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【浪江原発訴訟】「初期被曝に対する不安は合理的」福大・筒井教授が証人尋問で証言。「被曝リスクはコントロールできない」とも~福島地裁で第15回口頭弁論

集団ADRでの和解案(慰謝料一律増額)を東京電力が6回にわたって拒否し続けた問題で、浪江町民が国や東電を相手取って起こした「浪江原発訴訟」の第15回口頭弁論が12月13日、福島地裁203号法廷(小川理佳裁判長)で終日行われた。男性原告1人に対する本人尋問が行われたほか、福島大学の筒井雄二教授(災害心理学)への計160分におよぶ専門家証人尋問が行われた。次回期日は31日10時。東電側が申請した5人の原告に対する尋問が行われる予定。6月にも結審し、来年の3月頃にも判決が言い渡される見通しになった。
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【「喫煙や飲酒は節制できる」】
 筒井教授は昨年4月、「浪江町民が初期被曝に対する不安を感じることは合理的だ」との意見書を提出している。
 主尋問では、筒井教授が合理的だと考える根拠が示された。
 「研究者や専門家が考える『リスク』とは、このような客観的な評価に基づいて判断されるものです。しかし、一般の人々のリスク認知は、先に述べたように主観的で、ここに専門家と一般の人々との間のリスク認知の乖離が生じることになります」(意見書より)
 なぜかい離が生じるのか。「リスク認知」を構成する「恐ろしさ」と「未知性」ににカギがある。
 「自分でコントロールできない事象であるとか、世界的な規模で引き起こされるような災害であるとか、そういうものに対して人々は『恐ろしさ』を高く評価する。『未知性』というのは、目で見えないような災害であるとか、その影響が後になって現れる(晩発性)ような事象の場合に、人は『未知性』を高く評価する。原発事故の場合は、『恐ろしさ』も『未知性』も一般の人々は高く評価すると言われている。その点で一般の人々が感じる『リスク認知』は高くなると考えている」
 国や東電が放射線による健康影響を否定したとしても、一般の人々は放射線被曝による健康影響への不安や恐怖を抱く。それは何ら不合理なことではない、と筒井教授は言う。
 放射線被曝による健康影響は、喫煙や飲酒による発ガンリスクと比較されることが多い。しかし、筒井教授によればそれらは全くの別物だ。
 「喫煙や飲酒による発ガンは、禁煙するとか飲酒量を減らすなどである程度コントロールできる。それに対して原発事故で引き起こされる発ガンがあるとするならば、自分で節制するなどしてコントロールすることはできない。つまり『コントロール性』の違いがある」
 原発事故による放射性物質の拡散。それによってもたらされる居住地の汚染は、いくら自分がさまざまな「努力」をしても解消することはできない。「恐ろしさ」は「コントロール性」に左右されるのだ。そして、コントロールできるリスクよりも、コントロールできないリスクに対する恐怖の方が高く傾向があるという。
 リスク認知が高まれば、リスクから遠ざかろうとする。しかし、原発事故ではそれが叶わなかった人も多い。
 「低線量汚染地域に暮らす人々は、なかなか簡単に、この地を捨てて引っ越すことができない。低線量汚染地域で暮らしている限り、逃げたいという想いを抱きながら、不安や恐怖をずっと抱きながら暮らすことになる」

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原発事故後の被曝不安について、証人尋問で改めて合理性を主張した筒井雄二教授。「緊張で眠れなかったが、期待に応えられるように努力した」と話した

