【147カ月目の汚染水はいま】そして福島県知事はニヤリと笑った 異論なき〝県民目線の会議〟と〝IAEAお墨付き〟頼みの国…パラオ大統領も海洋放出にゴーサイン?
- 2023/06/16
- 20:27
福島第一原発内にたまり続ける汚染水(国や東電、大手メディアは「ALPS処理水」と表記)の海洋放出計画。まもなく放出開始が強行されるとされているが、13日に福島市内で開かれた県の会議では、放出計画そのものへの異論は一切なく、風評対策や損害賠償に終始。25人の出席者のうち1人も海洋放出に異論をはさまないという摩訶不思議な〝県民目線会議〟となった。一方、海洋放出計画への賛否を明言しない福島県の内堀雅雄知事は、放出への理解を示したパラオ大統領の福島訪問に上機嫌。反対意見をガン無視したまま、着々と外堀が埋められていく現状が伺えた。

【大統領「信頼強めた」】
今月13日の17時前。福島県庁の正面玄関には大勢の記者やカメラマンが集まっていた。観光バスがゆっくりと停車した。バスから降りてきたのはパラオ共和国の大統領スランゲル・S・ウィップス・ジュニア氏だった。17時すぎの新幹線に乗らなければならないということで内堀雅雄知事が玄関先で出迎え、そのまま〝ミニ会談〟となった。
パラオが加盟している「太平洋諸島フォーラム」(Pacific Islands Forum=PIF)は今年1月、「全当事者が安全だと確認するまでの放出延期」を日本に求めている。「太平洋諸島の人々は、過去の核実験の長引く影響に苦しみ続けているとし、再び外部から核汚染がもたらされるのを阻止しなくてはならない」との想いがあるからだった(ロイターの記事はこちら)。
今年2月にも「人々の健康と環境への影響に関する徹底したアセスメントを行うに足る十分なデータと情報が得られたときに限り、汚染水の放出は選択肢となる」との考え方を示している(笹川平和財団のリポートはこちら)。
〝ミニ会談〟で、内堀知事は自ら英語を大統領に話しかけ、福島産のサクランボを贈った。大統領からはパラオの青く美しい海を撮影した写真集が内堀知事に贈られた。
大統領を見送り知事室に戻ろうとする内堀知事に「きれいな海が撮影された写真集ですね」と声をかけた。知事は足を止めて筆者との立ち話に応じた。
「パラオはサステナブルな漁業を目指すため漁獲高を制限しており、そのおかげで海にもぐると珍しい魚を目にすることができるそうですよ。なかには20メートルもの大きさの魚もいるそうです。大統領は今日、福島第一原発を視察なさった後に野崎さん(野崎哲福島県漁連会長)ともお会いになった。海の男同士、大いに盛り上がったでしょうね」
上機嫌の内堀知事に、筆者は「であればなおさら、海洋放出などしない方が良いのではないですか?」と言った。すると内堀知事は知事室に向かって歩き出しながら、ニヤリと笑った。海洋放出への賛否を明言しない内堀知事の本音が現れた瞬間だった。
「鈴木さん、ところが大統領はそうではないのですよ。日本が科学的知見に基づいて海洋放出計画を進めていることに理解を示してくれているようですよ」
大統領は福島訪問の翌日に行われた岸田文雄首相との首脳会談で、次のように述べたという。
「昨日の福島第一原発訪問では、ALPS処理水に関して、安全性確保のため専門家が綿密な形で取り組まれていることを直接確認できた。我々は、科学を信用しており、この訪問は、総理のリーダーシップの下、日本の方々が人々の健康と安全を守るために取り組まれてきていることへの信頼を強めるものとなった」(外務省ホームページより)

パラオ大統領から青く美しいパラオの海を撮影した写真集を贈られた内堀知事。「大統領は海洋放出反対ではない」と筆者に笑顔を見せた=福島県庁
【「風評対策」に終始した県民会議】
