【原発事故と甲状腺ガン】5人の元首相に噛み付いた福島県知事「『多くの子供たちが甲状腺がんに苦しみ』という表現は遺憾」 被曝影響の全否定に続々と抗議の声
- 2022/02/22
- 17:00
元首相5人(小泉純一郎、細川護熙、菅直人、鳩山由紀夫、村山富市)が1月27日付でEU欧州委員会宛てに連名で送った書簡を巡る福島県知事の対応に、福島県内外から批判の声があがっている。「多くの子供たちが甲状腺がんに苦しみ」という表現を「遺憾だ」と述べ、改めて被曝影響を全否定した内堀知事。しかし、原発事故後に小児甲状腺ガンを発症した当事者や支援者などは「現時点で、福島の小児甲状腺がんのすべてが原発事故による放射線被ばくと無関係であるとは断定できない」、「小児甲状腺がんの原因は被曝しかあり得ない」などと反論する。一方、複数の団体から質問状が寄せられているが、内堀知事は無視して答えていない。

【他の言い回しには抗議せず】
「多くの子供たちが甲状腺がんに苦しみ」
この、たった17文字に福島県の内堀雅雄知事は素早く、そして鋭く反応した。一週間も経たない今月2日付で5人の元首相に対する〝抗議文〟を送り付けた。直接的な表現はしていないものの、次のような表現で原発事故と甲状腺ガン発症を明確に否定している。
「欧州委員会委員長宛ての書簡の中で、福島第一原子力発電所の事故において、『多くの子供たちが甲状腺がんに苦しみ』とする記述がなされております」
「専門家からなる『県民健康調査』検討委員会及び甲状腺検査評価部会において…平成28年3月に先行検査に関し『総合的に判断して、放射線の影響とは考えにくい』と評価され、また、令和元年7月には『現時点において、甲状腺検査本格検査(検査2回目)に発見された甲状腺がんと放射線被ばくの間の関連は認められない』とする見解が示されている」
「福島県の現状について述べられる際は、本県の見解を含めて、国、放射線医学を専門とする医療機関や大学等高等教育機関、国連をはじめとする国際的な科学機関などによる科学的知見に基づき、客観的な発信をお願い申し上げます」
ちなみに、元首相たちの書簡には「福島での未曾有の悲劇と汚染」、「広大な農地と牧場が汚染」、「貯蔵不可能な量の汚染水は今も増え続け」、「莫大な国富が消え去り」という表現もあるが、こちらには内堀知事は一切〝抗議〟していない。あくまでも「甲状腺がんの多発」という表現にこだわっている姿勢がうかがえる。
ある県議(非自民)は、内堀知事の対応に「甲状腺ガンの問題に触れられると困るから、いちゃもんを付けてる。ある意味、内堀知事は危機感を抱いているのだと思う。総理大臣を務めた5人が書簡を送るって大変なことだしね」と語った。
「県知事が抗議文なんか送り付けるべきでなかった。県民全体の代表なんだから。それに、小児甲状腺ガンが見つかっていることは事実。だから県は県民健康調査をやらせているのではないのか。問題があるのなら、まず県議会で言えば良い。『県としては放射能の影響ではないと考えています』と県民の前でそういう話をするべき。そもそも県民に対して何も言っていない。将来もし、裁判で原発事故による放射能の影響だと認定されたらどうするのか。そういうことも考えられるなかで抗議文を送ったのは勇み足だった。そもそも内堀知事は汚染水の海洋放出計画など、あらゆることに対して『慎重に』しか言わない。それなのに、今回だけあんなに力が入っている。あれでは、甲状腺ガンに罹患した人たちが悪いかのようだ」


5人の元首相が送った書簡(上)と、それに対する福島県知事の〝抗議文〟(下)。内堀知事は「多くの子供たちが甲状腺がんに苦しみ」という表現だけに噛み付いた
【定例会見でも「遺憾」】
内堀知事の〝抗議〟は、書面だけにとどまらなかった。
今月3日午後に開かれた定例会見。産経新聞記者が「県が風評対策の強化に骨を折る中で、元首相5人がEUに送付した書簡の表現に関して、昨日、知事の名前で申入れを行った………元首相の影響力は非常に大きいのではないかという懸念がある………この事実を知った時、聞いた時の知事の思い、それから、この申入れというのは、やはり余程のことだと思いますが…」と水を向けると、内堀知事は大きくうなずきながら用意したペーパーを読み上げた。
「5人の元首相経験者が、欧州委員会委員長に宛てた書簡の中で、東京電力福島第1原子力発電所の事故において『多くの子供たちが甲状腺がんに苦しみ』という表現が含まれていたことから、元首相経験者である方々の発言の影響力を踏まえ、県として書簡を送付したところであります」
