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【68カ月目の福島はいま】健康被害だけじゃない。原発事故に苦しめられる伝統芸能。「こんちくしょう!」「絶やすまい!」。原発への怒りと継承への決意

原発事故がもたらしたものは健康被害だけでは無かった。汚染と避難の拡大で、田植え踊りや神楽、獅子舞など地域の伝統芸能が存続の危機に瀕している。元々、後継者不足に悩まされていたところに追い打ちをかけた住民の避難。「原発事故さえ無ければ…」。3日に福島市内で開かれた「第四回ふくのさと祭り」の出演者からも、原発事故への怒りや継承への強い決意が聞かれた。文化をも破壊する原発事故。破壊されてはたまるかと、住民たちは必死に取り組む。これもまた原発と共存するリスクの一つ。それでもあなたは原発再稼働を支持しますか?


【不安が現実になった放射能汚染】
 「福島に原発が建てられようとした時、私は反対運動をしたんですよ。『原発に万一の事があったら福島市にも放射性物質が飛んで来る』って」
 「大波住吉神社三匹獅子舞保存会」(福島市)の大波勝弘会長(74)は、悔しそうに語った。あの頃、原発誘致に反対する人は少なかった。仮に事故が起きたとしても、60km離れた中通りにまで放射性物質が飛来するとは、誰も思っていなかった。大波さんらの訴えは「雇用創出」、「地域活性」のムードにかき消された。あれから約40年。原発事故の刃が、思いもよらぬ形で自分に牙をむいてきた。「残念ながら心配していたことは現実になってしまった。今となっては、原発のこんちくしょう!ですよ」とため息をつく。
 大波さんの住む大波地区は、福島市の東側。ほぼ伊達市と隣接し、飯舘村からも遠くない。「当時は、意外と線量が高かったんですよ」と大波会長が振り返るように、2011年6月の地区内平均空間線量は、福島市役所の測定で2.24μSv/h。最も低い個所でも1.25μSv/h、最大では3.06μSv/hもの放射線量が計測されていた。地区内で生産された米からは当時の暫定規制値(500Bq/kg)を上回る630Bq/kgの放射性セシウムが検出され、2011年11月17日に出荷が停止された。同月25日の福島県の報道発表では、検出された放射性セシウムの最大値は1270Bq/kgに達した。1カ月前の10月12日には、当時の佐藤雄平福島県知事が福島県産米に関して安全性が確認されたとして「安全宣言」を発表していただけに、大きく報じられた。
 被曝リスクを避けようと、子育て世代の「大波離れ」が加速する。「あれだけ汚染が見つかっては出ていくなと言えるはずが無い」(大波会長)。大波小学校の児童は減少の一途をたどり、2014年3月に卒業した男児を最後に児童数はゼロになった。来春の廃校が決まっている。これでは地域の伝統芸能を維持することなど、難しくなるのも当然だった。
 「本来、獅子は地区内の家の長男が担当すると決まっていました。でも、そんな事を言っていられません。大波地区外の人にお願いしないと人数が揃わない…」
 この日は、獅子舞に入る3人は全て女子児童が担当した。うち1人は福島市内の別の地区の小学校に通う6年生。「来年以降?来年になってみないと分からない。とにかくここで伝統を絶ってしまうわけにはいかないんです。市の広報紙に載せてもらうなどして募集しなければいけませんね」と表情を曇らせた。福島市の無形民俗文化財にも指定されている獅子舞は今、存続の危機に立たされている。確かに過疎化の波は大波地区にも訪れてはいた。それを大きく加速させたのが原発事故だった。「原発事故が無ければね…」。娘を参加させている保護者の1人は目に涙を浮かべて絶句した。


存続の危機に立たされている福島市の「大波住吉神社の三匹獅子舞」。放射能汚染により子育て世代が避難。伝統の継承を最優先するため「地区内に居住する長男」という原則を捨て、今は女子児童が獅子を担当している