大統領表敬に先立ち、福島市内で13日13時半から「福島県原子力発電所の廃炉に関する安全確保県民会議」が開かれた。この会議の目的について、設置要綱第1条に「原子力発電所の廃止措置等に向けた東京電力ホールディングス株式会社及び国の取組について、安全かつ着実に進むよう県民の目で確認していくこと」とうたわれている。
専門家や自治体職員で構成される「福島県原子力発電所の廃炉に関する安全監視協議会」とは異なり、まさに〝県民目線会議〟のはずだが、市町村住民や団体を代表して集まった出席者から海洋放出への疑問や異論は一切なし。「正しい情報発信」や「風評被害発生時の損害賠償」ばかりの発言に終始した(動画はこちらをクリック)。
「さまざまな風評対策お疲れ様でございます。ただ、効果ある事業にしていただかないといけない」(福島県観光物産交流協会・守岡文浩理事長=元福島県避難地域復興局長)
「風評対策の取り組みは理解しているが、万が一風評被害が生じた場合の損害賠償は手続きが煩雑だったり時間がかかったりしないのか」(福島県飲食業生活衛生同業組合・福地雅人専務理事)
「国が安全だとしっかり断言しないと海洋放出などできないのではないか。もっと踏み込んだ広報はできないものか」(富岡町・石黒洋一郎氏)
「国が前面に立ち、強い指導力を発揮して進めて欲しい」(双葉町・中野守雄氏)
議長を務めた福島大学の牧田実教授(人間発達文化学類)は、最後にこう述べた。
「安全性を云々する以前に風評の問題が非常に大きい。放出のタイミングが徐々に迫っているが、粘り強く国民や海外に向けて懸念を軽減できるような情報の伝達をしっかりとやっていただきたい」
これが〝県民目線会議〟の正体だった。出席者の1人は「こんな場で反対意見なんて言いにくいですよ。そもそも多くの人が来たくて来ているんじゃない。半ば無理矢理出席させられてるんだから」と苦笑いした。

閉会後、取材に応じた東電の松尾氏は、「ご理解を深めていただいたうえで計画通りに進める」と改めて海洋放出計画の白紙撤回を否定した
【「流さないと廃炉作業できぬ」】
会議では、改めて安全性を強調した東電に対し、資源エネルギー庁の鈴木啓之氏(廃炉・汚染水・処理水対策現地事務所長)は「IAEAの包括的報告書が今年前半に出ると言われている。この包括的報告書は非常に重要なものと考えており、ここでOKが出ない限りはなかなか先には進めないと考えている」と発言。〝IAEA頼み〟とも言える国の姿勢を垣間見せた。
閉会後、取材に応じた東電の松尾桂介氏(福島第一廃炉推進カンパニー廃炉コミュニケーションセンター副所長)は、「科学的根拠に基づくような情報もしっかりとお伝えして、ご理解いただく取り組みもやっていますので、そういったところを続けながらご理解を深めていただいたうえで計画通り(に進める)、というのがわれわれとしての考えです」と、改めて海洋放出計画の白紙撤回を否定した。
松尾氏が要素の1つに挙げたのが、やはり「廃炉作業への支障」だった。
「海に流さないと廃炉作業は進められない。燃料デブリも今後、本格的に取り出していかなければならないですし、そのときには敷地内にさまざまな施設をつくらなければなりません。いまはスペースがありませんから、計画的にALPS処理水を処分して、タンクを解体して空いたスペースに新たな施設をつくっていく。われわれも言いにくいところもありますが、地元の方々、地域の方々のことを考えたときに、廃炉全般を着実に進めていくということ、放射能のリスクを減らしていくことが、地域の方々のご安心につながると考えています」
燃料デブリを取り出さない「石棺方式」については「われわれとしてはやはり安全な形で取り出していきたい」と明確に否定したものの、果たして燃料デブリを本当に取り出せるのか否かについては「えっと、国内外のさまざまな技術を集めながらというところ」と答えるにとどまった。