「甲状腺に関する放射線の健康影響については、県民健康調査検討委員会において、平成28年3月に、いわゆる先行検査に関してですが『総合的に判断して放射線の影響とは考えにくい』と評価をされました。そして、令和元年7月には、現時点において甲状腺検査の本格検査、この時は検査の2回目でありましたが、ここで『発見された甲状腺がんと放射線被ばくの間の関連は認められない』とする見解が示されております」
「福島県の復興にとって、こういう見解を含め、正確な情報を繰り返し発信していくことが極めて重要であることから、科学的知見に基づく客観的な情報を発信していただくよう、書簡により申し入れたものであります」
「初めて私自身がこの書簡を読んだ時の思いでありますが、特に、元首相を経験された5名の方々の欧州委員会の委員長に宛てた書簡の中に、こうした表現が含まれていたことは遺憾であります」
「原子力災害に伴う課題というものは、この件に限らず、本当に複雑多様で、様々な葛藤があります。それを短いワードで切り取ってしまうと、あたかもそれが事実である、あるいは確定したものであるかのように受け取られかねないという側面を含んでおります」
悪性疑いを含む小児甲状腺ガンと判定された人は、県民健康調査で報告された数字だけで266人。うち222人が手術を受けている(昨年10月の第43回「県民健康調査」検討委員会資料より)。内堀知事は、この数字は何に起因するものと考えているのか。



(上)(中)「311子ども甲状腺がん裁判」の弁護団が公表した抗議声明。弁護団長の井戸謙一弁護士は「年間100万人に1人か2人だったはずの甲状腺ガンが既に福島県内で300人近く見つかっているのだから、原因は被曝しかあり得ない」と語る
(下)「あじさいの会」も内堀知事に抗議と質問を届けたが、今のところ回答はないという
【「被曝無関係とは断定できぬ」】
元首相の書簡送付の窓口となっている「原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟(原自連)」は会見翌日の4日、「266 人という数字は、福島原発事故前の年間発生率100万人に 1~2人と比べると35~70倍となりますが、県としてはこの数字をもってしても『多く』ないと言いますか。県としては福島原発事故前と後では発生率が何倍だと認識していますか。その数字と算出根拠をお答えください」などとする「抗議兼質問書」を内堀知事宛てに届けたが、15日を過ぎても回答はないという。
また、小児甲状腺ガン患者と家族、支援者による支援グループ「あじさいの会」も8日、「『多くの子どもたちが甲状腺がんに苦し』んでいることは事実です」、「現時点で、福島の小児甲状腺がんのすべてが原発事故による放射線被ばくと無関係であるとは断定できないことこそが科学的事実」などと抗議をしたうえで「福島原発事故後、多くの子どもたちが甲状腺がんに苦しんでいることは事実ではない、とお考えでしょうか?」など5項目にわたる質問書を内堀知事あてに提出したが、こちらも回答は寄せられていない。電話取材に応じた福島県県民健康調査課の担当者は「回答するかしないかも含めて未定。検討中」と答えた。
原発事故後の小児甲状腺ガンを巡っては、事故発生当時、福島県内で生活していた17歳から27歳までの男女6人が1月27日、東京電力を相手に損害賠償請求訴訟(いわゆる「311子ども甲状腺がん裁判」)を東京地裁に起こした。
弁護団長を務める井戸謙一弁護士は14日、仙台高裁での「子ども脱被ばく裁判」控訴審後の記者会見で「311子ども甲状腺がん裁判」について、次のように述べた。
「6人の原告全員が手術を受けました。うち4人は再発して再手術、さらにそのうち1人は4回も手術を受けています。4人が全摘出で、生涯にわたってホルモン剤を飲み続けなければいけない立場に追い込まれていて、進学や就職に具体的な支障をきたしています。1人は肺への転移が指摘されていて、今後どうなるか分からない状況です。年間100万人に1人か2人だったはずの甲状腺ガンが既に福島県内で300人近く見つかっている訳ですから、原因は被曝しかあり得ないということで闘っていきます」
「県民健康調査で見つかった甲状腺ガンについては『スクリーニング効果』だとか『過剰診断』だとか『被曝との因果関係はない』と検討委員会自身がそういう見解を公表していますし、最近は『原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)』がそういう見解を公表している。それに乗っかって『被曝が原因ではないのに、こういう裁判を起こした』として既に様々なバッシングの動きが出ています。しかし、ここで甲状腺ガンと被曝との因果関係が否定されてしまうと、政府が『原発事故であれだけの放射性物質が環境中に放出されたのに健康被害は全くなかった』と作り出そうとしているフィクションがそのまままかり通ってしまうことになる。なので、これは絶対に負けられない裁判だと考えています」
