【いわき市民訴訟】「国への忖度判決だ」仙台高裁で控訴審判決 原発事故に対する国の責任認めず 慰謝料額も低く「生命身体の危機」がわずか30万円~住民側は上告へ
- 2023/03/11
- 08:03
福島第一原発事故が発生した2011年3月11日当時、福島県いわき市で暮らしていた1500人以上が「低線量汚染地域及び収束に程遠い福島第一原子力発電所近くで日常生活を余儀なくされていることへの責任と継続的被害を認め」て起こした「いわき市民訴訟」で、控訴審判決が10日午後、仙台高裁(小林久起裁判長)で言い渡された。小林裁判長は、大津波の予見可能性と過酷事故回避可能性を認め、国の規制権限不行使を厳しく断罪しながら最後の最後で国の責任を否定。東電に支払いを命じた慰謝料額も、一審判決より上積みされたとはいえ30万円にとどまった。「忖度判決だ」と怒る住民側は、最高裁に上告する方針。

【「極めて重大な義務違反」なのに…】
判決で、小林裁判長は「長期評価の公表後直ちに想定される津波の試算に着手すれば、平成14年末までには、福島第一原発の敷地高を越える15・7メートルの津波を想定することは十分に可能であった」と大津波の予見可能性を認定。
さらに経産大臣について「平成14年末には、電気事業法40条に基づき、被告東電に対し、長期評価によって想定される津波に対し、原子炉施設について適切な防護措置を講ずるよう命ずる技術基準適合命令を発すべき義務をも負うに至った」にもかかわらず、「本件事故が発生するまで8年2カ月もの間、このような技術基準適合命令を発しなかったことは、電気事業法40条により与えられた規制権限を適正に行使しなかったものであり、原子力基本法の基本方針に反し、電気事業法に違反する違法な不作為であったと認められる」と厳しく指摘した。
経産省は「技術基準適合命令」について、ホームページで次のように解説している。
「経済産業大臣は、事業用電気工作物が経済産業省令で定める技術基準に適合していないと認めるときは、事業用電気工作物設置者に対して、その技術基準に適合するように事業用電気工作物の修理、改造、移転、使用の一時停止、使用制限を命ずることができます」
判決は「命ずることができる」のではなく「経産大臣には命令を発すべき義務があった」と判断した。
さらに過酷事故を避けられた可能性(結果回避可能性)についても、「経済産業大臣が技術基準適合命令を平成14年末に発していれば…防潮壁の設置、あるいは「重要機器室の水密化」および「タービン建屋の水密化」を講じ、本件津波が到来しても、非常用電源設備等が浸水して原子炉が冷却できなくなって炉心溶融に至るほどの重大事故が発生することを避けられた可能性は、相当程度高いものであったと認められる」とした。
「経済産業大臣が規制権限を行使しなかった不作為は…極めて重大な義務違反であることは明らか」
「安全対策を講じさせるべき規制権限の行使を8年にわたり怠った国の責任も重大」
ここまで国の不作為を厳しく断罪する言葉が並べば当然、原発事故を招いた国の責任も認めるとしか読めない。だが、判決はここから思わぬ方向に無理矢理急旋回する。


(上)小林裁判長は経産大臣の不作為を厳しく指摘。予見可能性も結果回避可能性も認めながら、なぜか結論では国の責任を否定した
(下)「だまっちゃおれん原発事故人権侵害訴訟・愛知岐阜」原告団長の岡本早苗さんは、報告集会で「あれだけ書いておきながら国の責任を認めないなんて、ふざけるなと言いたい」と語気を強めた=仙台弁護士会館
【「学術論文なら『落第』だ」】
「しかし」
小林裁判長は突然、その三文字でそれまで国の不作為を厳しく指摘してきた自らの言葉を否定するのだった。
「津波の想定や想定される津波に対する防護措置について幅のある可能性があり、とられる防護措置の内容によっては、必ず本件津波に対して施設の浸水を防ぐことができ、全電源を失って炉心溶融を起こす重大事故を防ぐことができたはずであると断定することまではできない」
「国家賠償法1条1項の適用上、経済産業大臣が、技術基準適合命令を発する規制権限の行使を怠ったことによって違法に原告らに損害を加えたとまでは評価することができない」
報告集会の冒頭、代理人弁護士が判決要旨を読み上げると、この箇所で原告たちからどよめきのような、ため息のような、何とも言えないような声があがった。
