にスルーされました。それが『黒い雨訴訟』では広島地裁はもちろん、広島高裁はより明確に内部被曝について認めた。かなり大きな意味を持っていると思います。僕らの控訴審にも良い形で影響すればいいなと考えています」
国の上告断念を受け、村田さんはそう語った。
「司法の壁に穴が開いた」と繰り返した村田さん。小さな穴かもしれないが、しかし、どれだけぶつかっても高く厚い壁に跳ね返されてきた。ついに、同じ放射線被害で争っている「黒い雨訴訟」が穴を開けた。今度は、村田さんたちがその穴をさらに大きく拡げて壁を崩していく番だ。
「今や内部被曝が一番怖いんだということは、科学的知見として明らかになっています。でも、それを認めてしまったら大変だから目をつぶろうという国の方針と、そこに忖度する司法の判断が壁になっていました。今回の判決が確定することで、そこに穴が開いたことは事実だと思うんです。原発事故の影響は空間線量だけでしか語られていません。広島高裁は、もっとも恐れるべき内部被曝についてきちんと考えなければいけないということを、司法判断として明確に示してくれた。僕らは壁に穴を開けようともがいてきたのだけれど、75年間苦しんできた広島の人たちが穴を開けてくれた。本当に大きなことだと思います」
内部被曝問題を正面から検討してこなかった裁判官たちにとっても、背中を押す判決だと村田さんは言う。
「裁判所も国の機関であることは間違いないわけだから、国の政策判断に対して司法がきちんと意見を言うというのは、相当な圧迫感があるでしょう。それは何も放射線に関することばかりじゃなくて、国防に関する判決でも同じ。どこかで穴が開けば本来の自分たちの判断を言いやすくなる。そういう意味でも内部被曝のリスクを認めた今回の判決の持つ意味は大きいと思います。他の裁判官にも影響を及ぼすでしょう」


(上)「福島原発かながわ訴訟」原告団長の村田弘さん。国の上告断念に「原発事故関連の訴訟にも影響を与える」と期待を寄せている
(下)東京高裁で審理が進んでいる「かながわ訴訟」では、一貫して内部被曝による健康被害を主張。昨年10月の口頭弁論では「黒い雨訴訟」の広島地裁判決も引用した
【「この判決をテコに闘え」】
村田さんは、他に2つの意義を挙げた。
「もう一つの共通点は線引きの問題です。政治的、行政的な配慮による政策的な線引き。実際の被害とはかけ離れた線引きの壁をも破れる、そんな穴が開いたと言えると思います」
「あと、立証責任の問題も大きいですね。科学的、専門的な知識がないと判断できない、結論が出ていない問題に対して、どちらが立証責任を負うのかというのも一つの大きなテーマでした。これまでは被害者の側が被害を立証し尽くさないと認められなかったのが、広島高裁判決は被害は無いということが明確に立証されない限り被害を認めるという、われわれから言えば至極全うな判断を示してくれた。内部被爆の問題、線引きの問題、立証責任の問題。その3つで大きな穴が開いたなと思います」
村田さんたちと一緒に厚労省に上告断念を申し入れた上田紘治さん(八王子平和・原爆資料館共同代表、3歳で入市被爆した「2号被爆者」)は電話取材に対し「昨日はうれしかった。厚労省の官僚に〝御礼〟の電話をしたよ」と喜びを口にした。
「そりゃあもう、うれしいですよ。原発事故関連の訴訟にも大きく影響すると思いますよ。低線量被曝の影響を認めたわけですからね。福島の方々は直曝ではなく内部被曝でしょ。低線量被曝。原発事故被害者にとっても画期的な判決だと思います」
そのうえで、上田さんは「この判決をテコに闘え」と語った。
「原発事故で闘っている皆さんは、この判決をテコにしなきゃいけないと思います。内部被曝に関して『黒い雨訴訟』でこういう判断が示されたじゃないかと。核物質が人体に与える影響は、原爆がどうとか発電所がどうとかじゃないんだよ。全く同じですから。人体への核物質の影響だからね。片や爆弾、片や発電所だけれど突き詰めれば核物質ですから。同じなんです」
そして、こう言って電話を切った。
「菅首相も、いま人気がないから、これ以上支持率を下げたくないと考えたのでしょう。政権を維持するのが彼らの目的だからね。でも、それを差し引いても判決を受け入れた意義は大きいよ」


(上)3歳で入市被爆した上田紘治さんは「原発事故被害者にとっても画期的な判決。この判決をテコに闘え」と語った
(下)「黒い雨訴訟」弁護団が公表したコメント。「これまでの被爆者援護行政のあり方を根本的に見直せ」と求めている
【国の本音は「容認できない」】
菅首相は26日、記者団に対し「ただちに原告の皆さんには被爆者手帳を交付をさせていただきたい。このように思います。そしてまた、同じような事情の方々について、救済すべくこれから検討したいとこのように思います」などと述べ、上告せず広島高裁の判決を受け入れることを表明した。
一方で「政府として、受け入れがたい部分もありますので、談話という形で整理をしていきたい」とも語り、判決内容への不満をにじませている。
実際、27日午後に発表された総理大臣談話には「今回の判決には、原子爆弾の健康影響に関する過去の裁判例と整合しない点があるなど、重大な法律上の問題点があり、政府としては本来であれば受け入れ難いものです。とりわけ、『黒い雨』や飲食物の摂取による内部被曝の健康影響を、科学的な線量推計によらず、広く認めるべきとした点は、これまでの被爆者援護制度の考え方と相容れないものであり、政府としては容認できるものではありません」と明記された。
村田さんは「談話を出すことで歯止めをかけようとしするのだろう」と警戒しつつ、それでも大きな流れとしては良い方向に向かっているとみている。
「今までは壁だらけで風も通らなかったんだから。とうとう穴が開いた。壁そのものはなくなっていないけれど、基本的な方向性としては風通しは良くなるだろうと思いますよ」
原発事故では、国が定めた避難指示区域の住民でない区域外避難者(いわゆる〝自主避難者〟)への住宅支援は早々と打ち切られた。それどころか、福島県は国家公務員宿舎に入居している4世帯を相手取り、追い出し訴訟まで起こしている。同程度の被曝リスクにさらされながら国の線引きで冷遇されている構図は、まさに「黒い雨訴訟」の原告たちと同じだ。内部被曝の健康影響など初めから考慮されていない。被害者の高齢化も同じ。村田さんも12月で79歳になる。国が内部被曝の健康リスクを認める日を心待ちにしている。
(了)
スポンサーサイト