2015年に福島県漁連と交わした文書約束(「関係者の理解なしにいかなる処分も行わない」)を「守る」と言いながら海洋放出計画を進めるのは矛盾があるのではないか。その問いには「われわれとしては国の方針として示されているので、そこを目指してできる準備を進めていく。どういうステップを踏むかについては申し上げにくいところもあります」と歯切れが悪かった。海洋放出開始時期についても質したが、松尾氏は「どういう状況になったらご理解が進んだという判断もなかなか難しいところがあります」と明言しなかった。いや、できないのだ。
(了)

【大統領「信頼強めた」】
今月13日の17時前。福島県庁の正面玄関には大勢の記者やカメラマンが集まっていた。観光バスがゆっくりと停車した。バスから降りてきたのはパラオ共和国の大統領スランゲル・S・ウィップス・ジュニア氏だった。17時すぎの新幹線に乗らなければならないということで内堀雅雄知事が玄関先で出迎え、そのまま〝ミニ会談〟となった。
パラオが加盟している「太平洋諸島フォーラム」(Pacific Islands Forum=PIF)は今年1月、「全当事者が安全だと確認するまでの放出延期」を日本に求めている。「太平洋諸島の人々は、過去の核実験の長引く影響に苦しみ続けているとし、再び外部から核汚染がもたらされるのを阻止しなくてはならない」との想いがあるからだった(ロイターの記事はこちら)。
今年2月にも「人々の健康と環境への影響に関する徹底したアセスメントを行うに足る十分なデータと情報が得られたときに限り、汚染水の放出は選択肢となる」との考え方を示している(笹川平和財団のリポートはこちら)。
〝ミニ会談〟で、内堀知事は自ら英語を大統領に話しかけ、福島産のサクランボを贈った。大統領からはパラオの青く美しい海を撮影した写真集が内堀知事に贈られた。
大統領を見送り知事室に戻ろうとする内堀知事に「きれいな海が撮影された写真集ですね」と声をかけた。知事は足を止めて筆者との立ち話に応じた。
「パラオはサステナブルな漁業を目指すため漁獲高を制限しており、そのおかげで海にもぐると珍しい魚を目にすることができるそうですよ。なかには20メートルもの大きさの魚もいるそうです。大統領は今日、福島第一原発を視察なさった後に野崎さん(野崎哲福島県漁連会長)ともお会いになった。海の男同士、大いに盛り上がったでしょうね」
上機嫌の内堀知事に、筆者は「であればなおさら、海洋放出などしない方が良いのではないですか?」と言った。すると内堀知事は知事室に向かって歩き出しながら、ニヤリと笑った。海洋放出への賛否を明言しない内堀知事の本音が現れた瞬間だった。
「鈴木さん、ところが大統領はそうではないのですよ。日本が科学的知見に基づいて海洋放出計画を進めていることに理解を示してくれているようですよ」
大統領は福島訪問の翌日に行われた岸田文雄首相との首脳会談で、次のように述べたという。
「昨日の福島第一原発訪問では、ALPS処理水に関して、安全性確保のため専門家が綿密な形で取り組まれていることを直接確認できた。我々は、科学を信用しており、この訪問は、総理のリーダーシップの下、日本の方々が人々の健康と安全を守るために取り組まれてきていることへの信頼を強めるものとなった」(外務省ホームページより)

パラオ大統領から青く美しいパラオの海を撮影した写真集を贈られた内堀知事。「大統領は海洋放出反対ではない」と筆者に笑顔を見せた=福島県庁
【「風評対策」に終始した県民会議】
大統領表敬に先立ち、福島市内で13日13時半から「福島県原子力発電所の廃炉に関する安全確保県民会議」が開かれた。この会議の目的について、設置要綱第1条に「原子力発電所の廃止措置等に向けた東京電力ホールディングス株式会社及び国の取組について、安全かつ着実に進むよう県民の目で確認していくこと」とうたわれている。
専門家や自治体職員で構成される「福島県原子力発電所の廃炉に関する安全監視協議会」とは異なり、まさに〝県民目線会議〟のはずだが、市町村住民や団体を代表して集まった出席者から海洋放出への疑問や異論は一切なし。「正しい情報発信」や「風評被害発生時の損害賠償」ばかりの発言に終始した(動画はこちらをクリック)。