最高裁は昨年6月17日、愛媛訴訟、群馬訴訟、千葉訴訟、生業訴訟について「仮に、経済産業大臣が、本件長期評価を前提に、電気事業法40条に基づく規制権限を行使して、津波による本件発電所の事故を防ぐための適切な措置を講ずることを東京電力に義務付け、東京電力がその義務を履行していたとしても…本件事故と同様の事故が発生するに至っていた可能性が相当にあるといわざるを得ない」として国の責任を認めなかったが、仙台高裁は最高裁とは真逆の論理展開をしながら、なぜか結論だけ最高裁に合わせるという〝荒技〟で国を守ってみせた。
これには、控訴審で国の責任に関する意見書を提出した長谷川公一さん(尚絅学院大学大学院特任教授、東北大学名誉教授)は、閉廷後の報告集会で激しい怒りを口にした。
「今日の判決を学術論文にたとえると『落第』です。私が彼の指導教員だったら『小林君、どうして最後のところで腰砕けになるんだ』と叱ります。結局、ある種の政治的な忖度が小林裁判長にブレーキをかけさせてしまったのかなと思わざるを得ません」
「だまっちゃおれん原発事故人権侵害訴訟・愛知岐阜」原告団長の岡本早苗さんは判決言い渡しを傍聴した。
「あれだけ書いておきながら国の責任を認めないなんて、ふざけるなと言いたい。名古屋高裁では、この判決を必ずひっくり返します」と語気を強めた。
「津島訴訟」(浪江町)原告団長の今野秀則さんも「あれだけの事故を起こし、私も含めて多くの避難民が避難中。それなのに国の責任が認められないなんて本当に信じられない。悔しい」とマイクを握った。
「福島原発被害東京訴訟」原告団長の鴨下祐也さんは「何でこんなことになってしまったのだろうか、本当に残念。裁判官は『6・17最高裁判決』に毒されてしまっていたのか…」と語った。


(上)仙台高裁前を行進した原告たち。しかし、期待した判決は得られなかった
(下)米倉勉弁護士は報告集会で「例のない、不思議な構造の判決だ」と語った
【2012年1月以降は損害なし?】
判決の問題点は「責任論」だけではない。
小林裁判長はいわき市民の損害について「いわき市では、3月15日午前2時に毎時18・04マイクロシーベルト、同日午前4時に毎時23・72マイクロシーベルトという極めて高い放射線量が測定された」、「水道水からも放射性ヨウ素や放射性セシウムなどの放射性物質が検出された」、「放射線被曝による生命身体の危機に直面し、極めて強い恐怖心を持ったことは十分に認められる」、「事故後のアンケート調査において、いわき市民の約6割が避難したと答えていることは、それほそ不自然ではない」、「歴史上かつてない社会の混乱を生じさせた重大な事故」などと認定。さらに次の点も精神的苦痛の評価に際して評価するべきだと述べている。
「被告東電は…重大な原発事故が発生することを具体的危険として認識しながら、経営上の判断を優先させ、原発事故を未然に防止すべき原子力発電事業者の責務を自覚せず、周辺住民の生命身体の安全や生活の基盤となる環境をないがしろにしてきたというほかはない」
しかし、実際に認容した賠償額は2011年3月11日から2011年12月末までの期間についての30万円(18歳以下の子どもと妊婦は2012年8月末まで68万円)にとどまった。
やはり小林裁判長が2021年1月に言い渡した「中通りに生きる会」の控訴審判決(昨年3月に確定)と金額も期間もまったく同じ。一審判決の認容額が22万円だから確かに上積みされた。しかし、政府の避難指示が出されなかったというだけで30万円。既払い金の8万円を差し引いて22万円(一審判決は14万円)というのは「放射線被曝による生命身体の危機に直面」させられた人々に対する慰謝料額としてあまりにも低額ではないか。
弁護団からは「いまのところ『滞在者』に対する慰謝料額は30万円が最高。他の訴訟ではもっと低いものもある。地域の被害が認定されたことは大きい。もちろん、この金額に満足しているというわけではない」との声があがったが、判決文では「30万円」の根拠はまったく示されていないという。この点も「中通りに生きる会」の判決と同じだ。
賠償対象期間を12月末で区切ったことについて判決は、当時の野田佳彦首相が2011年12月16日に「冷温停止状態」を宣言したことを根拠にしている。一審判決の「2011年9月末まで」からは延びたが、それでも3カ月間。2012年1月1日以降のいわき市民の精神的損害がなぜ、法律上保護されるべき利益の侵害にあたらないのか。納得できる説明はない。