(了)

【他の言い回しには抗議せず】
「多くの子供たちが甲状腺がんに苦しみ」
この、たった17文字に福島県の内堀雅雄知事は素早く、そして鋭く反応した。一週間も経たない今月2日付で5人の元首相に対する〝抗議文〟を送り付けた。直接的な表現はしていないものの、次のような表現で原発事故と甲状腺ガン発症を明確に否定している。
「欧州委員会委員長宛ての書簡の中で、福島第一原子力発電所の事故において、『多くの子供たちが甲状腺がんに苦しみ』とする記述がなされております」
「専門家からなる『県民健康調査』検討委員会及び甲状腺検査評価部会において…平成28年3月に先行検査に関し『総合的に判断して、放射線の影響とは考えにくい』と評価され、また、令和元年7月には『現時点において、甲状腺検査本格検査(検査2回目)に発見された甲状腺がんと放射線被ばくの間の関連は認められない』とする見解が示されている」
「福島県の現状について述べられる際は、本県の見解を含めて、国、放射線医学を専門とする医療機関や大学等高等教育機関、国連をはじめとする国際的な科学機関などによる科学的知見に基づき、客観的な発信をお願い申し上げます」
ちなみに、元首相たちの書簡には「福島での未曾有の悲劇と汚染」、「広大な農地と牧場が汚染」、「貯蔵不可能な量の汚染水は今も増え続け」、「莫大な国富が消え去り」という表現もあるが、こちらには内堀知事は一切〝抗議〟していない。あくまでも「甲状腺がんの多発」という表現にこだわっている姿勢がうかがえる。
ある県議(非自民)は、内堀知事の対応に「甲状腺ガンの問題に触れられると困るから、いちゃもんを付けてる。ある意味、内堀知事は危機感を抱いているのだと思う。総理大臣を務めた5人が書簡を送るって大変なことだしね」と語った。
「県知事が抗議文なんか送り付けるべきでなかった。県民全体の代表なんだから。それに、小児甲状腺ガンが見つかっていることは事実。だから県は県民健康調査をやらせているのではないのか。問題があるのなら、まず県議会で言えば良い。『県としては放射能の影響ではないと考えています』と県民の前でそういう話をするべき。そもそも県民に対して何も言っていない。将来もし、裁判で原発事故による放射能の影響だと認定されたらどうするのか。そういうことも考えられるなかで抗議文を送ったのは勇み足だった。そもそも内堀知事は汚染水の海洋放出計画など、あらゆることに対して『慎重に』しか言わない。それなのに、今回だけあんなに力が入っている。あれでは、甲状腺ガンに罹患した人たちが悪いかのようだ」


5人の元首相が送った書簡(上)と、それに対する福島県知事の〝抗議文〟(下)。内堀知事は「多くの子供たちが甲状腺がんに苦しみ」という表現だけに噛み付いた
【定例会見でも「遺憾」】
内堀知事の〝抗議〟は、書面だけにとどまらなかった。
今月3日午後に開かれた定例会見。産経新聞記者が「県が風評対策の強化に骨を折る中で、元首相5人がEUに送付した書簡の表現に関して、昨日、知事の名前で申入れを行った………元首相の影響力は非常に大きいのではないかという懸念がある………この事実を知った時、聞いた時の知事の思い、それから、この申入れというのは、やはり余程のことだと思いますが…」と水を向けると、内堀知事は大きくうなずきながら用意したペーパーを読み上げた。
「5人の元首相経験者が、欧州委員会委員長に宛てた書簡の中で、東京電力福島第1原子力発電所の事故において『多くの子供たちが甲状腺がんに苦しみ』という表現が含まれていたことから、元首相経験者である方々の発言の影響力を踏まえ、県として書簡を送付したところであります」
「甲状腺に関する放射線の健康影響については、県民健康調査検討委員会において、平成28年3月に、いわゆる先行検査に関してですが『総合的に判断して放射線の影響とは考えにくい』と評価をされました。そして、令和元年7月には、現時点において甲状腺検査の本格検査、この時は検査の2回目でありましたが、ここで『発見された甲状腺がんと放射線被ばくの間の関連は認められない』とする見解が示されております」