【後から知った高濃度汚染】
 筒井教授は「震災・原発事故発生当時、浪江町で暮らしていた人々には心理的影響が生じていた」と言う。それは母親だけでなく、父親にも言えるという。
 「お母さんたちの方が放射線不安などが相対的に高いが、父親が低かったわけではない。他県のデータと比べると、福島県で生活している男性の放射線不安はやはり高い」
 それは結婚している男性に限らないという。
 「単身者であっても、まずは自分の健康不安があるはず」
 では、浪江町から福島県外に避難すれば初期被曝に対する不安は解消されるのだろうか。筒井教授は否定した。
 「発災時に原発事故の近くに住んでいたとか、高濃度の放射線にさらされたとか(かもしれない)という想いを抱いていれば、それらも精神的な問題につながると言える」
 浪江の人々が避難を命じられたとき、町内が高濃度に汚染されていることを知らされなかった。誰もが「2、3日もすれば戻れるだろう」と自宅を後にした。
 「私たちの研究には、チェルノブイリ原発事故被災者を対象にした精神的影響に関する研究がある。彼らは当時のソ連政府から理由を説明されずに避難を命じられた。何が起こっていてなぜ避難が必要なのか開示されなかった。後から高濃度汚染を知った。その結果、被災者の多くは強い精神的な影響に悩まされ続けている。私たちの調査では、事故発生から30年が経過しても重い影を落としている」
 埼玉県出身の筒井教授は、1988年10月から福島大学生涯学習教育研究センターの助教授、2010年10月からは理工学群共生システム理工学類の教授を務めている。2014年には、福島大学の「災害心理研究所」所長に就任した。
 主な著書や論文に「原子力災害が引き起こす心理的影響~福島県が経験した原子力災害の5年間」、「原子力災害が福島の子どもたちに与えた心理学的影響~発達心理学的研究がとらえた事実と今後の問題」などがある。
 「放射能汚染による心の影響を解明することを目的とした研究はこれまでもあった」と筒井教授。
 「スリーマイル島原発事故やチェルノブイリ原発事故での被災者の心理的影響に関する研究はあった。しかし、事故直後の被災者の心理的影響ではない。しかも、幼児の心理的影響を調べた研究はなかった。さらに低線量汚染地域で暮らしている人々の精神的な影響について調べた研究はなかった。その点が私の研究との違いだ」

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元消防士の男性原告は、閉廷後の報告集会で「内に秘めていた想いを話す機会がなかなかなかったが、尋問で全部話せて良かった」と振り返った=福島市市民会館

【元消防士「救える命あったはず…」】
 証人尋問に先立って行われた本人尋問では、浪江町に生まれ育ち、消防士になった男性原告(50代、浪江町樋渡)が「原発事故がなければ助けられた命もあったかもしれない」と悔しさを口にした。
 双葉高校を卒業後「地元でできる仕事を」と消防士になった。2011年3月11日は非番だった。
 「私自身は暗くなってから出勤したので、(大津波で壊滅的被害に遭った)請戸地区の捜索には出動しませんでした。捜索に参加した同僚からは『暗闇のなかから叫び声やうめき声が聞こえた』と聞きました」
 結局、津波被災者の捜索には合流できなかった。翌12日、町内に避難指示が出されたからだ。町民と同様、消防隊員たちも町を離れることになった。
 「福島第一原発の爆発音を聞いた後、車で川内村に向かいました。移動中、酒井地区で身につけていた線量計のアラームが鳴り始めました。大変なことが起き始めたと思いました」
 男性が会津美里町で家族と再会できたのは、3月17日なってのことだった。
 4月。請戸地区での捜索に参加した。遺体を直接、見つけることはできなかったが、写真で目にした遺体の様子は、とても正視することができなかったという。
 「とても人間とは思えない状態で…。捜索では義母の遺体もみつかりましたが損傷が激しく、本人かどうか判断することはできませんでした。妻には見せられませんでした。原発事故による避難指示がなければ、自分も請戸での捜索に加わっていたと思います。助けられた命もあったかもしれません。もう少し早く見つけて、遺族のもとに帰してあげたかったです。悔しいです」
 男性は2013年、消防士を辞めた。
 「被曝に対する恐怖などから辞めました。さまざまな恐怖心がPTSDのような症状となり、精神科を受診しました。危険を伴う仕事であるということは当然、認識していました。しかし、原発事故による被曝リスクまでは想定していませんでした。今は町役場の職員をしています」
 男性は言う。
 「原発事故が起きるまでは地元に根付いた仕事をしながら子どもの成長を見守り、平和で楽しい生活を送っていました。10年以上が経った今も、東電から直接、対面で謝罪されたことはありません。そういった不誠実な対応に対して、厳しい判決をくだしていただきたい」



(了)
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鈴木博喜

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