【「津波だけなら今ごろは町で…」】
 津波で壊滅的な被害を受けた浪江町請戸地区には、300年前から「田植え踊り」が伝わる。波の力で、家々が並んでいた沿岸部は見渡す限りの平原になってしまった。それでもこれまでは基礎部分が残っていたため住居があった事を辛うじて確認できたが、復旧工事が進んで災害がれきの置き場と雑草が広がるばかり。もはや、自分の家がどこにあったかすら確かめることも難しくなってしまった。
 「仕方ない事なんだけど、家の基礎すら撤去されてしまって本当に全てが無くなってしまった。気が抜けたようですよ」と涙を浮かべながら話すのは、請戸芸能保存会長で、長く唄い手を務めている佐々木繁子さん(66)。それだけでも大きな損失なのに、さらに原発事故による放射性物質の拡散が追い打ちをかけた。
 「原発事故さえ無ければ、町民がバラバラになることも無かったんです。津波被害だけでも大変な事だけれど、それだけなら今ごろは町内で踊りを再開出来ていたんじゃないかな。浜通りを視察した小池都知事が『だいぶ復興が進んだ』と話していたようだけど、ちょっと違うなと思いますよ。もっと隈なく見てからああいう発言をしていただかないとね」と悔しそうに語る。自宅を津波に奪われ、生まれ故郷の大熊町を放射性物質で汚されてしまった哀しみは言葉では言い表せず、涙となってこぼれ落ちる。
 請戸地区は爆発事故のあった福島第一原発からの距離が6~7km。何とも皮肉な事に、町内では原発からの距離が最も短い同地区が最も汚染の度合いが低く、常磐線・浪江駅から西側に行くにしたがって汚染が酷くなった。当時、町民が真っ先に避難した最西部の津島地区は、帰還困難区域に指定されている。自宅は残ったが汚染が酷い地域と、空間線量そのものは低いが自宅が流されてしまった地域が混在する浪江町。佐々木さんの胸中は複雑だが、全町民避難が続く中、常に頭から離れなかったのは「何としても田植え踊りを絶やすまい」という決意だった。
 「踊りに参加していた子どもたちも、福島県内だけでなく宮城県や茨城県、東京都と全国にバラバラになってしまいました。私も郡山市内に避難中です。練習やイベント出演に参加できない子どもも増えてきました。人数が減っても、子どもたちや観てくださる方の笑顔を見るとうれしくなりますね。あまりイベント出演の数を増やしすぎず、子どもたちに負担をかけないように配慮しながら続けていきます」
 この日は、日本舞踊を習っている福島市の女の子が2人、〝助っ人〟として参加した。流失してしまった苕野(くさの)神社で再び踊りを奉納する日まで、継承に全力を尽くす。「神社の跡地で、請戸の神様の前でもう一度唄いたい。子どもたちの踊りを奉納したいですね」。


「請戸の田植え踊り」を披露する子どもたち。原発事故で町民が全国に避難しているため活動には苦労が伴うが、保存会の佐々木会長は「何としても継承していく」と決意を語る=福島市の「A・O・Z(アオウゼ)」

【「中通りから避難するのも当然」】
 「相馬流山踊り」を披露した南相馬市の住民らも「原発から30km離れている南相馬にも避難指示が出されて、踊っている状況ではなかった。1年間は活動出来なかったし、再開しても人数を揃えるのに苦労した。三分の一くらいにまで減ったかなあ、あの頃は。避難指示が解除され、子どもたちが戻ってきた今だから振り返られるけど…」と話した。
 「ふくのさと祭り」を主催した「伝統文化みらい協会」(福島市)の花柳沙里樹理事長は「原発事故は健康被害だけでなく、地域に根差した伝統芸能にもつらい思いをさせています。その意味でも、原発事故の罪は重いですね」と語る。
 「住民が避難を余儀なくされたことで、伝統芸能は非常に厳しい状況です。でも、避難指示の出ていない中通りだって避難をするのは当たり前の判断です。だって将来、健康被害が出るかどうか分からないんですから。甲状腺ガンも増えてるわけでしょ。もちろん、私のように避難せずここで生きていくと決めるのも一つの選択。福島県外に避難するのも選択なんです」
 理事長自身、いまだに洗濯物を屋外には干していない。福島県産の食材を避けている事を口外しない風潮が主婦の間にはあるが、堂々としている。福島市大波地区から離れた住民は、避難しなかった住民に気兼ねして別の地区に移住したことを話したがらない。避難したことが、結果として伝統文化を窮地に追いやってしまっていることも分かっているからだ。しかし、伝統芸能を追い込んでいるのは「避難」ではない。原発事故だ。避難者が責められるいわれは無い。
 「汚染も避難も現実ですものね。今でも放射性物質は原発から出ているのですから」。その上で、子どもたちに何が出来るか、伝統芸能の継承のためには何が必要か、模索している。
 不幸にして起きた原発事故で放射性物質が広範囲に降り注いだ。それは健康被害ばかりか伝統芸能をも住民から奪おうとしている。そして伝統を絶やすまいと必死に取り組む人々。それもまた、原発事故の哀しい側面。「復興」を声高に叫んで公共事業を推進し、東京五輪を控えて避難指示解除を急ぐことが本当に地域再生につながるのか。それでもなお原発再稼働を支持するのか。私たちが福島から学ばなければならない事はまだまだある。


(了)
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プロフィール

鈴木博喜

Author:鈴木博喜
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