「さまざまな風評対策お疲れ様でございます。ただ、効果ある事業にしていただかないといけない」(福島県観光物産交流協会・守岡文浩理事長=元福島県避難地域復興局長)
「風評対策の取り組みは理解しているが、万が一風評被害が生じた場合の損害賠償は手続きが煩雑だったり時間がかかったりしないのか」(福島県飲食業生活衛生同業組合・福地雅人専務理事)
「国が安全だとしっかり断言しないと海洋放出などできないのではないか。もっと踏み込んだ広報はできないものか」(富岡町・石黒洋一郎氏)
「国が前面に立ち、強い指導力を発揮して進めて欲しい」(双葉町・中野守雄氏)
議長を務めた福島大学の牧田実教授(人間発達文化学類)は、最後にこう述べた。
「安全性を云々する以前に風評の問題が非常に大きい。放出のタイミングが徐々に迫っているが、粘り強く国民や海外に向けて懸念を軽減できるような情報の伝達をしっかりとやっていただきたい」
これが〝県民目線会議〟の正体だった。出席者の1人は「こんな場で反対意見なんて言いにくいですよ。そもそも多くの人が来たくて来ているんじゃない。半ば無理矢理出席させられてるんだから」と苦笑いした。

閉会後、取材に応じた東電の松尾氏は、「ご理解を深めていただいたうえで計画通りに進める」と改めて海洋放出計画の白紙撤回を否定した
【「流さないと廃炉作業できぬ」】
会議では、改めて安全性を強調した東電に対し、資源エネルギー庁の鈴木啓之氏(廃炉・汚染水・処理水対策現地事務所長)は「IAEAの包括的報告書が今年前半に出ると言われている。この包括的報告書は非常に重要なものと考えており、ここでOKが出ない限りはなかなか先には進めないと考えている」と発言。〝IAEA頼み〟とも言える国の姿勢を垣間見せた。
閉会後、取材に応じた東電の松尾桂介氏(福島第一廃炉推進カンパニー廃炉コミュニケーションセンター副所長)は、「科学的根拠に基づくような情報もしっかりとお伝えして、ご理解いただく取り組みもやっていますので、そういったところを続けながらご理解を深めていただいたうえで計画通り(に進める)、というのがわれわれとしての考えです」と、改めて海洋放出計画の白紙撤回を否定した。
松尾氏が要素の1つに挙げたのが、やはり「廃炉作業への支障」だった。
「海に流さないと廃炉作業は進められない。燃料デブリも今後、本格的に取り出していかなければならないですし、そのときには敷地内にさまざまな施設をつくらなければなりません。いまはスペースがありませんから、計画的にALPS処理水を処分して、タンクを解体して空いたスペースに新たな施設をつくっていく。われわれも言いにくいところもありますが、地元の方々、地域の方々のことを考えたときに、廃炉全般を着実に進めていくということ、放射能のリスクを減らしていくことが、地域の方々のご安心につながると考えています」
燃料デブリを取り出さない「石棺方式」については「われわれとしてはやはり安全な形で取り出していきたい」と明確に否定したものの、果たして燃料デブリを本当に取り出せるのか否かについては「えっと、国内外のさまざまな技術を集めながらというところ」と答えるにとどまった。
2015年に福島県漁連と交わした文書約束(「関係者の理解なしにいかなる処分も行わない」)を「守る」と言いながら海洋放出計画を進めるのは矛盾があるのではないか。その問いには「われわれとしては国の方針として示されているので、そこを目指してできる準備を進めていく。どういうステップを踏むかについては申し上げにくいところもあります」と歯切れが悪かった。海洋放出開始時期についても質したが、松尾氏は「どういう状況になったらご理解が進んだという判断もなかなか難しいところがあります」と明言しなかった。いや、できないのだ。
(了)
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