原告団長の伊東達也さんは新型コロナウイルス感染で自宅療養中のため、報告集会にリモート参加。次のように述べた。
「国に忖度した残念な結果。この判決は司法への不信を増加させるに違いない。怒りを力にかえて最高裁に向けた取り組みたい」
(了)

【「極めて重大な義務違反」なのに…】
判決で、小林裁判長は「長期評価の公表後直ちに想定される津波の試算に着手すれば、平成14年末までには、福島第一原発の敷地高を越える15・7メートルの津波を想定することは十分に可能であった」と大津波の予見可能性を認定。
さらに経産大臣について「平成14年末には、電気事業法40条に基づき、被告東電に対し、長期評価によって想定される津波に対し、原子炉施設について適切な防護措置を講ずるよう命ずる技術基準適合命令を発すべき義務をも負うに至った」にもかかわらず、「本件事故が発生するまで8年2カ月もの間、このような技術基準適合命令を発しなかったことは、電気事業法40条により与えられた規制権限を適正に行使しなかったものであり、原子力基本法の基本方針に反し、電気事業法に違反する違法な不作為であったと認められる」と厳しく指摘した。
経産省は「技術基準適合命令」について、ホームページで次のように解説している。
「経済産業大臣は、事業用電気工作物が経済産業省令で定める技術基準に適合していないと認めるときは、事業用電気工作物設置者に対して、その技術基準に適合するように事業用電気工作物の修理、改造、移転、使用の一時停止、使用制限を命ずることができます」
判決は「命ずることができる」のではなく「経産大臣には命令を発すべき義務があった」と判断した。
さらに過酷事故を避けられた可能性(結果回避可能性)についても、「経済産業大臣が技術基準適合命令を平成14年末に発していれば…防潮壁の設置、あるいは「重要機器室の水密化」および「タービン建屋の水密化」を講じ、本件津波が到来しても、非常用電源設備等が浸水して原子炉が冷却できなくなって炉心溶融に至るほどの重大事故が発生することを避けられた可能性は、相当程度高いものであったと認められる」とした。
「経済産業大臣が規制権限を行使しなかった不作為は…極めて重大な義務違反であることは明らか」
「安全対策を講じさせるべき規制権限の行使を8年にわたり怠った国の責任も重大」
ここまで国の不作為を厳しく断罪する言葉が並べば当然、原発事故を招いた国の責任も認めるとしか読めない。だが、判決はここから思わぬ方向に無理矢理急旋回する。


(上)小林裁判長は経産大臣の不作為を厳しく指摘。予見可能性も結果回避可能性も認めながら、なぜか結論では国の責任を否定した
(下)「だまっちゃおれん原発事故人権侵害訴訟・愛知岐阜」原告団長の岡本早苗さんは、報告集会で「あれだけ書いておきながら国の責任を認めないなんて、ふざけるなと言いたい」と語気を強めた=仙台弁護士会館
【「学術論文なら『落第』だ」】
「しかし」
小林裁判長は突然、その三文字でそれまで国の不作為を厳しく指摘してきた自らの言葉を否定するのだった。
「津波の想定や想定される津波に対する防護措置について幅のある可能性があり、とられる防護措置の内容によっては、必ず本件津波に対して施設の浸水を防ぐことができ、全電源を失って炉心溶融を起こす重大事故を防ぐことができたはずであると断定することまではできない」
「国家賠償法1条1項の適用上、経済産業大臣が、技術基準適合命令を発する規制権限の行使を怠ったことによって違法に原告らに損害を加えたとまでは評価することができない」
報告集会の冒頭、代理人弁護士が判決要旨を読み上げると、この箇所で原告たちからどよめきのような、ため息のような、何とも言えないような声があがった。
最高裁は昨年6月17日、愛媛訴訟、群馬訴訟、千葉訴訟、生業訴訟について「仮に、経済産業大臣が、本件長期評価を前提に、電気事業法40条に基づく規制権限を行使して、津波による本件発電所の事故を防ぐための適切な措置を講ずることを東京電力に義務付け、東京電力がその義務を履行していたとしても…本件事故と同様の事故が発生するに至っていた可能性が相当にあるといわざるを得ない」として国の責任を認めなかったが、仙台高裁は最高裁とは真逆の論理展開をしながら、なぜか結論だけ最高裁に合わせるという〝荒技〟で国を守ってみせた。