「福島県の復興にとって、こういう見解を含め、正確な情報を繰り返し発信していくことが極めて重要であることから、科学的知見に基づく客観的な情報を発信していただくよう、書簡により申し入れたものであります」
「初めて私自身がこの書簡を読んだ時の思いでありますが、特に、元首相を経験された5名の方々の欧州委員会の委員長に宛てた書簡の中に、こうした表現が含まれていたことは遺憾であります」
「原子力災害に伴う課題というものは、この件に限らず、本当に複雑多様で、様々な葛藤があります。それを短いワードで切り取ってしまうと、あたかもそれが事実である、あるいは確定したものであるかのように受け取られかねないという側面を含んでおります」
悪性疑いを含む小児甲状腺ガンと判定された人は、県民健康調査で報告された数字だけで266人。うち222人が手術を受けている(昨年10月の第43回「県民健康調査」検討委員会資料より)。内堀知事は、この数字は何に起因するものと考えているのか。



(上)(中)「311子ども甲状腺がん裁判」の弁護団が公表した抗議声明。弁護団長の井戸謙一弁護士は「年間100万人に1人か2人だったはずの甲状腺ガンが既に福島県内で300人近く見つかっているのだから、原因は被曝しかあり得ない」と語る
(下)「あじさいの会」も内堀知事に抗議と質問を届けたが、今のところ回答はないという
【「被曝無関係とは断定できぬ」】
元首相の書簡送付の窓口となっている「原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟(原自連)」は会見翌日の4日、「266 人という数字は、福島原発事故前の年間発生率100万人に 1~2人と比べると35~70倍となりますが、県としてはこの数字をもってしても『多く』ないと言いますか。県としては福島原発事故前と後では発生率が何倍だと認識していますか。その数字と算出根拠をお答えください」などとする「抗議兼質問書」を内堀知事宛てに届けたが、15日を過ぎても回答はないという。
また、小児甲状腺ガン患者と家族、支援者による支援グループ「あじさいの会」も8日、「『多くの子どもたちが甲状腺がんに苦し』んでいることは事実です」、「現時点で、福島の小児甲状腺がんのすべてが原発事故による放射線被ばくと無関係であるとは断定できないことこそが科学的事実」などと抗議をしたうえで「福島原発事故後、多くの子どもたちが甲状腺がんに苦しんでいることは事実ではない、とお考えでしょうか?」など5項目にわたる質問書を内堀知事あてに提出したが、こちらも回答は寄せられていない。電話取材に応じた福島県県民健康調査課の担当者は「回答するかしないかも含めて未定。検討中」と答えた。
原発事故後の小児甲状腺ガンを巡っては、事故発生当時、福島県内で生活していた17歳から27歳までの男女6人が1月27日、東京電力を相手に損害賠償請求訴訟(いわゆる「311子ども甲状腺がん裁判」)を東京地裁に起こした。
弁護団長を務める井戸謙一弁護士は14日、仙台高裁での「子ども脱被ばく裁判」控訴審後の記者会見で「311子ども甲状腺がん裁判」について、次のように述べた。
「6人の原告全員が手術を受けました。うち4人は再発して再手術、さらにそのうち1人は4回も手術を受けています。4人が全摘出で、生涯にわたってホルモン剤を飲み続けなければいけない立場に追い込まれていて、進学や就職に具体的な支障をきたしています。1人は肺への転移が指摘されていて、今後どうなるか分からない状況です。年間100万人に1人か2人だったはずの甲状腺ガンが既に福島県内で300人近く見つかっている訳ですから、原因は被曝しかあり得ないということで闘っていきます」
「県民健康調査で見つかった甲状腺ガンについては『スクリーニング効果』だとか『過剰診断』だとか『被曝との因果関係はない』と検討委員会自身がそういう見解を公表していますし、最近は『原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)』がそういう見解を公表している。それに乗っかって『被曝が原因ではないのに、こういう裁判を起こした』として既に様々なバッシングの動きが出ています。しかし、ここで甲状腺ガンと被曝との因果関係が否定されてしまうと、政府が『原発事故であれだけの放射性物質が環境中に放出されたのに健康被害は全くなかった』と作り出そうとしているフィクションがそのまままかり通ってしまうことになる。なので、これは絶対に負けられない裁判だと考えています」
(了)
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