これには、控訴審で国の責任に関する意見書を提出した長谷川公一さん(尚絅学院大学大学院特任教授、東北大学名誉教授)は、閉廷後の報告集会で激しい怒りを口にした。
「今日の判決を学術論文にたとえると『落第』です。私が彼の指導教員だったら『小林君、どうして最後のところで腰砕けになるんだ』と叱ります。結局、ある種の政治的な忖度が小林裁判長にブレーキをかけさせてしまったのかなと思わざるを得ません」
「だまっちゃおれん原発事故人権侵害訴訟・愛知岐阜」原告団長の岡本早苗さんは判決言い渡しを傍聴した。
「あれだけ書いておきながら国の責任を認めないなんて、ふざけるなと言いたい。名古屋高裁では、この判決を必ずひっくり返します」と語気を強めた。
「津島訴訟」(浪江町)原告団長の今野秀則さんも「あれだけの事故を起こし、私も含めて多くの避難民が避難中。それなのに国の責任が認められないなんて本当に信じられない。悔しい」とマイクを握った。
「福島原発被害東京訴訟」原告団長の鴨下祐也さんは「何でこんなことになってしまったのだろうか、本当に残念。裁判官は『6・17最高裁判決』に毒されてしまっていたのか…」と語った。


(上)仙台高裁前を行進した原告たち。しかし、期待した判決は得られなかった
(下)米倉勉弁護士は報告集会で「例のない、不思議な構造の判決だ」と語った
【2012年1月以降は損害なし?】
判決の問題点は「責任論」だけではない。
小林裁判長はいわき市民の損害について「いわき市では、3月15日午前2時に毎時18・04マイクロシーベルト、同日午前4時に毎時23・72マイクロシーベルトという極めて高い放射線量が測定された」、「水道水からも放射性ヨウ素や放射性セシウムなどの放射性物質が検出された」、「放射線被曝による生命身体の危機に直面し、極めて強い恐怖心を持ったことは十分に認められる」、「事故後のアンケート調査において、いわき市民の約6割が避難したと答えていることは、それほそ不自然ではない」、「歴史上かつてない社会の混乱を生じさせた重大な事故」などと認定。さらに次の点も精神的苦痛の評価に際して評価するべきだと述べている。
「被告東電は…重大な原発事故が発生することを具体的危険として認識しながら、経営上の判断を優先させ、原発事故を未然に防止すべき原子力発電事業者の責務を自覚せず、周辺住民の生命身体の安全や生活の基盤となる環境をないがしろにしてきたというほかはない」
しかし、実際に認容した賠償額は2011年3月11日から2011年12月末までの期間についての30万円(18歳以下の子どもと妊婦は2012年8月末まで68万円)にとどまった。
やはり小林裁判長が2021年1月に言い渡した「中通りに生きる会」の控訴審判決(昨年3月に確定)と金額も期間もまったく同じ。一審判決の認容額が22万円だから確かに上積みされた。しかし、政府の避難指示が出されなかったというだけで30万円。既払い金の8万円を差し引いて22万円(一審判決は14万円)というのは「放射線被曝による生命身体の危機に直面」させられた人々に対する慰謝料額としてあまりにも低額ではないか。
弁護団からは「いまのところ『滞在者』に対する慰謝料額は30万円が最高。他の訴訟ではもっと低いものもある。地域の被害が認定されたことは大きい。もちろん、この金額に満足しているというわけではない」との声があがったが、判決文では「30万円」の根拠はまったく示されていないという。この点も「中通りに生きる会」の判決と同じだ。
賠償対象期間を12月末で区切ったことについて判決は、当時の野田佳彦首相が2011年12月16日に「冷温停止状態」を宣言したことを根拠にしている。一審判決の「2011年9月末まで」からは延びたが、それでも3カ月間。2012年1月1日以降のいわき市民の精神的損害がなぜ、法律上保護されるべき利益の侵害にあたらないのか。納得できる説明はない。
原告団長の伊東達也さんは新型コロナウイルス感染で自宅療養中のため、報告集会にリモート参加。次のように述べた。
「国に忖度した残念な結果。この判決は司法への不信を増加させるに違いない。怒りを力にかえて最高裁に向けた取り組みたい」
(了)
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